第64話 義母・這寄カミラ(旧姓カミラ・セレンディア)



 彼女は、姉であるローズ以上にフィリアに似た人物にみえた。

 強いて言うなら。フィリアやローズにあった鉄面皮は無く、むしろ明るい人物の様に。

 だが母とフィリアが言ったけれど、とてもそうは見えない若さで。

 水色のバロックドレスを着ている所為か、ファンタジー感溢れたその人だった。


「初めまして。僕は脇部英雄、フィリアと真剣なお付き合いをさせて頂いています! …………お姉さん?」


「英雄、母だと言っただろう」


「いやでもさ、どう見てもローズ義姉さんより少し年上って感じだよ?」


「ふふっ、気に入ったわ脇部英雄。――私の名は這寄カミラ!! 私こそが這寄勇里の最愛にして最高の妻! そしてそこのフィリアの母! 這寄カミラその人ですっ!!」


「ところで聞いて良いですか義母さん」


「どうぞ?」


「普段からバロックドレスを着ているんです? いえ、凄く似合ってるんですけど。気になっちゃって……」


「ああ、これは次の映画の撮影の役作りとして着てるのよ。この屋敷は洋式だし、雰囲気ばっちりじゃない?」


「はい母さん、凄く似合っています。ところで何のご用で?」


「あらあら、そう睨まないのフィリア。私の大切な娘、何か変な所も受け継いでしまった愛する娘よ」


「しかし母さん、その変な所で父さんを射止めたのでは?」


「そうよ! 女は度胸! そしてストーキング! 情報を制し、前に踏み出した者だけが愛を勝ち取るのよっ!!」


「この母にして娘ありだっ!? なんて教育してるんですか義母さんっ!?」


 英雄の叫びに、カミラは申し訳なさそうな顔をして頭を下げ。


「――申し訳なかったわ英雄さん。その昔、フィリアを助けて頂いたばかりか、長年のストーカーも受け入れて結婚して頂けるなんて。なんと御礼を申し上げたら良いか……」


「頭を上げてください義母さん。全ては愛、僕と這寄家のフィリアへの愛があったからこそですから」


「ふふっ、そう言って頂けると嬉しいわ婿殿。――そしてフィリア、何を逃げようとしているの? お母さんにちょっと話してみなさい」


「い、いや? 未来に頼んだ紅茶はまだだろうかと」


「大丈夫よ、それは私が代わりに持ってきました。だから其処に正座なさい」


「あのー、義母さん?」


「ごめんなさい英雄さん、お気になさらず紅茶でも飲んでてまっててね」


「あっはい」


 有無を言わさない笑顔に押され、すごすごと英雄は引き下がる。

 フィリアが助けを求める視線を送っていたが、彼としても義母が何をしようとしているか理解できるつもりだ。

 つまりは――静観。


「さてフィリア? 私の言いたい事は分かるわね?」


「母さん、私は恥じるような事など何もしていません!」


「……フィリア、百歩。いえ一歩譲って英雄さんへの長年に渡るストーキングは見逃しましょう」


「見逃すんですか義母さんっ!?」


「では何が悪いのですか!」


「悪い、という時点で語るに落ちたようなもの。――私は散々言ってきたでしょう! 愛する者以外に迷惑をかけるなと!」


「いえ義母さん? そこは愛する者も含めましょう?」


「私の何が迷惑をかけているとっ!!」


「いえ貴女、家燃やしたじゃない。駄目よ物を粗末にしては、それが貴女が稼いだお金であっても。――自分の価値を下げるだけと心得なさいっ!!」


「ははっ! 理解しました母さん!」


「よろしい! では次に、校舎を甲冑着込んで爆走した件についてです。幸いな事に彼方は何も言ってきませんでしたが、それもこれも英雄さんの人徳があってこそ。――そしてなによりっ! 軽々しく剣を抜くなと散々教えたでしょうっ!! 武力は最終手段! 女の武器は知恵と勇気と努力と言葉と涙と体! はい復唱!」


「武力は最終手段! 女の武器は知恵と勇気と努力と言葉と涙と体!」


「怒る所そこなのっ!? というかその家訓は何っ!?」


 ことごとくスルーされる英雄、それはそれとしてお説教は続いて。

 彼としては、またしても静観……出来るのだろうか?


「そして三つ目よフィリア。貴女、彼のアパートの住人を全て追い出して敷地ごと買い上げたでしょう」


「いけないのですか?」


「それは許しましょう」


「許しちゃうのっ!?」


「だがツメが甘いっ! 人前で浚うから騒ぎになっていたと報告を受けたわっ! やるなら根回ししてから誰にも不審がられずにやりなさいっ!!」


「駄目だよそれもっ!?」


「申し訳ありませんでした! ツメが甘かったです! 次は英雄以外には誰にも悟られず、迷惑かけずに実行します!」


「次は無いし僕にもそんな事で迷惑かけないでっ!?」


「よろしい」


「よろしくないよっ!? フィリアもフィリアなら義母さんも義母さんだよねっ! 何考えてるんだよ!」


 すると母娘は声を揃えて。


「「愛を独占する事っ!」」


「だよねっ! 僕がバカだった!!」


「うむ、理解のある夫で嬉しいぞ」


「あらフィリア、将来の、夫でしょう。少し気が早いわよ」


 ははは、ふふふと笑いあう親子に英雄は釈然としない気持ちを覚えたが。

 ともあれ、気になっていた事に踏み込む。


「それで義母さん? フィリアのお説教をしに来ただけじゃないでしょう。何の用なんですか?」


「――っ!? 驚いた、敏いのね婿殿」


「そうでしょう、英雄はその辺りの機微に鋭いんだ」


「では率直に、……フィリア、結婚するの構わないけれど段階を踏みなさい。いきなり夫を連れて帰るなんて連絡してきたから、ローズは激怒するわ勇里はとてもすまなさそうな顔で『彼も逃げられなかったか……』って沈んでしまったわ」


「詳細を聞かなくても分かる、前科二件って感じだねそれ?」


「姉さんはともかく、父さんには申し訳ない事をした……」


「ふふっ、母さんも一緒にいるから。後で謝りに行きましょう」


「可哀想に義父さん……、僕も将来そんな思いをするのかなぁ……」


 遠い未来に思いを馳せる英雄は置いておいて、フィリアとカミラは話を続ける。


「しかし母さん、段階を踏めとは? 同じ事をして父さんと結婚したのでは?」


「ふふっ、それは違うわね! 私の場合は事前に両方の親に話を通しておいたのよっ!」


「外堀から埋める癖は義母さん譲りなのっ!? いや、前に聞いた話だけどさっ!」


「しかし母さん、相手の親から事前に了解を取るのは難しかったのでは?」


「そこはほら、誠意を尽くして説得したのよ」


「誠意とは? 具体的に教えてください母さん」


「お金」


「お金」


「買収だよそれっ!?」


「そして地位と家の歴史」


「地位と家の歴史」


「誠意じゃなくて餌だ!? というかメモ取らないでフィリアっ!?」


「最後に――愛」


「成程、愛ですか。つまり情熱を持って持てる全てを使って根回ししておくと?」


「ええ、それからライバル達を遠ざけるのも忘れずにね? これに関しては誉めて上げましょう」


「誉めないで義母さんっ!?」


「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいな母さん」


「だけどフィリア、心しなさい。――私達の説得を忘れた事を」


「それはどういう……?」


「私としては結婚を認めましょう、それは勇里も同じです。仮にあの人だけが反対した場合、私が責任を持って説得します。ですが――ローズ、あの子は別です」


「という事は義母さん? 義姉さんが反対したら、そちらに回ると」


「端的に言えば」


「そんな母さんっ!?」


「我が子よ……、家族全員の了解の得るのですっ! そう! これは這寄家の家訓!!」


「本当の所はどうなんです義母さん?」


「一度言ってみたかったのっ! 結婚したければこの私を倒してから行くといいっ!!」


「僕が言えた事じゃないけどっ! 君んチの血筋はどうなってるのさっ!?」


「くそっ、しまった! 母さんが英雄に負けず劣らずエンジョイ勢だと言う事を忘れていたっ!!」


「そうそう、英雄さんで思い出したけど。じつは貴方達、赤ちゃんの頃に会ってるのよ?」


「は?」「何それ僕聞いてないよっ!?」


「ふふっ、やっぱり知らなかったわね! じゃあ詳細は食事の時にでも。ではね!」


「母さんっ!? 母さーーんっ!?」


「カムバック義母さんっ!?」


「愛し合うあまりに食事の時間に遅れないようにね? ちゃんとシャワー浴びてからくるのよーー」


 唐突にやってきた義母カミラは、嵐のようにかき回して去っていった。

 英雄とフィリアは、大口を開けてそれを見送るしかなかった。


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