第30話 野戦の話


 革命軍はダレル城塞の真正面にある小高い丘に本陣を構えた。

 その本陣の一角にテントを張り、机と椅子を持ち込んでダレル城塞攻略の作戦会議が行われている。参加者はブラート他、武官と文官なのだが、そこにジルヴェスターの姿はなかった。

 ジルヴェスターは現在、他の作戦のため、ダレル城塞の攻略には参加していないのだ。ジルヴェスターが居ればダレル城塞の攻略ももう少し簡単に行きそうなのだが、居ない者を愚痴っていても仕方がない。


「それでは作戦会議をはじめましょう。まずは、敵方の報告からお願いしいます」


 文官の一人が席から立ち上がると紙に書かれた報告書を読み上げる。


「ダレル城塞の守備ですが、我々の作戦通り、ダレル城塞を出てその前に隊列を構えております」


「おぉ!」


 王国軍がダレル城塞を出て隊列を組んでいる事に声が上がった。


「ブラート様、やりましたな。野戦となれば我々に勝機がありますぞ」


「うむ。だが、まだ戦いが始まったわけではない。油断は禁物だ」


 ブラートも他の者と同様に喜びたかったのだが、全軍を預かる身としては一喜一憂することなく、冷静に頷いた後、続きを促す。


「敵は重装歩兵を中央に配置し、その左右に騎兵と軽装歩兵の混成軍、重装歩兵の前には弓兵と魔法使い、そして一番奥に本陣と言う配置になっております」


 この配置もブラートは予想していた。最初は弓兵と魔法使いで遠距離からこちらの重装歩兵の兵を減らし、タイミングを見て重装歩兵を前進させ動きを止めて、騎兵を含む兵で包囲をして来る作戦なのだろう

 王国軍は革命軍と違い装備については万全である。革命軍が重装歩兵として使える兵は凡そ二千程だが、王国軍は四千程の重装歩兵を用意している。

 革命軍が何の策もなく真正面からぶつかれば、ほぼ確実に相手に押し負けてしまうだろう。それを見越しブラートは敵を離れた場所でも攻撃できる弓兵や魔法使いを多めにしていた。


「現在、敵に目立った動きはなく、両軍共に待機をしている状態であります」


 多分、幾ら待った所で王国軍から攻めてくるという事はないだろう。基本、守りきれば勝ちの王国軍がわざわざ攻めに転じるのは勝利を確信した後以外考えられなかった。


「最後に、王都の方から援軍ですが今の所来ている様子はありません」


 ブラートにとって最大の懸念は王都からの援軍であったが、今の所その心配をする必要がないのが分かり安堵した。


「報告ご苦労。皆の者、風は我々に吹いている。この戦いに勝利し王都への足掛かりとするのだ!」


 ブラートが立ち上がり、拳を振り上げると、会議に参加していた者も全員立ち上がり、同じ様に拳を振り上げた。

 士気の高さなら革命軍は王国軍に負けてはいない。ブラートはこの戦いの勝敗を分ける物は作戦の成否や装備の有無などではなく、どちらの士気が高いかに掛かっていると思っている。

 その点、革命軍の士気は今の所満足の行くもので、この士気を維持していれば必ずや王国軍に勝てると確信する。


 だが、気になる事もあった。革命軍の士気の高さはヴェリン砦を落とした事による物もあるが、もう一つは本陣から少し離れた所にいるルーシーが見に来ていた事も大きかった。

 ルーシーにはヴェリン砦で大人しく待っていて欲しかったのだが、急に今回の戦を自分の目で見てみたいと言い出し、仕方がなく本陣の隣で見て貰う事にしたのだ。


「ルーシー様にも困ったものだ」


 ブラートが椅子に座りなおしルーシーのいる方を向いて思わず漏れた一言に会議が終わってからも残っていた文官が反応する。


「確かにルーシー様を危険に晒すのは考え物ですが、兵たちの士気の高さはルーシー様のお陰でもあります」


 「そんなことは分かっている」と言いたい所だがブラートはグッと飲み込むとルーシーの護衛をしている兵に向けて伝令を出す。


「少しでも危ないと思ったらルーシー様の意思を無視してでも逃げろと伝えろ」


 命令を受けた兵士は頷くとすぐに本陣を飛び出し、ルーシーのいる所まで駆けていった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 革命軍の軍議と同時刻、王国軍の本陣でも同じように作戦会議が行われていた。


「なぜです! ダレル城塞に籠城し王都からの援軍を待つべきです!」


 文官の一人が机を叩いて声を張り上げるが、ヨアキムは一向に取り合うとしない。暫く文官とヨアキムの睨み合いが続いたが、ヨアキムの方が折れて口を開く。


「我々は栄えある王国の兵士だ。その我々が野盗崩れの革命軍を相手に籠城をするなど恥ずかしいと思わんのか!?」


 それを言われてしまうと会議に集まっている者は誰も反論できなかった。このような状態になっても王国の兵の中には所詮烏合の衆と革命軍の事を侮る者がおり、それは将官でも同じだった。


「しかし、それならもう少し早く決断していただければ馬防柵の用意なり、濠の作成なりできましたのに……」


 ヨアキムが月星教からの手紙を受け取ってから約一週間では柵も濠も用意をするには時間が少なすぎた。その事を考えると月星教からの手紙は絶妙のタイミングで届けられたと言えよう。

 もう少し早ければ野戦の準備ができたし、もう少し遅ければヨアキムはいくら月星教の巫女からの手紙でも野戦を選択する事はなかっただろう。


「今更ゴチャゴチャ言っても始まらん! 今はこの戦いに勝つ事だけを考えよ!」


 装備と兵の練度と言う点では王国軍は革命軍に勝っている。普通に戦ったのなら被害が出る事さえ目を瞑ってしまえば王国軍の方が優位なのは間違いなかった。

 だが、士気と言う点では王国軍は革命軍に圧倒的に劣っている。事実、一般の兵の中にはこの戦いの最中でも革命軍に寝返ってしまいたいと思っている者はかなりの数がいる。

 そんな一般兵の心情など知る由もないヨアキムは自軍の準備状態について確認する。


「最前列には弓兵と魔法使いを配置し、そのすぐ後ろで重装歩兵を横陣にて四列で並べております。その横には騎兵と歩兵の混成部隊を配置し遊撃部隊として動くように指示してあります」


 革命軍は攻める側なので重装歩兵を前面に押し出した隊列となって攻めて来ると思われる。王国軍はその進行を止めるため、まずは接敵する前に敵を減らしておこうと言う作戦が現れた隊列となっている。

 ヴェリン砦でトゥユたちが渡河の最中に矢の攻撃を受けたように、今度は王国軍の方が迫って来る革命軍を矢で攻撃する作戦だ。


「王都からの援軍はどうした? 手紙を出していたはずだがまだ援軍は来んのか?」


 ヨアキムはヴェリン砦が落ちてからと言うもの何度も王都に援軍を寄越すように手紙を送っていたが、その返事が返ってくる事は一度としてなかった。


「くそっ、宰相は一体何を考えているのだ。このダレル城砦が落ちてしまえば革命軍は王都まで目と鼻の先まで迫ってしまうと言うのに」


 親指の爪を噛みながら苛立ちを現すヨアキムだが、何時までも来ない援軍を当てにしている訳にはいかない。


「まぁいい、準備はできたようだな。……所でダビィ、君のその顔はどうした?」


 机の端の方で見つからないようにしていたダビィだが、顔に巻かれた包帯を隠すのには端に座っているだけでは無理だった。


「ハハハッ、何でもありません。先日寝惚けて階段から落ちてしまって……面目ありません」


 必死に顔の包帯を隠そうとしながら弁明を行う。その脳裏にはトゥユたちから受けた暴行の場面が浮かび折角巻いた包帯が濡れてしまった。

 ヨアキムは珍しく慌てた隊を取ったダビィを不思議に思ったのだが、今はそんな事を気にしている場合ではないと切り替え、改めて全員に命令を出す。


「この戦、我らに勝機はある。何も恐れる事はない、全力で革命軍を捻り潰すぞ!」


 ヨアキムが拳を突きあげると「おう!」と全員が声を上げ、会議に参加していた者は、各々自分たちの持ち場に帰って行った。

 だが、各々持ち場に帰る時の顔は如何にして革命軍に寝返ろうかを考えている顔で、特に野戦の指揮を執る者は顕著に顔に出ていた。

 革命軍との士気の差はこういう所から現れていたのだ。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 トゥユは自軍の右翼の騎馬との混成部隊に配属されていた。混成部隊の指揮官はダビィとなっているが、トゥユはその指示に従う気など微塵もなかった。

 トゥユは一度裏切った者は信用しないし、その命令によって命を懸ける気もなかった。だからトゥユはダビィと話をし、自由に動く許可を得ていた。


「なんで野戦なんてするんだろうね? 籠城してた方が勝てるような気がするんだけどな」


 トゥユは率直な疑問を口にし、首を傾げた。

 誰の目から見てもこの作戦は理に適っておらず、ヨアキムの作戦立案能力を疑わずにはいられなかった。


 将官でさえ野戦の話を聞いたのが一週間程前だったので、トゥユが野戦の話を聞いたのは三日ほど前の事だ。

 ソフィアがダビィに呼び出され、今回の作戦の内容を聞いてきたのだが、その時から野戦を行う事にトゥユは疑問を持っていた。


 作戦に納得いかないトゥユはソフィアを連れてダビィの部屋を訪れ、問いただしたのだが、ダビィも野戦になった理由までは知らなかった。

 折角ダビィの部屋まで来たので、ダビィの指示では動きたくないとゴネてみると、あっさりと自由に動いて良いと許可が出たのでトゥユは上機嫌になって自分の部屋に戻って行った。

 トゥユは余り気にしてなかったが、ソフィアはその時のダビィの怯えぶりが余りにも面白く、吹き出しそうになるのを堪えるので必死だった。


「さぁな。上の考える事は良く分からんからな。手柄でも立てたかったんじゃないのか?」


 ソフィアは上官の気まぐれで作戦が変わるのを嫌と言う程経験してきているので、特に気にした様子はなかった。


「俺様はこっちのほうが嬉しいぞ。城に籠ってチマチマ攻撃するの何て性に合わん」


 ティートは棘の剣を取り出すとすぐにでも戦えると言わんばかりに剣を振り回す。


「ティートさん、味方しか居ない所で剣を振らないで下さいよ」


 ティートの剣が当たりそうになりルースは飛び退きながら注意を促すが、


「ガハハハッ、俺様が味方に剣など当てる訳なかろう。まあ、仮に当たってしまっても運が悪かったと諦める事だな」


 大仰に胸を張って大笑いをしていると、後ろから辺りの空気が凍り付くような視線を感じる。ティートはこの殺気が馬上にいる者から放たれているのが後ろを見なくても分かり、


「あぁ、まぁ、剣を振る時は気を付けねばな。そろそろ持ち場に戻るぞ」


 ルースと肩を組むとその場から逃げるように立ち去っていく。ティートの性格からあの程度の軽口は許容範囲なのだが、時々釘を刺しておかないと調子に乗ってしまうため、敢えてトゥユは殺気を出しておいた。


「トゥユも大変だな。ティートの手綱を握るなんて私にはできそうにはない」


「そんな事ないよ。ティートも結構素直だし、ちゃんという事を聞いてくれるからね」


 笑顔のトゥユに「それはトゥユが相手だからだ」と言いたいのをソフィアはグッと堪え、革命軍の方を見ると、前線に配置されていた重装歩兵が前進しているのが見えた。


「動き出したようだな。トゥユ、隊の指揮を頼むぞ」


 笑顔で頷いたトゥユはウトゥスを顔に着けると最前列に移動していった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「重装歩兵は進軍開始! 他の者はその位置のまま動くな! 後、アレの準備を!」


 ブラートが指示を飛ばすと重装歩兵は持っていた大楯を頭上に構え、密集隊形で前進を始める。元々兵士でない者も混ざっているため、所々隙間が空いてしまったりはしているが、そこは指揮官が最後尾で指示を飛ばしながら修正していく。

 王国軍から弓と魔法による火の弾の攻撃が重装歩兵に向かって迫って来るが、距離があるため、矢も火の弾も放物線を描いた攻撃になっており、頭上に構えた大楯に殆どが弾かれてしまっている。たまに大楯の間を抜けて、矢が重装歩兵に当たる事もあるが、重力にひかれて落ちてくる矢では鎧を貫く事はできなかった。


 重装歩兵がちょうど革命軍と王国軍の中間地点まで進むとその歩みを止めた。

 その様子を見たヨアキムはチャンスとばかりに弓兵と魔法使いに、ありったけの矢や魔法で攻撃をするように命じる。

 先程よりも激しい攻撃に歩みを止めた重装歩兵は亀が甲羅の中に閉じこもったようにして攻撃を跳ね返す。


「ここが耐え処だ! 絶対に隙間を開けるな!」


 指揮官の檄が飛び、重装歩兵は誰一人欠けることなく攻撃に耐える。どれ位の時間を耐えていたのか分からないが、重装歩兵の一人が顔を上げると王国軍の攻撃は何時の間にか止んでいた。

 前を見ると王国軍の兵が右往左往しており、重装歩兵は革命軍の作戦が成功したと確信した。指揮官の前進の号令に合わせ、重装歩兵が再び前進を始めた。


 重装歩兵に一心不乱に矢を放っていた弓兵は突如暗くなった空を見上げた。見上げた空は鼠色になっており、先ほどまで見えていた青空は殆ど見えなくなっていた。

 その空は見続けている内にどんどん近づいてきて、最終的に空は弓兵を押し潰した。弓兵は気付かなかったが、それは革命軍の投石機から放たれた巨大な岩だった。

 革命軍はもし王国軍が籠城した時に使おうと思っていた投石機を用意しており、王国軍が野戦に切り替えた事で投石機を城に向かって使うのではなく、王国軍の兵に向かって使用したのだ。


 投石機の存在がばれないようにするため、革命軍は重装歩兵を前に出し、王国軍の目をそちらに向けさせる事で、重装歩兵の鎧と大盾を目隠しに使い、投石器を重装歩兵の直ぐ後ろまで運んできたのだ。

 その効果は絶大だった。王国軍の重装歩兵に狙いを定めた石は、狙いを多少外れ弓兵に向かって行ったり、そのまま狙い通り重装歩兵に向かって行ったりと王国軍に大打撃を与える。


 投石機の攻撃にヨアキムは慌てて指示を出す。


「くそっ! 今の内に弓兵と魔法使いは一旦下がれ! 投石機が次の球を打ち出す前に重装歩兵は前進して相手との距離を詰めるのだ!」


 投石機の攻撃はどうしても間隔が空いてしまうので、その間に重装歩兵を前に出そうとしたがこれが失敗だった。

 兵が混乱している所に命令を出してしまったため、弓兵と魔法使いが下がろうとし、重装歩兵が前進しようとしてお互いの隊がぶつかってしまったのだ。

 そんな混乱の最中に投石機の第二射が発射され、兵たちの混乱は抑えられない物となっていた。


「何をしておる! 隊列を乱すな! 私の指示に従うんだ!」


 その声は空しく響くだけで兵に届く事はなかった。その間にも投石は第三射、第四射と続いていく。王国軍の居る所に石の雨が降り注ぎ、隊が落ち着いた時にはその数は当初の七割程度まで減らしていた。

 それでも何とか落ち着きを取り戻すと重装歩兵は前進をして革命軍の重装歩兵と接敵する事に成功する。だが、それは重装歩兵だけが突出する事になってしまい、重装歩兵の左右はがら空きになってしまっていた。

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