第20話 襲撃の話


 トゥユは敵の歩兵の包囲を潜り抜け、弓兵や魔法使いが居る所まで辿り着いた。

 弓兵たちを守る兵を倒し、弓兵たちに迫ると蜂の巣をつついたように辺りは大混乱に陥る。

 誰が誰だ変わらかない状態になっているが、周りには敵しかいないのだけは分かっているので、手当たり次第に戦斧を振るい敵を倒していく。


「取り合えずここはこんな物かな。じゃあ、次はどうしようかな」


 川の方に目を向けるとトゥユが弓兵たちを倒した所の矢や魔法が少なくなっており、そこを本隊が渡り始めているのが見える。

 一先ず、弓兵たちは大丈夫だと判断し、川岸の方に目をやると、上陸した王国軍は革命軍の兵と激しくぶつかり合っており、状況はあまり良くないように思えた。

 右の方で戦っているザック千人長の部隊は流石と言うか兵もあまり減っておらず善戦しているが、左の方の部隊はかなりの人数を減らし壊滅寸前まで陥っている。


「やっぱり行くなら左側だよね。弓兵たちを倒しつつ援護に向かおうかな」


『うむ、左に行くのは賛成だが、あの騎馬隊が邪魔だな。何やら群を抜いて強い騎馬もいるようだし』


 よく見ると、歩兵同士では互角の戦いをしているように見えるが、勢いをつけて襲い掛かる騎馬隊が突撃するたびに兵が減って行っているのが分かる。

 殆どの騎馬が馬上槍を携え戦っているが、一騎だけ剣を携えて戦っている騎馬が居るのが見えた。その騎馬は他のどの騎馬よりも勇敢に王国軍に突っ込み、どの騎馬よりも多く王国兵を倒している。


「あの騎馬凄いね。味方をどんどん倒して行ってるよ。あんな騎馬初めて見たよ」


 敵だと言うのにトゥユは演劇のスターを見つけ会いに行くように走り出した。

 途中、立ち塞がる兵を切り倒し、目に付いた弓兵や魔法使いを蹴散らしながらトゥユは劣勢の部隊に辿り着いた。


「仲間か、助かった」


 一人の兵がトゥユの元に来て礼を述べる。歴戦の勇者という感じで顔中に刻まれた傷がいかに激戦を戦い抜いて来たのかが分かる。


「私はトゥユ。ザック隊の十人長をしているわ。一緒に戦いましょ」


「済まない、感謝する。私はカルル隊で百人長をやっているワレリーと言う。こちらに来て君の部隊は大丈夫なのか?」


 トゥユは顔をティートの方に向けワレリーにもそちらを見るように促す。


「私の隊には化け物が居るからね。簡単にはやられないよ」


 そう言いつつ迫ってきた兵を軽々と振るった戦斧で切り伏せる。


「確かにあそこに居る者は化け物のような強さだな。しかし、トゥユ十人長と言ったな、君も十分化け物みたいだが?」


 ワレリーが呆れたような表情でトゥユを表する。


「むう。私はレディーなのよ。化け物なんて失礼しちゃうわ」


「ハハハハッ、これは女性に失礼な物言いをした。だが、気を付けろ騎馬の中にジルヴェスターが居る」


 いきなり出された個人名にトゥユは首を捻るが、ワレリーがこちらに向かって来る騎馬に向かって「あいつだ!」と叫んだのを聞き、ジルヴェスターが誰か分かった。

 馬上で端正な顔立ちの青年が笑顔で剣を振るうさまは女性なら黄色い歓声を送る所なのだろうが、如何せん相手は敵だ。

 ジルヴェスターの一振りを戦斧で受け止めたトゥユはそれだけでベニテスよりも強いのを感じた。


「確かにあの人強いね。あの人は私に任せてワレリーさんは部隊の指揮を執っておいて」


 それだけ言い残すとジルヴェスターが来るであろう進路に先回りをして待ち受ける。

 トゥユの放った戦斧を今度はジルヴェスターが受け止め、落馬しそうになるのを何とか堪え馬を走らせながらトゥユの方に振り向く。

 ジルヴェスターもトゥユの事を強敵と認識したのか他の敵には見向きもせずトゥユの方に向かって来る。


 ワレリーはトゥユとジルヴェスターの戦闘を横目で見ながら自分の部下に命令を伝え鼓舞していく。

 ジルヴェスター以外の騎馬の相手はまだ残っているため、劇的に戦況が良くなる事はないが、それでもジルヴェスターが来ないだけで随分と楽になっている。


 ワレリーは今になってトゥユという名前に聞き覚えがあるのを思い出した。

 数日前、砦に居た時に入って直ぐの少女が十人長になったと聞いた事が有った。何でもベニテスを倒した功績によるものらしいが、それが年端も行かない少女だと言うのだ。

 その話で一時砦の中は持ち切りになり、一体どんな少女がベニテスを倒したのか部下達は探し回ったが、遂に本人の姿を見る事はなかった。


 その少女が今一緒に戦っているのだ。そう考えるとジルヴェスターと互角に渡り合っているのも納得いくし、こんなに頼もしい事はない。

 それにしてもトゥユと言う少女は何処にそんな力があるのか、身長以上の戦斧を軽々と扱っている。

 ワレリーがあの戦斧を持ったとしても、あんなに軽々と扱えないし、そもそも持ち上がるかも分からない。

 歩兵と騎馬の違いがあっても戦えているのは、偏にあの戦斧を扱える能力があるからではないかとワレリーは分析する。


 トゥユはジルヴェスターとの戦いの最中、川の方に目をやると本隊が川を渡り終える所だった。

 兵の数をそれ程減らすことなく到着した本隊は一気に森に向かって走り出し、革命軍の本陣の襲撃を開始する。


「それにしても強いね。一人にこんなに梃子摺ったのは『冠翼の槍』と遣り合った時以来かな。僕はジルヴェスター=ハルストレム、名前を聞いても?」


 ジルヴェスターが騎馬を止め爽やかな笑顔をトゥユに向ける。


「あら? もうお終いなの? 貴方も私もまだ本気じゃなかったと思ったのだけど。私はトゥユ=ルペーズ、ただの十人長よ」


 まだまだ戦い足りないと言った感じのトゥユはもう一度戦斧を構えるがジルヴェスターはそれに応じる様子はない。


「女性のお誘いを断るのは心が痛いのだけど、僕にもやらなければいけない事があってね。僕が断ったばかりで申し訳ないのだけど、もし良ければ革命軍に乗り換える気はあるかい?」


 ジルヴェスターは剣をしまって右手をトゥユの方に差し出す。


「アハハハッ、革命軍の兵士さんは女性を口説くのにプレゼントの一つもないのかしら。私は帝国を許さない。そして帝国と組する者も」


 トゥユは半身に構え、腕を一直線に伸ばし戦斧の刺先をジルヴェスターに向け、革命軍に寝返る事はないと宣言する。


「ふぅ。やっぱり振られると言うのは堪える物だね。今日はこれで失礼するけど、今度までに花束でも用意しておくからその時はもう一度考えて欲しいな」


 爽やかに立ち去ろうとするジルヴェスターの背中に向けトゥユは一言だけ言って背を向ける。


「貴方の命を差し出すなら考えておくわ」


 ジルヴェスターは苦笑いを浮かべるが、その笑みがトゥユに届く事はなかった。

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