第27話 拷問の話


 ダビィを連れてダレル城塞に戻って来たトゥユは兵たちに休むように指示するとダビィの部屋に入って行った。

 ティートは扉の横の壁にもたれ掛かってダビィが逃げないようにしており、ソフィアはダビィの横に立ち、手を後ろに組んでトゥユの到着を待っていた。

 トゥユは一切の迷いもなく普段ダビィが座っている椅子に座り、机の上に戦斧を置いた。

 縄で縛られたままのダビィは項垂れた頭を上げ、トゥユを睨みつける。


「こんな事をしてこのまま済むと思っているのか! 私が中将に報告したら……」


 トゥユが目で合図を送ると、ソフィアは頷き、ダビィの顔を殴りつける。


「むう。口を開いて良いとは言ってないよ。勝手に話をするなんて躾がなってないなぁ」


 机に頬杖をつきながら頬を膨らますトゥユはすぐに気持ちを切り替え哄笑を浮かべるが、その笑いに混じる狂気は見る物が見れば失神する程の物だった。

 トゥユを睨んでいたダビィはその顔を見て「ヒッ!」と喉を痙攣させるだけで失神はする事はなかった。


「貴方が誰にどう報告しようと私は構わないわ。ただ、貴方の言動で私の戦斧が黙っているとは思わない方が良いわね」


 言外に告げ口をしようものなら机の上にある戦斧若しくはティート達がダビィの命を散らすと宣言する。


「お、お前には王国兵として上官を敬うと言う事を知らんのか!」


 勝手に口を開いたことで再び殴られたダビィは頬が青黒く変わっていく。


「信頼を置ける人物なら敬う事もするわ。でも、馬鹿な上官を敬う気持ちは一切ないわね。馬鹿な上官程厄介な敵は居ないしね」


 肩を竦め手のひらを上に向けておどけるトゥユの顔は一切笑っていなかった。


「それじゃあ、そろそろ今回の作戦を提案した黒幕を教えて貰いましょうか。私は中将かなって思っているけど、もしかしたら違う将官の人かな?」


 トゥユが勝手に予想を立てるがダビィは今度は口を開く事はない。


「今は話しても良いんだけど、話す気はないのかしら?」


 静寂がしばらく続いたので仕方なくトゥユが口を開くが、ダビィは顔を背け話す意思はないと態度で示す。

 トゥユは溜息を吐きソフィアに目で合図を送るとソフィアは徐に椅子の後ろに回り、背もたれの後ろで縛られている左手の人差し指を握る。


「お、おい! まさか、違うよな」


 ソフィアが何をする気なのか分かったダビィは右から左から何度も交互に首を動かしてソフィアの姿を見ようとする。その姿が滑稽に映りソフィアは憫笑する。

 だが、そんな顔はすぐに仕舞い込み無表情になって思いっきり指を捻る。あらぬ方向に曲がった指は内出血を起こし青黒くなる。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ」


 静かな部屋の中に絶叫が木霊する。

 余りの痛みに体を左右に揺らした為、椅子が横に倒れてしまうがダビィはその痛みよりも後ろから襲ってくる激痛に耐えるのに必死だった。

 涎を垂らしうめき声を上げているダビィと椅子をソフィアが起こし、トゥユは再び問いかける。


「まだ話してくれないのかな? 私は良いけど、痛い思いするぐらいなら早くしゃべっちゃった方が良いと思うけどな」


 涙と鼻水と涎でぐちゃぐちゃになった顔でトゥユの方に向くが、トゥユは本気で話すまでやめるつもりがないのが分かる。

 先程の絶叫が煩かったのかソフィアは部屋にあったタオルをダビィの口に押し込むと今度は中指を握り指を折る準備をする。


「うぅぅぅぅ、うぅぅぅぅ、うぅぅぅぅ!!」


 タオルを口に入れられている為何を言っているのか分からないが、雰囲気から「言う」と言っているような感じをした。

 ソフィアにタオルを外させると、一息だけ吐き「言います」と小さな声が聞こえた。


「初めからそうやって素直になってくれれば痛い思いをせずに済んだのにね。良い勉強になったよね」


 ダビィの苦痛など理解しようとも思わないトゥユは軽い感じで言い放つと、ダビィは睨みつけて来るが、すぐにその態度を改め視線を外す。


「それで? 誰の指示なの? 因みにこの質問で答えないと二本折るからね」


 二本と言う事を聞き顔を引きつらせるダビィは諦めて話し始める。


「ロロットだ。ロロットがトゥユを殺せと言ってきたのだ」


 思ってもない人物の名前が出た事で部屋の中の空気が凍り付く。


「嘘だ! ロロットがそんな事するはずないだろ!」


 ソフィアが叫ぶとダビィを殴りつける。二度、三度と殴る事でダビィ顔は原型が分からなくなる程腫れ上がる。


「ソフィアそこまでにして。まだちゃんと聞いてないから」


 トゥユの声にソフィアは殴る事は止めたのだが、その目はずっとダビィを睨みつける。


「うーん。ロロットに恨みを買った覚えはないんだけどなぁ」


 トゥユが頭を捻って過去の事を思い返してみるが、一緒に部屋にいる時でも普通に話しておりそんな恨まれているような事は思いつかなかった。


「口から出まかせに決まっている! 拷問が怖くて嘘を吐いているんだ!」


 ロロットの事を信用しているソフィアはダビィの言う事を受け入れる事ができなかった。


「ふふぉしゃはい。ふぉふぉにふるふぁらひひへふぃれふぁひひ」


 「嘘じゃない。ここに来るから聞いてみると良い」と言ってダビィは気を失った。


 ソフィアが拳を握り締め、体を震わせている。トゥユが席を立ち、ソフィアの肩に手を置くとソフィアは膝から崩れ落ちトゥユの胸に顔を埋めた。


「今の話が本当か分からないけど、ロロットがここに来るみたいだから聞いてみよ」


 トゥユが優しく語り掛けるとソフィアは顔を上げ立ち上がった。

 ロロットが来るにしろ来ないにしろダビィは邪魔なので、トゥユは一旦縄を解き椅子から降ろすと机の横まで引き摺って行き再び縄を掛けた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 夜も更け、ぎこちない空気が部屋を支配している所にノックの音が響いた。

 扉が開きフードを被った女性が一人部屋の中に入って来る。女性がフードを取るとその中から白く透き通った艶めかしい顔が現れた。ロロットだ。


 ロロットは一瞬驚いたような顔になったが、ゆっくりと部屋を見渡し、机の横に倒れているダビィを見つけると全てを理解したような表情になった。

 扉の横でもたれ掛かっているティートを見ると逃げるのは不可能と判断し、トゥユの所まで冷たい足音を響かせながら近寄る。


「やあ、ロロット。そんな所に立っていないで椅子に座ってよ」


 トゥユがさっきまでダビィが座っていた椅子に座るように促すとロロットは表情を変えることなく椅子に座る。

 ロロットは特に言葉を発する事もなく、トゥユの顔を凝視し言葉を待った。


「私が生きているのがそんなに不思議……かな?」


 トゥユの質問にロロットは目を閉じ首を左右に振って否定する。


「不思議じゃないわ。ヴェリン砦で助けて貰った時に貴方たちの強さはこの目で確認したもの」


「じゃあ、何故!」


 ソフィアが我慢できずロロットに詰め寄ろうとするが、トゥユが手を上げてその行動を制する。

 どれだけ怒りでその身を焦がそうがトゥユの命令だけにはしっかりと反応する。


「それでも一人の人間。周りを囲まれた状態ならもしかしてと思ったのだけど、どうやら駄目だったようね」


 本来なら知っているはずのない作戦の一端を惜しげもなく話し、暗に自分が関わっていた事を示す。


「もっと頭のいい人が作戦を考えたのなら私もどうなったか分からないけど、あんな馬鹿が考えた作戦なら何とでもなるわね」


 机の横に転がっているダビィを一瞥した後、苦笑いをしつつ肩を竦める。

 ロロットも同じタイミングでダビィを見ると、こちらは溜息を洩らした。


「それで? 貴方の目的は何?」


 腹の探り合いが得意ではないトゥユはそのまま思った事を口にする。


「目的は貴方の殺害よ。それ以外の何物でもないわ。貴方さえ殺せれば私の目的は達成されていたはずなの」


 肩を竦めたロロットは「残念」と最後に付け加え乾いた笑いを浮かべる。


「お前はヴェリン砦で助けて貰った事に恩義を感じないのか!? トゥユは命の恩人ではないのか!?」


 肩を震わせながらソフィアはロロットを睨みつけるが、ロロットは意に介さず冷静に答える。


「助けて貰った事には感謝しているわ。だけど、それとこれとは別。私は教会の指示には逆らえないもの」


 教会と言う言葉に何か引っかかるものを覚えたトゥユは「教会……」と小さく呟く。


「あら? 言ってなかったかしら。私は月星教の教徒よ。だから私に手を出す事は止めておくのね、教会が黙ってないわよ」


 教会の後ろ盾がある事を吐露したロロットは勝ち誇ったような笑みを浮かべ嫋やかな足を組んだ。


「なぜ教会がトゥユを……」


 ソフィアの思わず漏れてしまった疑問にロロットも本当に知らないように答える。


「さぁ、それは私にも分からないわ。最初にトゥユに会った時に魔の森の近くの村から変な子が新しく王国に入ったと連絡を入れてからずっとトゥユを殺せとだけ連絡が来るんだもの。もしかしたらトゥユの方が知っているんじゃなくて?」


 トゥユの方に視線を向けるが、一生懸命何かを思い出そうと腕を組んで目を瞑っている。

 一つの仮説としてもしかしたら村を襲ったのは教会の人間ではないかと言う思いが浮かび上がる。

 だが、村を襲ったのは確かに帝国兵だったはず。帝国と教会の接点が見いだせないトゥユは手掛かりとなるような事がないかと質問をする。


「その教会って何処にあるの? 私は月星教ってもの初めて聞いたんだけど」


 その質問にロロットは開いた口が塞がらなかった。


「あなた本当に知らないの? 月星教って言えば帝国では国教に指定されている程帝国では浸透している教えよ。帝都の隣にある大きな教会は王国でも有名なはずよ」


 そんな事を言われても知らない物は知らないのだ。トゥユがソフィアに目を向けると何とか傷をつけないようにしようと舌を縺れさせる。


「私は、ほら、職業柄知っているだけだ。いや、でも、恥じる事はないぞ。知らない事なんてこの世には一杯あるからな」


 ソフィアの反応を見る限り、ロロットの言っている事は本当だろう。だとすると、教会と帝国が手を結んでいる事は十分に考えられる。


「ククククッ」


 机に両肘をつき、鼻の下で組んだ手が口を隠しているが、その笑い声は確かにトゥユから聞こえてくる。

 急にトゥユの雰囲気が変わり、ソフィアにはトゥユの周りに黒い靄がかかっているように見える。


「お、おい、トゥユ、大丈夫か? さっきも言ったが知らない事が有っても恥ずかしい……」


 ソフィアはトゥユがショックを受けたと勘違いしフォローを入れようとするがその言葉はトゥユの笑い声で遮られた。


「アハハハッ、面白い、面白い、面白い。ソフィア聞いた? 教会って帝国にあるんだって。私そんな事初めて知ったよ。アハハハッ、可笑しい」


 黒い靄は消え去ったが、トゥユは何が面白いのかお腹を抱えて笑っている。

 その様子にソフィアとロロットはどうして良いのか分からず、黙って見ているしかなかった。


 暫く一人で笑っていたトゥユは笑いすぎて出てきた涙を拭うとやっと落ち着いて話し始める。


「ティート聞いてよ。また倒さなきゃいけない敵が増えたよ。革命軍、帝国軍、教会。こんなにいたら当分敵には困らないよね」


 今まで目を瞑り黙って壁に背を預けていたティートは片目を開け犬歯をむき出しにして応答する。


「あなた本当に教会と敵対するつもりなの? 頭おかしいんじゃないの?」


 ロロットは今まで教会の後ろ盾があると告げた相手が喜んで敵対する事を宣言した者を知らない。

 殆どの者は教会の怒りを買わないように下手に出たり、交換条件で何とかしようとするのだが、トゥユと言う少女は嬉々として向かって行こうとしている。


「ロロット、貴様、トゥユを馬鹿にするのは許さんぞ!」


 ソフィアがロロットの胸倉を掴み椅子から立ち上がらせ睨みつける。

 ロロットも怯むことなくソフィアを睨み返すと感情が爆発する。


「馬鹿な相手を馬鹿と言って何が悪いのよ! 相手は教会よ、帝国よ! 勝てる訳がないじゃない。王国だって勝てない相手をこんな小さな子が勝てるはずがないじゃない。その子は狂ってるわよ! 壊れているわよ!」


 今まで自分の中に押し込めていた気持ちをロロットはソフィアに言う事でトゥユにぶつける。

 ロロットだって母親を助けるために教会と手を切ろうとしたことは何度かある。だが、どう考えても手を切った所でどうにもならないと思い、何度も涙してきたのだ。


「口を慎め! トゥユはやると言ったらやるんだ! 月星教の神がどうかは知らないが、私の神は言った事は必ずやる!」


 お互い額がくっつきそうな距離で言い合いを行っている事でその目は徐々に充血していく。


「神? お笑いだわ! だったら私の母を助けて見なさいよ! 私を救ってみなさいよ! 貴方にはわかるの? 下種な男の欲望の前に何もできない苦痛を! 貴方にはわかるの? 好きでもない男の前で裸になり全身を舐めまわされ足を広げて迎え入れる屈辱を!」


 今までやって来たロロットの行動を知ったソフィアは驚き、掴んでいた胸を離す。

 ロロットは下を向き、握りしめた拳から血が滴る。


「アハハハッ、そんなの分かるわけないわ。ソフィアはどうか知らないけど、私、処女だし。私だったらそんな事する位なら何とかしようとするけどね」


 急に振られたソフィアは「私は……」と言って口ごもってしまう。

 緊迫した空気を壊すようにいつもの調子で答えるトゥユの前に立ち、机に手を叩きつけると激しい音と共に流れ出した血が飛び散る。


「それができないから体を売ってるんじゃない! 貴方だったらできるとでも? こんなすぐに滅びそうな王国で何ができるって言うのよ!」


「王国は関係ないわ。ただ間借りをしているだけ。王国が滅ぼうがどうなろうが私のやる事は変わらない。潰すと決めた者は必ず潰す」


 真剣な顔でロロットを見つめるトゥユは決して目を逸らす事はなかった。


「だから貴方も私たちと一緒に来なさい。私たちはもう友達でしょ」


 視線を外すことなく笑う顔には慈愛が満ちていた。

 それと同時にロロットはトゥユの周りに黒い靄がかかっているように見えた。その靄がロロットを包み込むとロロットは涙を流し始めた。


「私を……助けてくれるの……? こんな……汚らしい……私を……」


 トゥユは席を立つとロロットの前まで歩いていき、自分より背の高いロロットを自分の胸に抱きかかえた。


「今まで一人で辛かったわね。これからは大丈夫。私も、ソフィアも、ティートもいる。何も心配する事はないわ」


 母親のように優しく抱きしめられ、ロロットはトゥユの胸の中で号泣した。


 トゥユはロロットが泣き止むまでずっとその頭を撫でていた。

 目を腫らしたロロットが立ち上がると、その顔は憑き物が落ちており、蠱惑的な顔は魅力的な顔に変わっていた。


「それにしてもトゥユは胸がないわね。顔を埋めても硬くて男の気持ちが分からなかったわ」


「むう。私はこれからナイスバディになるのよ。ソフィアなんてすぐに抜くんだから」


 ロロットの皮肉を頬を膨らましたトゥユはソフィアに投げる。

 だが、ソフィアも「その挑戦受けてやる」と言うとロロット程は大きくないが形の良い胸を張る。

 窓から朝の光が部屋に差し込み、暗かった部屋に光と笑いが溢れ出した。

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