第九章 お別れ
第70話 死鎌の話
トゥユはソルの準備が完了するタイミングに合わせ、王都に兵を進軍させていた。ロロットの治療のおかげで、体の傷はほとんど治っており、動くことに関しては全く問題ない。
「さて行きましょうか。ワレリーさんはレリアをお願いね」
今回の王都攻略ではレリアも一緒に付いて来ていた。レリアにとって復讐を晴らす機会と言う事もあり、どうしても付いて行くと言って聞かなかったのだ。
「任せておけ。この命に代えても守り切るさ。まあ、そんな事にならん方がありがたいがな」
白い歯を見せるワレリーは辺りを見渡すと不思議な事に気が付いた。
「そういえばティートはどうした? 姿が見えんようだが?」
その指摘にトゥユも今気付いたようで辺りを見渡してみたが、ティートの姿は見つける事ができなかった。
「まあ、ティートなら大丈夫でしょう。どこかで勝手に敵を倒しているんだわ」
トゥユの予想は半分当たって、半分外れていた。ティートはどこか同じ様な匂いを感じ、一人で隊を離れ、王都攻略にとってまるで意味のない貧民外から少し外れたところに来ていた。
「おや? こんな所に敵の兵が居るなんて聞いちゃいないね」
アサンタが隊を率いてトゥユたちの横腹を突くために移動していたが、その前にティートが立ちふさがったのだ。
「ガハハハッ、俺様の鼻を侮ってもらっては困るな。お前たちの動きなど全てお見通しだ」
全くの嘘である。同じ様な匂いを辿って行ったら、偶然にもアサンタの部隊と出会っただけで、ティートは狙って行動できるような器用さは持ち合わせていないのだ。
「そうかい。まあ、邪魔なんで消えてもらうよ。おい、お前とお前、行ってこい」
アサンタが二人の部下に命令すると、剣を腰から抜いて一直線にティートの元に駆けていく。ティートは敵が向かってきたのが嬉しくなって犬歯を見せると棘の付いた剣を振るった。
向かってきた一人は見事に首を斬りおとしたのだが、もう一人は上手く避けられてしまったので、腕を一本斬りおとす事しかできなかった。
ヒィィィィィ!
兵は腕を斬りおとされてしまった事で戦意を喪失し、尻餅をついて足を動かし、後退りしていくが、すぐにその体は動かなくなってしまった。
「情けない奴だね。アタシの部下にこんな情けない奴が居たなんて驚きだよ」
アサンタは馬を前に出すと、腕を斬り落とされた兵の首を手に持っていた黒い鎌で斬り落としていた。
兵の首から吹き出る血を恍惚の表情で見つめるアサンタは、一頻りその様子を見つめた後、ティートに視線を合わせた。
「アタシの部下が見苦しい所見せちゃったね。安心しな。ここからはアタシが一人で相手してやるよ。お前たちはどっかで適当に戦ってきな」
アサンタの大雑把な命令にも文句一つ言わず、兵たちはティートの横を駆け抜け、トゥユたちの所に走っていった。
「ガハハハッ、なかなか気の利く事するじゃねえか。そういうのは嫌いじゃないぜ」
ティートは自分の横を兵が走り去るのを待つと、アサンタに向けて犬歯をむく。
「アタシは快楽主義なのさ。久しぶりに骨のありそうな奴が居るのに、他の奴に手を出させたらイケるもんもイケなくなっちまうよ」
アサンタは艶笑すると、すぐに顔を引き締め、獲物を狙う動物のような目でティートを見つめた。直後、アサンタは馬の腹を蹴ると黒い鎌を引いて、ティートの所に一直線に向かってくる。
まずは小手調べとばかりに振るわれた鎌だったが、その速さはティートの予想を上回る物で、顔の皮一枚斬られた所で回避に成功する。
お返しとばかりにティートはもう一度向かってきたアサンタに剣を振るうと、アサンタの腕を棘の一本が傷つけた。
「へぇ、アタシの体に傷をつけるなんてなかなかやるじゃないか」
アサンタは傷口の血をわざとゆっくり舌で舐め取ると、嬉しそうにその血を飲み込んだ。
「まだ小手調べだろ? 安心しろ。その体が真っ赤になるまで斬り刻んでやる」
ティートはお返しとばかり棘の部分に付いた血を舐めると、血が付いた犬歯を出して挑発する。
「良いねぇ。アンタはアタシと同じ匂いがするよ。反吐が出る」
アサンタは再び馬の腹を蹴ると、再びティートに向かってくる。今度は馬鹿正直に鎌を振るうのではなく、横から薙ぐと思えば下から振り上げて見たりとフェイントを交えながら攻撃してくる。
性格に似合わず、鎌を器用に操るアサンタにティートはやりづらさを感じる。力押しで来てくれるなら負ける気はしないのだが、技術を使われると少し分が悪い。
「性格に似合わず可愛い攻撃をしてくるじゃねえか。どこかのお姫様かと思っちまったぞ」
皮肉を交え、ティートの周りをまわりながら攻撃してくる鎌を何とか避けて行く。
「今更惚れても遅せぇんだよ。とっとと殺られてアタシの慰み物になりな」
更に攻撃の強度を強めてくるアサンタにティートは押されていく。馬上からの鎌の攻撃は、鎌自体の重さも加わり、ティートでさえ防ぐと多少の腕の痺れを感じるほどだった。
このままでは押し込まれてしまうと思ったティートは、相手の有利さを奪う事に方針変更する。
大鎌のリーチを生かしつつも素早い攻撃を仕掛けてくるアサンタだったが、ティートは一瞬の隙を突いて剣を薙ぐ。
その剣は馬の首を刎ね飛ばし、アサンタに向かって一直線に向かっていくが、アサンタはギリギリの所で馬から飛び降り難を逃れる。
ティートに首を斬りおとされた馬はそのまま地面に倒れこみ、暫く痙攣すると動かなくなってしまった。
「あーあ、アタシの大切な馬をこんな風にしやがってどうしてくれるんだ!」
アサンタは馬を壊された事に怒りの声を上げるが、ティートにはまるで響かない。
「良かったじゃねえか大好きな血が見られて。それとも自分の血じゃないと満足できないか?」
ティートの言葉に白い歯を見せながらアサンタが地面を蹴って距離を詰める。振りかぶった大鎌をティートに向けて薙ぐと勢いをそのままに自分も回転しながら連続攻撃をしてくる。
馬上ではできない攻撃にティートは何とか防ぐので精一杯となり、徐々に押し込まれていく。
「どうした? ご希望通りの白兵戦だがちっとも手を出さないじゃないか。女性のアタシがこんな積極的に手を出してやってるんだ、ちったぁ男を見せてみろよ」
そこまで言われてしまってはティートも手を出さない訳には行かない。何とかこの連続攻撃を止めようと剣を出してみるが、硬い岩に剣を振り下ろしたように弾き返されてしまう。
「どうした! どうした! アンタはその程度のちっぽけな男なのか?」
ティートは剣を握りなおすと、上腕二頭筋が今までの倍ぐらい大きく膨れ上がる。その状態で打ち込んだ剣はアサンタの大鎌を止めるには十分な威力があり、アサンタはバランスを崩して後退してしまう。
その隙を突いてティートは距離を詰めると、今までとは逆にティートの猛攻が始まった。
「ガハハハッ、これで満足か? 変態女! 今度は貴様が俺様を楽しませる番だぞ!」
一撃一撃が今までに経験のした事がない重さの剣を、アサンタは何とか大鎌を自分の体の間に差し込み防いでいく。
「やっと調子が出てきたみたいじゃないか。そうじゃないとアタシも燃えないぜ」
剣を交えるたびに腕に感じる痺れがアサンタの体を熱くしていく。自分の体の熱に侵され、アサンタは恍惚の表情を浮かべ、口からは熱い息が漏れた。
「あぁ、これよ、これだわ。アタシが求めていたのはこのギリギリの状況。良い! アンタ良いよ!」
先程から何度かティートの剣の棘がアサンタを抉っているのだが、アサンタは全く怯むどころか更に力を込めて来る。
「俺様もここまでの変態は始めて見たぞ。サドなのかマゾなのか貴様はどっちなんだ?」
ティートの問いかけにも最初は気付かなかったアサンタだが、ようやく気付くと愉楽に酔った顔で答える。
「勿論両方に決まってるだろうが!」
その言葉で少し正気を取り戻したアサンタはティートの剣を弾くと距離をとった。
腰を落とした低い姿勢で、今まで片手で振り回していた大鎌を両手で握って力を込める。今までと違った雰囲気を感じたティートは突っ込んでしまう事なく冷静に剣を構えて相手の出方を伺う。
地面を蹴ったアサンタはピストルの弾丸のように勢い良く一直線にティートに向かってくる。その勢いを踏み込んだ左足で止めると、ここまでのスピードが全て乗った大鎌が横から振るわれた。
だが、冷静に相手の動きを見ていたティートは一歩下がる事によって大鎌を回避し、できた隙を狙って剣を振るおうとする。
アサンタはそれを見越していたように大鎌を振るった勢いで自分も半回転すると、大鎌の軌道を変え下から上へ、そして自分の体を中心として頂点にまで達した大鎌をそのままティートに向かって振り下ろす。
すでに一歩踏み出し、剣を振るい始めていたティートは完全に虚を衝かれてしまった。このままでは攻撃を当てる事ができても上から迫ってくる大鎌を避ける事はできない。
──この変態め、同士討ち狙いか!?
ティートは振っていた剣をアサンタに当てるより回避のために振るい、遠心力を利用し、半身になる事で大鎌の一撃を回避する事に成功した。だが、大鎌の攻撃を完全に回避できた訳ではなく、左腕には二の腕から前腕まで大鎌に斬られた跡が残っており、指先からは伝ってきた血が地面に零れ落ちていた。
アサンタの振り下ろした大鎌は地面に深々と突き刺さり、容易には引き抜けないと判断したティートは半身の姿勢のまま剣を振るいが、アサンタは大鎌から手を放して体を捻りながらティートの懐に入り込み、ティートの腹部に蹴りを入れる事でティートを弾き飛ばした。
蹴り自体はまるで効いていないため、距離が開いたタイミングで大鎌に斬られた左腕を確認するが、力が入らず、すぐに剣を握れる感じではなかった。
だが、それはアサンタの方も同じで、ティートが放った剣を完全には避け切れておらず、ティートと同じように左腕を斬られており、その腕をだらりと下げている。
「ちっ、避けたと思ったが食らっちまったか。この左腕はもう使えないね」
アサンタは自分の左腕を見ると大鎌を右手一本で地面から引き抜き、その勢いで空中にクルクルと回転させながら放り投げた。
ティートはアサンタが何をやろうとしているのか見当もつかず、急な攻撃にも対応できるように一切の油断もなくその行動を眺めている。
大鎌が頂点に達した所で回転をしたまま落ちてくると、アサンタはその落下点に体を移動させ、動かせる分だけ左腕を動かした。
ザクッ!
という音と共に大鎌が再び地面に突き刺さると、そこにはアサンタの左腕も一緒に転がっていた。
「痛てぇ! 痛てぇ! 痛てぇ! くそが! 滅茶苦茶痛てぇ!」
アサンタは叫び声をあげながらも自分の服を破り、左腕の斬り取られた場所を止血していく。
「貴様! 何してやがる!」
その様子を見ていたティートが声を上げるが、アサンタは顔から大量の脂汗を流しながらも笑みを浮かべる。
「使えなくなったら捨てたまでだ。さぁ、続きをしようぜ!」
ティートは魔の森で腕や脚を切り離して逃げて行くトカゲのような生き物を見た事はあるが、その動物は何日かすればまた生えてくるからできる事で、アサンタは人間のため一度切り離してしまえば再び生えてくる事は無い。
トゥユもどこか人間とは思えない狂った事をやるが、アサンタはそれ以上だ。腕を切り落とすなんてすぐにできる物ではないし、そんな事をやろうと思うの方がおかしいのだ。その笑みを見たティートは剣を握る手が汗にまみれているのに今更ながら気が付いた。
アサンタが大鎌を引き抜き、右腕だけで構えを取ると、そこにアサンタの部下が走ってやってきた。
「アサンタ様、ここはもうだめです。すぐにでも王国兵がやって来ます。お逃げください」
アサンタが部下の走って来た方を見ると、確かに王国兵が大挙してこちらに向かってきているのが見える。
「チッ、今からが良い所だったのに仕方ないね。こんな面白い勝負を邪魔されちゃあ萎えるってもんだ。勝負はお預けだよ。私はイェニー城に居るから必ず来な。お望み通りの殺し方をしてやるよ」
ティートに向けて大鎌を突き出すと、アサンタは兵が連れてきた馬に飛び乗るとそのままイェニー城に向かって馬を走らせた。
ティートはアサンタを追う事ができなかった。足が動くのを拒否したのだ。だが、暫くするとティートも落ち着きを取り戻し、
「ガハハハッ、やられた。完敗だ。だが、次は殺す!」
アサンタが駆けて行った方に剣を突き出すと、ティートはトゥユたちの所に戻って行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます