第四章 ダレル城塞攻防
第25話 王都の話
王都での謹慎を命じられたエリックは配下の数名を引き連れ久しぶりに王都に戻って来た。
大きな城門が開かれ王都の中に入るが迎えに来ている兵は一人も居ない。
「久しぶりに戻って来たが、王都も活気がなくなったな」
エリックは久しぶりに見る王都の様変わりした様子に独り言ちる。
以前の王都は活気があった。道には人が溢れ、そこかしこから品物をアピールする声が飛び交っていたのだが、今では痩せこけた野良犬とすれ違う位だ。
それもそのはず、帝国と革命軍の進行により戦費が嵩み、そのしわ寄せは全て王国民に行っており、貴族ですら生活が厳しくなっているので、平民が余裕のある生活ができるはずがない。
寂れた商店街を通り、王城に続く道を進んでいくが、ついぞ民の姿は見る事ができなかった。
王城に入ったエリックはすぐに父である王の元に訪れた。
王はここ数年病と年齢のせいで臥せっており、もはや自分では立ち上がる事も話す事もできない状態だった。
「父上、ただいま戻りました」
以前見た時より更にやせ細り、骨と皮だけになった父の手を取り帰還の報告をする。
王はエリックに何かを話しかけようとするが、その口から洩れるのは「あーうー」と言った言葉にならない音だけだった。
「これはエリック殿、良くご無事で戻られました。ですが王は病床の身、余りご無理をさせて欲しくないですな」
エリックが振り返ると長身痩躯の男性が両手を上げて肩を竦めている。
「バーナバス宰相、親子の会話に無断で入って来るなど感心できませんな」
エリックがバーナバスに睨みを利かせるが、バーナバスはその視線を受け流し、エリックの方に歩いて来る。
「それは失礼しました、ですが、私は王の体調が心配で来てみただけです。その辺りもご理解いただけるとありがたいですね」
「ふん! 王が倒れたのを良い事に好き勝手やっている者がよく言う。いや、好き勝手するにはまだ王に死んでもらっては困ると言う事かな」
鼻を鳴らし立ち上がったエリックはバーナバスに対峙するが、バーナバスは一向に取り合う様子はない。
バーナバスはエリックが手を取るために布団から出した王の手を丁寧に仕舞いながらエリックに言い放つ
「そろそろ王もお疲れのようです。ご退室をお願いしても?」
エリックは最後に「また来ます」とだけ王に告げ、部屋を退室していく。
部屋を退出したエリックが廊下を歩いていると向こうから歩いて来る人物の顔を見て足を止める。相手もエリックを見止め柔和な顔でエリックの元に歩いて来る。
「エリックか、久しいのう。この度は災難だったな」
気軽な感じで話しかけてくる人物にエリックは一度目礼をしてから応答する。
「兄上、お久しぶりです。このエリック恥ずかしながら帰ってきました」
そんな事を言うエリックを兄と言われたカルロスは体を抱きしめて労う。
「いや、話は聞いたが良くぞ戻って来た。父上もお喜びになるだろう」
その言葉にエリックは体を一度ビクリとさせた後、カルロスの体を離し、周りに誰もいない事を確認する。
「先ほど父上に会ってきましたが、かなり厳しいように思えました。兄上が王位を引き継いだ方が良いのではないでしょうか?」
他の者に聞かれたらクーデターを企んでいると勘違いされても可笑しくないような内容をエリックが口にする。
それに合わせ、カルロスも辺りの様子を確認し、誰もいないのが分かったが、用心のため小声でエリックに答える。
「バーナバスが議会を把握しており父が亡くなるまでは王位の継承を認めないようにしているのだ。ここまで奴の動きに気を払っていなかった私の失態だ」
「申し訳ない」と最後に付け加えエリックに謝罪するが、エリックは首を横に振ってカルロスのせいではないと示す。
「そこは王族全員の失態です。決して兄上だけに責があるわけではありません」
カルロスはエリックの言葉に少し気が楽になったような感じがし、目尻に少し涙を浮かべる。
「私は第一軍としてこの王都を守らなければならないが、お前はどうするつもりだ?」
「そうですね。リシャール支城にでも行こうと思います。もし、ダレル城塞が破られるような事があるとリシャールが王都に向かう最後の砦になりますし」
カルロスは納得したような表情を浮かべると何度か頷く。
「そうして貰えると助かる。バーナバスには私からリシャールで謹慎すると伝えておこう」
「それと妹の事ですが、兄上は何か聞いておられますか?」
突然変わった内容にカルロスは先程よりも慎重に辺りを見渡し誰も居ないのを確認する。
「いや、一切聞いていない。逆に何も聞こえてこない事が生きている証だと思っておる」
それを聞き、エリックは溜息を吐くと踵を揃え敬礼する。
「それではエリック、リシャール支城にて謹慎に向かいます」
エリックはカルロスと別れ自室に戻ると素早く準備を完了させ、リシャール支城に向かって王都を出た。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トゥユが斥候の任務を命じられてから約一カ月、革命軍が進行しそうな街道を見下ろせる丘に身を隠しているが一向に革命軍の姿は見えない。
部隊毎交代で監視を行っているが、監視の担当でない時は各々自由にしており、ティートは狩りに出かけたり、ソフィアは書類の整理をしたりしていた。
ティートは鹿肉が余程気に入ったのか狩ってきた鹿をルースに調理させ、その肉をほぼ一人で堪能していた。
肉に齧り付きながらティートが兵舎に戻って来ると、アルデュイノが兵舎の前で何かをしているのを見つけ、近づいていく。
「それは何をしておるのだ?」
アルデュイノはいきなり後ろから掛けられた声に驚いて持っていたペンキを落としそうになってしまう。
「ティートさん、今お戻りですか? これは隊旗を作っているんです」
そう言って今まで作っていた隊旗をティートの前に広げて見せると、真っ赤な下地に戦斧を枝木にした白い鳥が蛇を銜えて居るイラストだった。
かなり会心のできなのかアルデュイノは胸を張って隊旗を大きく広げる。
「おぉ、なかなかかっこいいな。俺様は良いと思うぞ。トゥユを連れてきて聞いてみてやるから待ってろ」
ティートは兵舎に戻り、トゥユの手を引っ張って連れてくる。
アルデュイノはルースたちと違いトゥユとは今まで余り会話をした事がなかったので緊張して手足が震えていた。
「へぇー。これをアルデュイノが作ったんだ。良いんじゃないかな」
トゥユのお褒めの言葉を貰ったアルデュイノは緊張していた顔が一気に緩み、心の中でガッツポーズを作った。
「アルデュイノってこういう才能が有ったんだ。人は見かけによらないよね」
アルデュイノはルースとエイナルに比べると一番傭兵っぽい体つきをしており、その容姿だけを見るとこういった細かい作業は苦手のように見えたが、傭兵になる前は服飾職人をやっており、意外と手先は器用だったのだ。
トゥユがどうしてこのデザインにしたかを聞くと、アルデュイノは饒舌に語り、止まらない話にトゥユは苦笑いを浮かべながら聞いていると、エイナルの部下が走って来る。
現在、エイナルは監視作業をしているので、これは革命軍の進行が始まったのかと思い、アルデュイノとの会話を打ち切ると、その顔には憂愁の影が差していた。
トゥユが部下から話を聞くと予想通り革命軍が進行を始めたとの連絡だったので、ソフィアにダヴィに連絡を行かせている間にエイナルの所にウルルルさんで向かった。
エイナルの所にトゥユが着くとエイナルは革命軍の方を指を指して教えてくれた。
その方向を見ると歩兵を先頭に蟻の行進のように後ろに長い行列を作ってダレル城塞に向けて進行していた。
「結構人が一杯いるね。でも、時々隊列から離れて行っている人が居るけどあれは何しているんだろう?」
トゥユが目敏く隊列から離れる部隊を見つけるとエイナルから返事があった。
「あれは近くにある領主の所に行って人材と食料を調達しているんです」
エイナルは傭兵の時の経験から部隊が現地調達で人や食料を補充することを知っており、それをトゥユに教える。
それを聞いたトゥユは何かを思いつき、早速エイナルたちを連れてダレル城塞に戻ることにした。
ダレル城塞に戻るとソフィア、ティートを呼び出し、トゥユが思いついた事を相談する。
「革命軍が進行する最中に現地調達をするらしいんだけど、そこを襲撃できたりしないかな?」
「今の革命軍の進行速度だと次はラルス領が一番近いはずです」
トゥユの質問にソフィアは頭の中で地図を浮かべ、革命軍が立ち寄りそうな場所を答える。
その答えにトゥユは即決し、ラルス領で革命軍を襲撃する準備を始める。
ソフィアにダビィへの連絡を任せ、エイナルには引き続き革命軍の監視を続けさせる指示をするとティートたちを連れて出発の準備を整える。
後はソフィアの戻りを待つだけとなっている所にソフィアがダビィを連れて戻って来た。
「私が襲撃の作戦を指揮する。トゥユ百人長は私の指示に従うように」
トゥユは面倒臭いと思いつつも「了解しました」と答え、ダビィの部隊の後に続いてダレル城塞を出発する。
革命軍に見つからないように森の中を進んだり、大きく迂回して進んだりしたため、予想以上に時間が掛かってしまったが、ラルス領にはまだ革命軍の姿はなかった。
トゥユの部隊は街道の脇にある林の中に隠れ、革命軍が現地調達を終えた帰りを襲う手はずになっている。
ダビィの部隊は革命軍が来るであろうラルス領の反対側の入り口付近に待機し、革命軍がラルス領を出た所でトゥユの部隊と挟撃する作戦である。
トゥユの予想通り革命軍はラルス領に現地調達を行いに来た。革命軍は領主と何かを話した後、手に食料を携えラルス領を出てきた。
革命軍の兵は無事に食料を調達できた事に満足し、その顔には笑顔が浮かんでおり完全に油断しているのが分かる。
「全軍突撃!」
トゥユの合図に林の中に隠れていた部隊が一斉に飛び出し革命軍に向かって走っていく。
アルデュイノが新しく作成した隊旗を部下に持たせて走っていく様はトゥユも見ていて誇らし気に思えた。
仮面を着け全員の飛び出しを確認した後、トゥユも革命軍に向かってウルルルさんを走らせる。
突然の戦闘にラルス領の民が一斉に家の中に避難をしていくのを横目に見ながらトゥユは戦斧を振るう。
ティートは部下を持った事により、珍しく一歩引いた所で戦闘を行っており、部下が危なくなったら前に出てきて敵を追い払っている。
ルースたちも初めて部下を持った事で戸惑いながらも何とか指揮をして部下を死なせないように奮闘する。
そんな皆の奮闘にトゥユは気分が良くなり、戦斧の切れが今までより上がっていた。
暫くすると、ダビィの部隊が村の方から駆け付け、革命軍を挟撃する事に見事成功し、革命軍は混乱に陥る。
一人、また一人と革命軍を次々と血祭りにあげていくトゥユの部隊とは対照にダビィの部隊は兵の練度が余り高くなく、数人がかりでやっと一人倒す状況だった。
そのせいでダビィの部隊の方から逃げた兵の数名を取り逃がしてしまうが、その兵は調達した物資など放り投げて逃げ出したので、作戦は成功したと言えよう。
「逃げた者を深追いする必要はないわ! 私たちの勝利よ!」
トゥユが勝利を宣言するとトゥユ隊の全員が一斉に勝鬨を上げ戦闘の終了を喜ぶ。
今まではトゥユ個人であったり、ティート個人であったりと個別の勝利であったが、隊として挙げた勝利は個別の勝利とは違った味わいがあった。
だが、数名の兵を逃がした事にダビィは気に入らないらしく、トゥユに詰め寄ってきた。
「なぜ逃げた兵を追わんのだ!? すぐに追って殺してこい!」
トゥユの中ではここでは革命軍を全滅させる必要はなく、物資の補給を断てればそれで成功と見做しているのでわざわざ逃げてしまった兵を負う必要性を感じられない。
折角、隊の皆と喜んでいた所で水を差されてしまったため、トゥユは仮面をしていても分かる怒りの雰囲気を出すと、ダビィは背筋に悪寒を感じた。
「今日は良いが今度逃がしたら許さんぞ!」
それだけ言い放つとダビィはそそくさと自分の部隊に帰って行った。
トゥユは無能な上官に辟易していたが気持ちを切り替え、再び部隊の仲間と勝利を喜び合った後、ダレル城塞の帰路に就いた。
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