第77話 純情なるグラビティ



 結婚式イベントの準備は、着々と進んでいた。

 各種用品の手配、神父役は教頭先生が。

 式の主役である、英雄とフィリアを中心とした参列者もほぼ揃って。

 体育館の使用予定の調整が済めば、いつでも設営開始出来るという所まで。


 となれば二人にとって一安心という所だが。

 そんな週末、唐突にローズとロダンが部屋を訪ねてきて。

 すわ激突かと身構えた二人であったが。


「そう構えるな、今日は少し話そうと思ってな」


「という訳なんだ、二人っきりをお邪魔して悪いけど。付き合ってくれないかな?」


「聞いたフィリアっ! 義姉さんが話したいって! ようし、やっぱり話せば分かるんだね!」


「そうか? 違うと思うぞ?」


「え?」


「そうだ小僧、貴様と話すつもりは無い。私はフィリアと話に来たんだ」


「えー、英雄くん超ショックー」


「ははっ、じゃあ英雄くんはボクの相手でもしてよ。一緒に美少女フィギュアでも作らない?」


「マジで!? やるやる! というかロダンさんって彫刻家じゃないの?」


「趣味と実益を兼ねてね、これでも美少女フィギュア業界ではちょっとした人気があるんだ!」


「おおー、プロに美少女フィギュア造りを教えて貰えるんだね! ラッキー! 初心者でもフィリアのフィギュアって作れます?」


「ノリノリだね! そうこなくっちゃ!」


 仲良く肩を組んで、早速テレビの前に陣取る二人にフィリアとローズは苦笑して。


「うむ、ローズランクを一つだけ上方修正しよう。ロダンと相性が良いのは喜ばしい事だ」


「であるならば、結婚を許してもいいではないか」


「それとこれとは別問題だ、――さ、私たちも語らうとしよう」


 姉妹はちゃぶ台を囲み、さて姉は何を話すつもりで来たのか。


「――ふぅ、偶には炭酸ジュースも良いものだな。このポテトチップスも中々味が良い。どこのメーカーだ?」


「ふふん、それは英雄の手作りだ姉さん」


「何っ!? あの小僧のかっ!? ええい、悔しいが旨い、食べる手が止まらないっ!!」


「でしょうでしょう姉さん。そこらのレシピではなく、私専用に味を調整したレシピを開発して作ってくれてるのだ。どうだ英雄は良い男だろう」


「ふんっ、スナック菓子が一つ作れた所で評価も結論も変わらん」


「ではこのネックレスは? これも英雄の手作りなのだ!」


「それもかっ!? 小僧は細工も出来るのかっ!? 少し貸せ――――ふぅむ、素人らしく造りは荒い所はあるが。デザインや細かい所に光るモノがある。フィリアが着けるアクセサリーとして及第点はやろう」


「素直に認めたらどうです?」


「いや、まだだな。そもそも今日は――お前と、お前の話をしに来たのだ」


「私の……ですか?」


 ローズの率直な瞳に、フィリアは首を傾げた。

 なお二人とも、英雄謹製ポテトチップスを食べる手は止まらない。


「おい英雄、ポテチが無くなりそうだ!」


「え、もう食べちゃったの?」「あれ英雄くんが作ったの? ボクも食べたいな」


「早く代わりを持ってこい小僧、味は誉めてやろう」


「へえ味に五月蠅いローズが誉めるって事は、かなりの好評価だよ英雄くん!」


「え。ホント!? じゃあ明日に取っておこうと思ったのを出すよ! ……材料ないから、これで終わりだよ。じゃあ二つに分けて」


「いや小僧、皿は一つで良い。ロダンと共にこっちに来い」


「はいはい、ローズ義姉さんの言うとおりに」


「はいは一回だ」


「フィリアみたいなコト言うね、流石姉妹!」


「当たり前だ、血を分けた姉妹なのだからな!」


「威張る所だろうか?」


「フィリアも威張れ、まあいい。席に着いたな?」


 そして四人でポテチを食べつつ。


「お、これはイケるね。器用だなぁ英雄くんは、将来はボクの下で美少女フィギュア職人にならないかい?」


「そこは彫刻家じゃないんです?」


「ははっ、残念だけど。彫刻という舞台だと、ボクという光が大きすぎて英雄くんの活躍の場が無くなってしまうからね!」


「おお、なんか義姉さんの夫って感じの台詞だ!」


「ふふっ、気を落とすなよ小僧。ダーリンは世界一の彫刻家なんだ! ダーリンはな、かなり凄いんだ! 私はもう一目見た瞬間から、その腕前に惚れ込んで……」


「それでボクのストーカーを始めたんだよね」


「這寄の女の人は、どうして初手ストーカーなんです? どうして素直に告白しないの?」


「「断られたら怖いじゃないか!!」」


「そろって言わないでっ!? 二人とも顔も体もお金も持ってるのに! どうして怖がるのさっ!」


「そこで性格って言わないあたり、分かってるねぇ英雄くん。イエーイ、ハイタッチ!」


「いえーい、ハイタッチ!」


「事実だけど悲しいぞロダンっ!?」


「私もだ英雄っ、事実だが同意しないでくれっ!」


「あ、うん、自覚してくれて僕ってば嬉しいよ?」


「そうそう、もう少し色んな所を自重してくれるとボクは助かるんだけど」


「うぐっ」「ぐう」


 言葉に詰まった姉妹は、即座にアイコンタクト。

 何事もなかったかの如く、話を戻して。


「では姉さん、今日の本題に入ってくれ」


「そうだな、私もそうしようと思っていた」


「露骨に話を逸らしたね?」「ま、この辺で止めといてあげるのが夫婦のコツってやつさ英雄くん」「勉強になります義兄さん!」


「ええい、五月蠅いは小僧! そして泣くぞダーリン!」


「はいはい、後でねハニー」


「くっ、これが惚れた弱みっ。さらっと流す所も愛してる!」


「…………僕ってば、初めて義姉さんが惚気るの見た気がする」


「ああ、英雄は初めてか? 向こうに居た時は私を側から離さないくせに自分はこうでな」


「苦労したんだねフィリア、さあ僕の腕の中においで!」「英雄~~!」


「あ、こら小僧っ!?」「ローズはボクの腕の中ねー」 


 そして姉妹はお互いの愛する人の腕に、すぽっと収まって。


「しかしこうして見ると、英雄とロダン義兄さんは似ているのかもしれないな」


「そう?」「相性は良さそうだけどね」


「…………まあ私たちも姉妹だ、同じ様な人物を好きになるのかもしれない」


「それってさ、娘は父親に似た人を好きになるとも言うよね。義父さんって僕らと同じ様な性格だっけ?」


「…………うむ?」「バカか小僧、父さんと同じな訳ないだろう?」


「あれ? 違うんだ?」


「あはは、違うよ英雄くん。ボクの見立てでは、義母さんの方に似てるって感じ。ローズとフィリアちゃんの性格は義父さん似だからね」


「あー、なるほど。だから義父さんって親父と親友なんだね?」


「そういえば、小僧の性格は父親似だったなっ! 何なのだお前ら親子はっ! ビジネスで私の邪魔をしたかと思えばっ、フィリアまで奪って! 許さんぞっ!!」


「義姉さんの導火線そこっ!? 良い雰囲気だったのにっ!?」


「どうどう姉さん、話を変えよう。というか今日の本題は何だったのだ?」


 するとローズはフィリアを真っ直ぐに見つめて。


「ふん、結婚を申し込みにノコノコやってくるぐらいだ、小僧がフィリアを愛してるのは百歩譲って理解しよう」


「そこは素直に認めて?」


「だが――、お前は本当に小僧を愛しているのか?」


「姉さん? 今すぐ姉妹の縁を切るぞ?」


「待て待て待てっ!? だって心配になるだろうっ!? 部屋中に小僧の写真が所狭しと並べられてっ、十年以上も会って話したことも無いのに、ずうっとずうっと監視していただろうっ!! 姉として心配になるぞっ!?」


「ローズが言えた事じゃないと思うけどね、良ければ聞かせてくれないかなフィリアちゃん。ボクとしても気になる所なんだ。英雄くんへの思いが変な方向へ行ってないかって」


「いえ義姉さん、義兄さん。もはや手遅れでは? そもそもフィリアは僕と同棲する為に、一人暮らししていた家を燃やした程ですよ?」


「いや小僧、それはお前が悪い」


「何でっ!?」


「フィリアの愛する男ならば、出会った瞬間にフィリアがフィリアだと認識し、膝をついて告白すべきだ」


「ハードルが無闇に高いっ!? 助けてロダンさんっ!?」


「ごめんね英雄くん、自慢じゃないけどボクって記憶力良いから。個展に来ててチラッと見ただけのローズをちゃんと覚えてたんだ」


「でもストーカーをしていたのだろう姉さん」


「当たり前だっ! 身辺調査をして、パトロンになって囲い込んで、アトリエに私専用の部屋を作るのは基本だろうっ!」


「当然のように盗聴器と発信器と監視カメラがあったよね、まぁ全部潰して。ボク特製のダミー人形を身代わりに逃げ出したけど」


「強いっ!? 義兄さんってば強いっ!」


「でもそれが間違いだったんだ、何せ町中で軍用ヘリで追われて拉致監禁されたからね!」


「どうしてそこまで行動が同じなのさっ!!」


「やっぱり英雄くんも、そうだったのかいっ!? いやあシンパシー感じちゃうね!」


「くぅ~~、義兄さんも苦労したんですねぇ……。これからは僕も一緒ですっ! この愛が重いバカ女共を、一緒に愛していきましょうっ!!」


「ありがとう英雄くんっ!! この愛が重いアーパー共を愛していこうねっ!!」


「馬鹿とかアーパーとか酷いではないかっ!! 訂正を要求するぞ英雄っ!!」


「そうだぞロダンっ! 今すぐ訂正しろっ!」


「ならフィリア、洗濯する時に僕のトランクスを絶対に一度は食べる事を止めてくれたら考えるよ?」


「ローズ……、ボクのハンカチを君の使用済みパンティにすり替えないなら訂正するけど?」


「「私に死ねと言うのかっ!?」」


 まったく同時に叫んだ伴侶達に、男二人は困った顔をして彼女達を膝から下ろす。


「英雄っ!?」「ロダンっ!?」


「これは駄目だ英雄くん、どうだろうか? 今日は二人で街に遊びにいかないか? この辺りのオタクショップを教えて欲しいんだけど」


「良いですね、僕はそこまで詳しくないけど。知ってる人に教えて貰うんで行きましょう!!」


「という事で、晩ご飯までには戻ってくるよハニー」


「折角だし、義姉さんとゆっくり話しても良いんじゃない? では出発っ!!」


 ささっと、スタスタと出て行った二人に、姉妹は顔を見合わせて。


「――――姉さん、英雄との結婚を認めないのは一時置いておいて」


「――――ああ、手を組もうフィリア! 早速だがこの街の地図と、良い感じのラブホテルを教えて欲しい!」


「ちなみに発信器と盗聴器は?」


「ふふっ、馬鹿にするなよフィリア。お前こそ万全か?」


「勿論だ、幸いにして週一回のストーカー行為権を今週はまだ使ってないのだ!」


「うむ? 週に一回だけなのかっ!? よくそれで耐えられているなっ!? 私だったら気が狂うぞっ!?」


「愛の……愛の力です姉さん。そうやって管理されるのも乙なものですよ……」


「成程、それもまた愛のカタチか……。ロダンを捕まえたら早速提案しよう」


 姉妹は立ち上がって。


「では行くぞ! 男二人だけで楽しませてたまるかっ! 引き剥がしてデートするのだっ!」


「ふむ、ではダブルデートでもしますか?」


「いや、いくらお前とはいえ揃ってラブホに行きたくない」


「ラブホに行くのは前提なのか? いや、いい。では行きましょう姉さん! 我らの愛の為に!」


「愛の為にっ!」


 その日、駅前では金髪美少女と金髪美女が男二人を追い回す事件が発生。

 ホビーショップでは、美少女フィギュアを大人買いしようとした男二人を、これまた金髪美少女と金髪美女が襲撃するという事件も発生して。

 なにはともあれ、平和であった。


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