第44話 エルフ村の話


 トゥユがナルヤの故郷に着くまでにも、気になった村や町を訪れては帝国の状況を見て回った。

 ナルヤも帽子で耳が隠れているため、一見してエルフとはバレなかったが、その美貌はどうしても人々の目を引いてしまった。


「あの山を越えれば、後少しで私の故郷です」


 ナルヤの村に着く前の最後の村を出発してから森の中を結構歩いているのだが、更に山を一つ越えるらしい。


「それにしても、奥の方に村を作ったのね。不便じゃないの?」


 トゥユが昔住んでいた集落も大きな村や町から離れていおり、たまに来る商隊だけで欲しい物がすぐに手に入らず苦労した事を思い出した。


「不便なんて事はありません。それに私たちエルフは人との接触を極力避けているのです」


「どうして人を避けているの? 何か理由でもあるの?」


 人間のトゥユでは避ける理由が分からず、何気なく聞いてしまったが、ナルヤは凄く言いずらそうだった。


「私も聞いた話なのですが、私たちエルフと人との間に子供ができる事はありません。ですが、性交はできるのです。なので、貴族などはそれを良い事に私たちを性奴隷として重宝するのです」


 トゥユは成程と思った。子供ができてしまうと貴族の中で跡目争いが発生したりしてしまうが、子供ができなければ何の心配もなく性の捌け口にできる。

 気分の悪い話だが、事実としてそう言う事が起こっている以上、トゥユにはどうする事もできなかった。


「それともう一つは私たちの耳に理由があります。私たちの耳を食べると長生きできると言う噂が人間の間には有って、そのためにエルフを殺して耳だけを奪って行ってしまう者もいるのです」


 昔、ある貴族が性交の最中に耳を噛み千切って食べた所、大変長生きをしたと言う話からエルフの耳には長寿の効果があると言う噂が広まり、エルフの耳を食べるのは一部の貴族で憧れになっている。

 当然、エルフの耳には長寿の効果などなく、ただ単に耳を食べた貴族が長生きしただけなのだが、広がってしまった噂は誰にも止める事ができないのだ。

 嫌な事を聞いてしまったと思ったトゥユは「ごめんなさい」と謝ると、ナルヤは必死になって謝って欲しくないとトゥユの頭を上げさせた。


 そんな話をしている内に山を一つ越え、更に森を進んだ所でナルヤの村が見えてきた。


「あれが私たちの村です」


 そう言って走り出したナルヤは村の入り口で足を止めてしまった。村の中には大量の死体が転がっており、その殆どがエルフの死体だったからだ。

 ナルヤが息のある一人のエルフの元に駆け寄り声を掛ける。


「大丈夫!? しっかりして! 今治療してあげるから!」


 ナルヤが両手をかざして治癒魔法を掛け始めるが、エルフはナルヤの手を握って魔法を止めさせた。


「ナルヤか……。帰って来たのか……。無事でよかった……」


 トゥユが村の中を確認すると、エルフの全員が耳を切り取られていた。エルフの男性は戦った跡があり、女性の死体も混じっている事から何者かが耳を目的に村を襲ったのだと思った。


「すぐに……、逃げろ……。ここは……もう……だ……め……」


 その言葉を最後にエルフが口を開く事は無かった。その姿を見たナルヤは抑えようもなく声を上げて泣き始めた。

 その声は森中に響くほど大きく、まだ近くに村を襲った者がいれば戻ってきてしまうのではないかと思ったが、幸いな事に村に戻って来る人の姿はなかった。

 トゥユがナルヤの元にやって来ると、ナルヤはトゥユの胸に顔を埋め更に泣き続けるが、ナルヤの手は最初に会った時より黒くなっていた。


「ナルヤ、その手、黒くなってない?」


 ナルヤは泣き続けながらも、ぼやける目で自分の手を見ると確かに黒くなっているのが分かる。

 ナルヤは手に力を入れてみるが、手に力が入る事は無い。慌てて自分の手に治癒魔法を掛けるが手は黒いままで何の変化も起きなかった。


「いやぁぁぁぁ!!」


 村を襲われた事と、自分の手が黒くなっている事にパニックになってしまったナルヤは悲鳴を上げた後、気を失ってしまった。


 トゥユは村から少し離れた所で野営をしていた。あまり動き回ると方向感覚が無くなってしまい、森から出られなくなるのを恐れたからだ。

 ナルヤは気を失ってから二日経ってやっと目を覚ました。しかし、目を覚ましたナルヤはずっと俯いたまま食事も取らなかった。

 焚火を挟んで座っていたトゥユにナルヤは起きてから初めて声を掛けた。


「トゥユ……。私を殺して……。村も無くなってしまった。黒化病も発症した。生きていてもどうせ数カ月後には死んでしまう……。だったら……」


 俯いていたナルヤがトゥユの方を向くと、その頬には焚火の光で輝く涙がとめどなく流れている。

 その涙がナルヤの手に零れ落ちるが、手には涙が落ちる感覚は既に無かった。


「私はナルヤを殺す事はしないわ。だって貴方は私の奴隷だもの。だから勝手に死ぬのも許さない」


 トゥユは普通の者なら逃げ出してしまいそうな視線をナルヤに向ける。


「私はもう生きていたくないの!! 生きていても仕方ないの!! ……だから……殺して……」


 なおも殺してと懇願するナルヤにトゥユは近づくと、思いっきり頬を殴りつけた。


「痛いでしょ? 貴方はまだ生きているの。だったら死ぬまで私に使えなさい! 貴方は私の奴隷なのだから」


 殴られたナルヤが感覚のない手で頬を抑えトゥユの方を見る。


「でも私はトゥユに自由にして良いって言われた!」


「貴方は馬鹿なの? なんで奴隷に対して私が本当の事を言わなくちゃいけないの? 貴方には少なくないお金を払っているのよ。簡単に手放すわけないわ」


 ナルヤは騙された事を知って、怒りが沸々と湧き上がって来る。幽霊のようにふらりと立ち上がるとナルヤはトゥユに向けて殴りかかった。

 トゥユは余裕で避けられるはずの攻撃を避けることなく顔で受け止める。


「こんな攻撃で私を倒そうとするなんて甘いわね」


 そう言いつつもトゥユの鼻からは血が流れているが、そんな事はお構いなしにトゥユは受けた攻撃をコピーするようにナルヤを殴る。

 攻撃力の差は圧倒的で、トゥユがナルヤから攻撃を受けた時は身動き一つしなかったが、ナルヤが殴られると後ろの木まで吹き飛び、体を思いっ切り気に打ち付けた。


「奴隷が主人に勝とうなんて百年早いわ。悔しかったら向かってきなさい!」


 ナルヤが立ち上がるとトゥユに向かって走っていき、トゥユの胸を思いっきり殴った。

 何度も何度もトゥユの胸を殴りつけるが、次第にその力は弱くなっていき、遂には膝を地面について顔をトゥユの胸に埋めてしまった。


「トゥユ……。私を助けて……。助けてくれれば私の命を貴方に捧げます……」


 泣き崩れるナルヤを優しく抱きしめるトゥユはナルヤの周りを黒い靄が覆っているのが見えた。

 その黒い靄は暫くするとナルヤの中に入って行き、ナルヤが泣き止む頃には何処にも靄は見えなくなっていた。


 ナルヤは泣き止むと恥ずかしそうにトゥユから離れた。


「ごめんなさい。みっともない所を見せちゃった」


 泣きはらした目を真っ赤にして微笑むナルヤは何処かすっきりしているように思えた。

 トゥユも微笑み返すが、トゥユの鼻血は止まっておらす、ナルヤが両手をかざして治癒魔法を掛けようとした時、自分の中に起こった変化に気が付いた。


「あれ? 手の色が元に戻っている……」


 トゥユにかざした手は黒から純白に代わっており、それは黒化病が治った事を表す物だった。


「何で? どうして?」


 ナルヤは自分の中に起こった変化に頭が付いて行けず、何度も疑問の声を上げるが、


「治ったんだから気にしちゃだめだよ。今は治ったのを喜びましょ」


 トゥユの言葉にナルヤは今度は泣く事なく、笑顔のままトゥユに抱きついた。

 ナルヤの黒化病は何故か治っていたが、ナルヤの村を襲った者にまだ復讐はしていない。だが、トゥユは村を襲った者に覚えがあった。

 トゥユが村を襲った者の死体を検分していると、ローブの下からペンダントを見つけていた。そのペンダントはロロットに見せて貰った事の有る月星教の物に酷似していた。

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