♮024:自業ですけど(あるいは、街は/どよめく/パッショーネス)
布生地にまみれた仕事場の奥には、十二畳くらいはありそうな控室みたいなのがあって、そこを突っ切ると鉄製の扉から裏の外階段へと出られるわけだけど、その左手の方は一段上がった畳敷きになっている。
謎な作りだが、東から南へとぐるりを窓に囲われていることもあって開放感は結構あるわけで。仕事の合間とか畳に足を投げ出してくつろぐのはなかなかに癒されるし、何らかの差し入れのお菓子とか、全国、果ては世界中を飛び回るジョリーさんの目利き感ハンパないお土産がいつもちゃぶ台に山と乗っかっているから、自然、みなさんの溜まり場となっている。僕もちょくちょくご相伴にあずかる。
仮眠、さらには本寝の場にも適していることもあり、布団と寝袋は人数分はあると思われる。繁忙期は一週間くらい寝泊まりする方もいるそうで。今晩は珍しく誰も転がってないので、ちゃぶ台をよいしょと移動させ、そこに若干湿り気を帯びた敷布団を敷いて、丸男の弱りきった体を横たえてやる。
かっちけねぇかっちけねぇ、みたいな、お前江戸前の人間じゃないだろ? と思わせるような掠れた言葉を発しながらも、丸男は少しけば立ったシーツに体を沈めるようにして落ち着くと、身体が萎むような(もう萎んでいるけど)、細く長い息を吐き出す。
饐えた臭いを発するそのうすらでかい物体を見下ろしながら、だんだんと僕は「日常」というかけがえのないものが砂塵と化して自分の両の手で作った器から流れ出していっているのを感じている。そしてどうあがいても、そしてあがけばあがくほど、ダメという名の底無し空間にドはまりしてしまうことは細胞ひとつひとつで理解している。
毒皿感満載ながら、僕は気になっていたことを丸男に尋ねてみる。
「アオナギ……さんとは連絡取れてないんですよね? さっき『高飛び』どうのこうの言ってましたけど……」
嫌でも現在の丸男が展開するその異形
「あ……アフリカは遥かドチュルマまで逃げて身を隠すつもりだったんだけどよぉ……カワミナミの野郎を頼るかたちになるのは俺っちには不本意だったが、そこまで切羽詰まってたっつー状況だった……だが、出立の前日、荒川土手の潜伏先を、マトモの手の奴らに掴まれて……兄弟は何とか逃げ切ったが、まあ、そこはさっき話した感じよぉ」
話の二割も理解は出来なかったけどそれはいつもの事なので流すも、僕の隣で膝立ちしていたジョリーさんが、その話にぴくりと反応したのを視界の端で捉えた。どうしたんだろう?
「おかしいわねぇん、ジュン坊からその類のことはまったく聞いていないんだけれどぉん……」
ん?
「きょ、兄弟もまさか、ドチュルマへは辿り着けなかったのか……」
丸男の顔が放心気味に歪む。うーん、ま、あのヒトの事だからどこでも適応して飄々と暮らしていそうだけれど。
「ま、しばらくはここで匿ってあげるわよぉん。にしても借金ねぇ。……幾らかだったらアタイが立て替えてあげなくもないけどぉん」
何だかんだで優しいな、ジョリーさんは。丸男はその言葉に、煤汚れたような萎れた巨顔に変な色の液体を伝わらせながら、またかっちけねぇかっちけねぇ言ってるけど。お前の中で何が流行ってるんだ?
「長い付き合いじゃなぁい、ムロっちゃんの活躍もあって、割とアタイんとこの事業も順風感あるしぃ。いくらくらいになってんのよぉ?」
いや、僕は大してやってないですけどね。そう何気なく軽い感じで言ってもらえるのはちょっと嬉しかったりもする。丸男は画面がほぼ蜘蛛の巣状に割れているスマホを取り出すと、そのひび割れの隙間から借金の残高かを確認しているようだ。
「ええと……こいつは読みづらいな……お! ここに割れが大人しいとこがあったぜぇ…見えた見えた……ええーそれでは発表します!!」
少し明るさを取り戻した声で丸男がのたまう。まあ借金さえとりあえず肩代わりしてもらえれば、追手に怯える生活からは抜けられるはずだしね。
「……いち! じゅう! ひゃく! せん! まん! ……とんでぇッ、じゃかじゃん!4320万え~ん!!」
努めて明るく言ってごまかそうとしたようだったが、僕とジョリーさんの全力の「あァンッ!?」という叱責混じりの怒声に、白目を剥いて死んだフリをする丸男。
……ヤバいもん拾うてもうた。迅速にこれはどこかに捨ててこないと。
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