竜の素嚢乳を調合します Ⅲ
「はい。それとこういった魔力の分解と吸収のメカニズムは研究し甲斐があると思うんです! 薬の投薬法やカプセル、プロドラッグの知識みたいに体内のどこでどんな分解と吸収のされ方をするのか調べたら魔法薬の効能もですね――」
「おやおや。その話はまたの機会にしましょう。それを聞いていると晩御飯が夜食に変わってしまいそうですので」
「あ、はい。すみません、師匠。熱が入りすぎました」
この本とこの本も追加で提示してみたところ、やんわりと制止がかけられた。
ベネッタが折角作ってくれる料理だ。ベストなタイミングを逃すのは非常に惜しい。
ひとまず粉ミルクと竜の乾燥血液、適量の水を竜の食道で作った水筒に入れて手をかざす。
「では、ドラゴンズミルクの調合を始めます」
「いつでもどうぞ」
調合の技能は物体同士の要素を混ぜ合わせたり、一部を失活させる魔法とでも思えばいい。
例えば媚薬、精力剤、幻惑、神経毒など様々な効能を持つマンドレイクを材料にする時は一部効能の失活が重要だが、今回はそういった心配はいらない。
それぞれが持つ固有の魔力を捉え、混ぜ合わせるイメージで調和させていく。
「手早いですね。お見事です」
「育雛室も作ってご飯を早めに済ませて、できれば孵化する前に先代のお薬を作らないといけないですから」
本当はじっくりと味わいたいところだが、孵化後に体温調節が上手くいかないだとか、感染症にかかってしまっただとかいうトラブルも起きかねない。
ベネッタから依頼されている薬は貴重な素材を複数使用するため、集中して取り掛からないと失敗する可能性があるのだ。どうにか孵化前に済ませてしまいたいものである。
団欒の時間はあまりなさそうだなとため息を吐いていたところ、アルヴィンはふふふと口元を緩める。
「ではここで一つ朗報を。実はベネちゃんのお薬は僕が作っておきましたよ」
彼はローブの袖を探り、細縄で干し柿のように括った小瓶を取り出す。
「過度な身体強化の負担軽減のための薬剤。マンドレイクに、ウロボロスと人魚の鱗。シェイプシフターの肉に、表層世界の鎮痛剤とプロテイン、その他配合です」
「わあ、ありがとうございます!」
素材の数が多いだけに並の調合師の手には余るのだが、見事に仕上げている辺り流石師匠だ。単なる調合の腕だけで言えばまだまだ及ばない領域である。
様々な素材が使われたはずなのに調和がとれている様子、完成品の瓶から感じる魔力量。それらが完成度の高さをうかがわせる。
けれどもミコトはそれを認めると共に一つの気がかりが生まれた。
「先代はこんなに強い薬を服用しているんですね」
「身を滅ぼすようなものではありません。ですが、これを服用し続ける状況というのは体に無理がかかるでしょう」
「……それを使ってまで、先代は何をやっているんでしょうか」
この竜の大地で強力な個体まで統率しようと思えば、生半可なことでは済まない。
その点ではベネッタより自分の方がまだ無理は効く。彼女があまりに傷つきすぎる姿は見たくなかったからこそ、送り人の役目を引き継いだのだ。
だが、それでもベネッタは未だにどこかで無理をしている気がしてならない。
そんな不安を口に出すと、アルヴィンは肩に手を置いてきた。彼は優しく微笑んでいる。
「ミコっちゃん。あなたには口があります」
「は、はい。それは、まあ……」
「それを有効活用しないのは損ですよ。人間は言語という発明をしているのですから、使わないともったいない」
「あの、同じ質問は以前にもしているんですけど……」
「はぐらかされてもそれはそれ。あなたが想いを伝えきれていないから妥協への議論を引き出せないのかもしれませんし、ベネちゃんがあなたの想いを理解できていない可能性もあるではありませんか。おや。不便ですね、言語というのも」
使えと言った直後に話をひっくり返すようなことも言う。
アルヴィンはこういう点がおふざけや天然の表れということもあれば、何かの深謀遠慮だったりもするのでよくわからない。
ミコトは複雑な面持ちだ。
けれど、一理ある。
ベネッタがずっと同じ状況とは限らないのだ。気になる以上、その都度状況を聞いたっていいだろう。こうして帰郷して助けてくれるように、自分だって彼女の助けになれるかもしれないではないか。
「とりあえず質問はしてみようと思います」
「いい結果を祈っていますよ」
アルヴィンの穏やかな頷きを見た後、ミコトは育雛室を作るための結界を用意し始めるのだった。
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