#086:陽光で候(あるいは、エバァワイト/時を/委ねる)


 おかあさまが、おかあさまがしんじゃったのっ。ゼネさまにお祈りいっぱいしたけど、病気が、病気でしんじゃったのっ……


 ひきつけのように激しくしゃくりあげながら、姫様の慟哭が静けさに支配されていた白い病室に響き渡っていく。


 おかあさまはね、息を引きとるまえにね、ばあばんとこに、こんど会いにいこうか、って言ってたの。でもおかあさまは来れなくなっちゃったから、おかあさまのつくったドレスを着てここまできたの……


 途切れ途切れに紡がれる言葉は、姫様の胸の奥から長年の間に溜まっていたのであろう、澱のようなものを流し尽くすような、激しき勢いで噴出していくかのようであった。


 よしよし、つらかったろうねえ、さびしかったろうねえ……と、薫子殿は、姫様の吐かれたボッネキィ=マの言語を分かろうはずも無いであろうに、歌うようにそう言っては、自らの痩せた胸に姫様を引き寄せると、その背中を、点滴の針が刺さったままの手で優しく叩くのであった。


 いや、言葉など、要るはずも無かった。姫様が危惧されたことなど、この絆の前では、あまりに些末なことなのであった。


 傍らのモクは先ほどから両手で顔を覆ったまま、ヒィィィィとこちらも引き攣ったような泣き声を上げているが。その横では小山のような巨体を震わせながら、ガンフ殿が大口を開けてウオーンオンオンと獣の如き泣き吠えているが。そのさらに横では小浮コウキ医師が、これまた棒立ちにてゲヒィィィと、喜怒哀楽のどれにも当てはまるような当てはまらないような奇怪なる顔面で啼いているのだが。


「……感動の再会がなったところで、さて、そろそろこれからについて語らなければなんめえ」


 と、ひとり冷静に窓際に寄り掛かっていたギナオア殿が、よっこいせ、と腰を伸ばしながらそう言う。ボッネキィ=マ語と、日本ジャポネス語にて、ひとり同時通訳のような話し方をしてくるが、この方の吹き過ぎる風のような言葉は変わらない。


「アオナギ、先ほども言ったかと思うが……」


 滅裂状態から、何とか立ち直ったかに見える小浮医師がそう言葉を発するものの、


「大将、おめえさんの見解にケチをつけようって気はさらさら無えんだがよ、俺らが雁首揃えて来たのにやぁ、それなりの理由、いやさ算段ってもんがあるわけだ」


「算段……?」


 小浮医師の分厚いレンズの奥の目に光が宿るものの、それよりも先にギナオア殿は言い放っていた。


「バイパス手術とか言ってたよなあ、そいつが出来る設備と人間を、ここにぶち集めるって算段よぉ。一週間!! いや六日くれ。俺らが何とかしてみせる。大将はそうなった時の為に体を開けといてくれやしねえか? あくまで執刀医は、お前さんに頼みてえんだ」


 ギナオア殿の言葉に、言葉を失ってぶるぶると震え出す小浮医師。そんな……そんなことを考えていたというのか、このお人は。私は腹の奥底に、熱い鉄棒を差し込まれたような、そんな得も知らぬ気分になるのを感じている。


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