竜の試練 Ⅲ
いわゆるダゴンと呼ばれる個体に近いが、原典で語られる小山ほどの大きさには到底及ばない。この世界で生れ落ちる際の魔素不足で劣化コピーになっているのは確実だ。
とはいえ、特徴的な精神汚染等の特殊能力には変わらず警戒が必要である。
「注意してね。あれはまだみんなが直視しちゃいけない部類だよ。この辺りの幻想種は弱いのが多いけど、そういうのを餌に長く生きた幻想種やこういう大量発生時はその限りじゃないからね」
下手に動かれないうちに仕掛けるという意味を込め、ゲリとフレキに視線をやる。
「前方、とにかくたくさん! 続いて空中、三刺!」
今の足場からダゴンの周囲まで続く結界を敷くと、ゲリとフレキが疾駆した。ダゴンの顔面から水が落ちきる頃にはその視界に侵入している。
二頭の役割はかく乱だ。
ダゴンは目で捉えるなり大きな腕を叩きつけ、見事に乗せられてくれる。ディープワンもそうだが、目の前にとりあえず襲い掛かるだけの低知能で助かった。
ミコトは杖から火竜の鱗二枚、風竜の鱗一枚を千切り取ると、宙に形成した結界に埋め込む。
これにて準備は完了。隙だらけのダゴンのどてっ腹に向け、まずは二射を放つ。
「在りし日の大火を放て」
馬上槍とでも言うべき形状の結界が突き刺さった瞬間、盛大に炎が溢れて弾けた。
少なからず臓腑を吹き飛ばされたダゴンは大口を開けて絶叫し、仰向けに倒れ込もうとする。
最後の一投は、その口腔内めがけて放った。
突き刺さるは上顎。深々と突き刺さった手応えを得たミコトは先程と同じく追加の口上を呟く。
「在りし日の颶風をここに」
先程は炎が溢れた。それとほぼ同様だ。
次の瞬間、ダゴンは内側から爆ぜた。簡単に言えば上顎から脳へ圧縮した空気を撃ち込んだため、ぐちゃぐちゃになった中身を目鼻に加えて耳と口から噴き出したとでも言えばいいだろうか。
巨体は傾ぎ、強く水面を打って倒れ伏す。
『さらに無慈悲な攻撃によって完璧に決まったぁー! そして盛大な水飛沫ぃっ!』
実況の声が鳴り響く。
こちらに手間取られているうちに少年少女は巻き返したようだ。実況からの使い魔も勝者インタビューでも考えているのかこちらに寄ってくる。
ぎょろりと目を血走らせて見つめてくるこの姿には慣れない。一体何に注目したいのだろうと疑問に思いつつ、前方に杖を傾けた。
『この飛沫には御子も濡れ透け必至……ではない!?』
そういえば里長の部屋でそんなことを言われた覚えがある。
誰も好き好んで濡れたくはないので傘みたく開いた結界で水飛沫を防いだだけだ。圧を感じさせるほどに眼球をぎょるぎょる動かして迫られても困る。
まったく、これは若干引く加熱具合だ。里長を中心とした人々には良くしてもらっているとはいえ、これはいただけない。
ミコトはちょうど戻ってきたゲリ、フレキに声をかける。
「二人とも、〈伝達妨害〉」
言わずとも、二頭はやる気だったのだろう。宙に浮かぶ使い魔を睨んだ瞬間、バチリと電気が弾けるような音がした。
ゲリとフレキの〈伝達〉は非戦闘用の地味な能力とは限らない。
その本質は物体から物体への干渉能力だ。神話生物の精神汚染も何かを伝播する能力には変わりないので阻害できるし、使い魔に関しても主との繋がりを持っている以上は干渉できる。
そのリンクを断ち切ったので、たちまち制御不能になって墜落したという具合だ。
宙に浮いたモニターも同時に消えたのだが、すぐに代わりの使い魔が飛来して中継が再開された。
実況席で半立ち状態だった女給は着席し、気まずそうに目を伏せている。
『保護者の方から抗議の連絡が入ったため、実況席一同、謹んでお詫び申し上げます……』
保護者――ゲリとフレキがぐるぐると唸っている。
やれやれだ。
そもそも、こんな場所に発生する原種にやられるようでは竜を束ねることはできない。ハプニングなんて期待されるだけ困る。
実況席の鎮まり具合に息を吐いていると、少年少女も決着をつけていた。
彼らは一頭一頭のディープワンにとどめを刺して回ると、皮を剥いで素材採取を始める。きっと日用品や魔法の触媒にでも使われることだろう。
少年少女を守護した至竜は解体作業の真横であんぐりと口を開けて待っていた。
これは動物園のカバやワニと一緒だ。少年たちが解体して削いだすじ肉や、肋軟骨とバラ肉を放り込んでもらっている。
人にとってあれらの部位は食べにくいので報酬の山分けとしてはちょうどいいだろう。
そして、こちらも本来の目的を忘れてはいけない。待ちきれなくなった上空の竜たちがばさばさと羽ばたいてミコトの足場に降下してくる。限られた足場に集まられると、押し出されかねない。
「おわっ!? ああ、待たせてごめんね。今すぐ引き上げてこっちも食べられるようにしてあげるから!」
待ちきれないと長い首をこすりつけてくる彼らに急かされ、すぐに飛び降りる。
せっかちな子はもうダゴンの体に飛びついているが、あまり流血させれば湖の生態系にも影響が出かねない。
「みんな、啄むのは引き揚げてからだよ!」
鉤状に変化させた結界をダゴンの遺体にひっかけ、岸に引き上げると竜が次々と飛びつき始めた。
こちらも肉は竜が貪り、素材は少年少女に回収してもらう予定だ。きっと数時間ほどの作業となることだろう。
自分の仕事はここまでだ。息を吐いたミコトはゲリとフレキにも行っていいと頷きかけると、その場に座り込む。
幻想種というものは成長する。
伝説に尾ひれがつき、それを真実だと捉えられることの他、こうして力を持つ幻想種を食らうことでも徐々に力が高まっていく。
至竜に関しても同じことだ。
この世界に生まれ落ちた至竜には原種狩りを手伝わせて獲物を与え、じっくりと成長させていく。
彼らもいずれはあの白鳥のように想いを遂げるだけの力を蓄えるだろう。そして、夢のために力を使い果たした後はこの世界と表層世界を繋ぎ止める鎹(かすがい)となるのだ。
それが嬉しくもあり、少しだけ申し訳なくもあった。
――と、複雑な心境で見ていたところ、一頭の竜が肉を啄むのをやめてこちらに飛んできた。
何をしようとしているのかは、その口を見ればわかる。この竜は肉の塊を食い千切って持ってきたのだ。
「ふわぁぁぁっ!? 待って! 待ってぇ!?」
彼らは至竜。姿が変わって竜の習性が強く出ているものの、元は犬猫やその他の動物である。こうして遠くで見ていると『肉にありつけていないかわいそうな子』とでも思うのか、獲物の一部を持ってきてくれることが度々あるのだ。
両手を突き出して拒否の態勢を取るのだが、察してはもらえない。血抜き不足な肉の塊が顔を掠め、両腕の上に落ちる。
「……ああ、うん。ありがとう。ワニ肉みたいなんだよね。あとでもらうよ」
一片の曇りもない瞳で見つめられては文句を言えるはずもない。
よぼよぼとした様子で声を返すと、竜は満足した様子で食事に戻っていった。
余談だが、この一部始終を凝視していた目玉の使い魔に気付いたので結界で圧殺しておいた。
慈悲はない。
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