対応会議 Ⅱ

「薄汚いあれの気配じゃない」

「奴らの気配なら違えるはずがない」


 ハティの親であるフェンリルが彼らの主人であるオーディンを飲み殺したという話は非常に有名だ。フギン、ムニンへの対抗心の表明とは違い、静かな殺意じみたものを垂れ流す辺り犬猿の仲どころではない。


 まあ、そもそも海外の神話の登場人物がいきなり日本で何かをしでかすという方がありえないだろう。

 アルヴィンは早々に別の話へ繋げる。


「その他、竜やロバが食べた話もあります。月食、月蝕ムーンエクリプスと何かが食べたり、力を失ったりという話が多いですね。しかし今回の舞台は日本です。そちらについてはミコっちゃんも詳しいですね?」

「はい。先代の魔術は西洋の流れを汲んでいますが、私のはどちらかといえば東洋の体系から学んだものですから」


 このミコトという名前の通り、母は日系だったらしく魔術も東洋系の方が血に馴染んだのだ。

 それもあって東洋の神話についても多少は触れている。


「日本の月の神といえばツクヨミですが、月食に関するポピュラーな話はないですね。思いつくのはアマテラスによる日食くらいでしょうか」


 対となる神様の場合、もう一方についてはあまり語られないというパターンはいくらかある。

 だからこそ日本で月に関する不思議な出来事ならツクヨミに関係する何事かと安直に結論付けることはできなかった。


「ツクヨミは多く語られた神様ではないです。信仰が力になる幻想種である以上、語られない要素の力を持つとは思えません。あの時に感じた気配がツクヨミで、地震も月の異変もそれが引き起こしたなんて線はないと思います」

「あの気配は歪だった」

「自然発生したものとは考えにくい」


 結界内でぶおーんと温風に吹かれたまま、ゲリとフレキはシリアスに語る。

 二頭の状態はさておき、これは重要な証言でもある。


「つまり、自然発生の出来事ではないのは確かだということです」


 一体何者が、どういう目的で事を仕出かそうとしているのかはわからない。

 だが、何か大事を引き起こせしそうな気配を静観しておくわけにはいかなかった。

 その決意を表情にしていると、場は緊張で鎮まる。


 こういう時に口を開き、進むべき道の正しさを論じてくれるのは師匠たるアルヴィンだ。


「その上であなたは何をするのですか?」

「今のうちに調べをつけて叩きます。犠牲になった竜が関わっていそうですし、大事になってから動き出したのでは遅いですから。なのでティンダロスの猟犬を呼び寄せて、その素材を追跡のために利用したいと思います」


 言葉にしてみると、竜騎衆がぎょっとした顔をする。

 古株のグランツは特にその言葉に反応して心配そうに顔を覗き込んできた。


「おいおい。理由はわからんでもないが、嬢ちゃん、またあんなのに手を出すのか?」

「……それについては昔の話です」


 口に出してみると、アルヴィンとコーティも思い出した様子で手を叩く。

 大体、七年前の話だろうか。何故こんな反応を示すのか知っているのは彼ら三人くらいなものである。


 そもそもティンダロスの猟犬といえば、これもクトゥルフ神話から生じた幻想種だ。

 その特徴は一度標的に定めると時空を超える能力でもって時間と距離もお構いなしに追いかけ、食らいつくことである。


 原典ではおまけに不死という要素まで付けられているのだが、そんな神の如き能力まではいくら何でも再現されていない。

 ただし、空間を越える能力を使って魔素が濃い地域に住み着くため、非常に強力なのは確かだ。精神汚染に、体表を覆う有毒な体液、おまけに群れる性質まで加味すると竜と同等以上に厄介とされている。


 そんなものに普通は関わることはない。

 一体何事が? と興味ありげな視線になる若い竜騎衆の目に、ミコトはうっと息を詰めた。


「昔、手違いで喚び寄せてしまったんです……」

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