第39話 サプライズ



 日が落ちるのが早くなって、肌に突き刺さるような寒さも当たり前な下校時間。

 特に買う物があった訳ではないが、英雄がトイレ行きたいと宣ったので、帰宅途中に近所のスーパーへ。


「――――遅いぞ英雄」


「いやぁメンゴメンゴ。トイレが込んでてさぁ」


「ここまで時間がかかるなら、家に帰った方が早かったな」


「だからゴメンって、こんな寒い中。フィリアを一人にしてゴメンよ。誰かにナンパなんてされなかった?」


「ナンパではないが、アパートの斜向かいの住むお婆さんに焼き芋を貰ったぞ」


「美味しかった? 僕にも一口頂戴!」


「ダメだ、君にはやらん」


「えー、ケチんぼ」


「男が上目使いをしても、気持ち悪いだけだ」


「その心は?」


「くっ、何故こんなにも心が揺り動かされるんだっ! 特に顔が良い訳ではないのにっ! これが愛の力というのか!!」


「誉めてるのかそうじゃないのか分かんないコメント、ありがと。――じゃあ、行こうか」


 歩き出した二人であったが、フィリアの仏頂面はいつもより険しく。

 然もあらん、彼女は朝から様子がおかしかったのだ。


『なあ英雄、今日は何の日か知っているか?』


『君の誕生日ではない事は確かだね、何かあったっけ?』


『――――君には失望した!』


 朝一番はこうであったし。


『昼を食べる前に、――そろそろ、今日が何の日か思い出したか?』


『うーん、難問だね。……あっ、分かった!』


『よし! 言ってみろ!』


『昨日は鍋だったから、今日はおでんだ!』


『――……君には失望した。もう二度とあーんはしてやらん』


『じゃあ僕はしよう、はいあーん』


『あーん』


 昼はこんな塩梅であったし。

 そして今。


「さて、もう玄関だが。――今日が何の日か思い出したか?」


「フィリアも結構拘るね。そう言うの嫌いじゃないけど僕にはさっぱりだよ」


「ほう、降参するか? はっ、期待した私が愚かだった様だ。ああ、どうせ私は面倒臭い地雷女だ!」


「そこが君の魅力の一つだと思うんだけどね、まあその話は中に入ってからするとしようよ」


「今日の英雄は冷たいな、私の心はまるで凍結したハドソン川の様に――――うむ、待て?」


「真冬のハドソン川に行ったことないから、イマイチ伝わんないけど。その例えはグッドだね海外ドラマみたいで僕好みだ」


「話を反らそうとしても無駄だぞ英雄、……そうか、そうだったんだな?」


「そんな怖い顔をしてどうしたのさ? 中に入らないの?」


「はっ! そういう事か英雄っ! 君という奴は最初から分かって私を謀っていたのだな!」


「謀るとは穏やかな表現じゃないね」


「そうだろうとも、君が企んでいるのは――別の事だ、私には解る」


「その証拠は?」


「先程から、顔がニヤけているぞ?」


「しまった! 僕そんなに顔に出てたっ!?」


「語るに落ちたな、……君の演技は完璧だった」


「またまたしまった!? 罠かチクショウ!」


「ふん! では答えて貰おう。――今日は何の日だ?」


「もう玄関だし、これ以上とぼけても無駄か。じゃあさっき言った通り、話は中でしよう。――サプラァーーイズ!」


 英雄は鍵を取り出し、フィリアを先に中に入れる。

 するとそこには、折り紙で作られた輪っかの飾りや、いくつものバルーンで飾り付けられた部屋。

 その中心には――――。


「祝! 同棲一ヶ月記念日~~~~っ!! ドンドンパフパフ~~~~!!」


「英雄っ!! んちゅ! んちゅ! んちゅ!」


「わお! キスの嵐だぁ! でも唇にしてくれたらもっと嬉しいんだけ――」


「――んちゅ。…………はぁ、凄く。凄く嬉しいぞ英雄! こうしてくれるなんて思っていなかった」


「ははーん、僕を甘く見てたね? フィリア検定師範の座にある僕にとっては簡単な事だったさ」


「というと?」


「第一に、カレンダーにこれ見よがしにハナマル付けてるよね、しかも赤ペンで」


「うむ、君にも伝わっていた様で嬉しいぞ!」


「第二に、一週間前からそわそわしてカレンダー見てた、昨日や今日の朝なんて特に。一分に一回は見てなかった?」


「ふふ、そこまで浮かれていたか私は」


「そして最後に、――君のSNS各種に今日は同棲一ヶ月記念日とか投稿しまくってた。正直、もろバレだね」


「ふふっ、それを見られていたとは予想していなかったな。――待て、これらは何時準備した? 今日もずっと私と…………うん?」


「お、気づいたみたいだね。そう、今日僕は休憩時間の度に居なかった」


「た、確かに!! だが学校からここまでは昼休みを使ってもは、時間が足りないぞ!? 授業の合間の休み時間なら尚更だ!」


「ふふふ、君の盲点をつくのは。この英雄くんにはお茶の子さいさいさ! 此処には居ないけど、イカれたメンバーを紹介するぜ! マイフレンド・栄一郎! こないだ誕生日だった伊良部と、友情出演の三位先輩! そしてエテ公とくっついてきた愛衣ちゃん! 最後に、貴重なアッシーになってくれた茉莉センセだっ!!」


「なんとっ!! そんなに沢山にかっ!?」


「みんな苦笑しながら、二つ返事で協力してくれたよ。そんでもって、飾り作りにはクラスの連中も密かに協力してくれたから。明日二人でお礼を言おうね」


「おお、おお、おお…………っ! 私はっ、私はっ、なんて幸せ者なんだっ!!」


「もう予想着いちゃったと思うけど、さっきのトイレはゴメンね。急いで帰って最後の準備を整えてたんだ」


「ああ、そんな事はもう良い…………。何と言っていいか、胸がいっぱいで……」


「お腹いっぱいにはなってないよね? ケーキも用意したし、未来さんに頼んで密かにちょっと豪華な料理の勉強もしたんだ」


「つまり今日は英雄のフルコース料理が味わえるのかっ!!」


「純粋なフルコースとは外れるけどね、美味しく食べてくれると嬉しいな」


 コクコクと興奮気味に頷いたフィリアは、はたと我に返り戸棚へと急ぐ。

 そして大股で帰ってくると、手に持った包みを手渡した。


「こんな私を受け入れてくれて、一ヶ月も一緒に暮らしてくれてありがとう。物で表せるものじゃないが、――嗚呼、受け取ってくれると嬉しい」


「え、プレゼントあるのっ!! 奇遇だね! 僕もあるんだ待ってて! 一緒に開けよう! ……えーと、ここに隠して。よし、あった! ――はい、どうぞ!」


「ありがとう。ふふ、嬉しい事ばかりで死んでいまいそうだ」


「これぐらいで死んじゃったら、結婚式の時にはどこまで死んじゃうのさ」


「嬉しい事まで言ってくれる、ああ英雄。君は世界一の良い男だ」


「それを言うなら、フィリアだって世界一の良い女さ」


 二人はお互いから送られたプレゼントを開けて。

 英雄には時計、そしてフィリアには――時計。


「これは…………」


「ああ、そうだな」


「僕たち、すっごく気があうね!」


「そうだな! まさか同じ物を買っていたとは!」


「恥ずかしい事だけど、お金足りなくて。ペアウォッチの女物しか買えなかったんだ」


「私はな、男のも買おうと思ったのだが。どうにも私のも買うのは気恥ずかしくて、気づいてくれると嬉しいなどと期待していたんだ」


「こんな偶然ってあるんだねぇ」


「ああ、そうだな……」


 二人はお互いの右腕に、奇しくも揃ったペアウォッチを付けあって。

 すると、フィリアは目尻に涙を浮かべて英雄の胸に飛び込んだ。


「嗚呼。……怖い。英雄、私は怖いんだ……」


「どうしてだい?」


「幸せ過ぎて、夢、なんじゃないかと思ってしまうんだ……。これが夢なら覚めないで欲しい。もし夢だったら、私は泣いてしまう」


「僕の可愛い泣き虫フィリア、これは夢なんかじゃないよ」


「そうだな、君の暖かさ。この時計、全部、全部夢じゃないのだな」


「そうだよ、これは確かな幸せさ。僕の方こそ、一緒に同棲してくれてありがとう」


「礼など……」


「言わせてくれよ、僕だって自覚あったさ。人生エンジョイをモットーにはしゃいでるけどね、恋人になってまで着いてきてくれるヒトなんていなかったんだ。恋愛するより、栄一郎達と遊ぶ方が楽しかったし。正直、ちょっと諦めてた。僕が全身全霊で人生かけてエンジョイしたい女の子なんて居ないんだろうなって」


「なんだ? 英雄は私の面倒な所が好きなのか? それなら愛衣でも良いだろう」


「顔がニヤけてるよフィリア。愛衣ちゃんはねー、ちょっとねー、僕を理由にする子はちょっとねー。その点、君は最高だよ! なんたって僕にゾッコンで、美人で可愛くておっぱい大きくて!」


「悲しいな、体目当てか?」


「体も、さ。無意識に思ってたのかも、僕が夢中になるのと同じくらい、僕に夢中になってくれる女の子が良いなって」


「奇遇だな、私も思っていた。私が夢中なぐらい、英雄も私に夢中になってくれれば良いって」


「奇遇だね、きっと僕たちは一緒に居る運命だったのさ」


 二人は微笑んで。

 静かに目を閉じると顔の、唇の距離か近づいて。

 一、二、三、四、五、ゆっくり数えて、重ね合うだけだが、熱い、熱い、熱いそれを。


「晩ご飯にはまだ早い、僕手作りのコンソメ味ポテチでも味わいながら、未来さんが作ってくれた僕たち二人のアルバムでも見ようじゃない。――まぁ、その殆どが隠し撮りな訳だけど」


「痛い所をつくな、だが受け入れよう。それは私の罪で愛だ!」


「愛を押さえてとは言わないけど、行動の加減はしようね?」


「ふむ、となれば新たに君が行動しなければならないな」


「何か思いついた顔だねそれ、興味深い続きをどうぞ?」


「簡単な事だ。――――毎日の私の下着を、英雄が決めてくれ。そうすれば私はとても満足して一日を過ごせるだろう」


「ほほう、となると。君の下着を全部把握して良いの?」


「ああ、あのカラーボックスを存分に漁って良い。そしてサービスだ、…………ど、どんなっ! いかがわしい下着を選んでもっ! かかかかか、かっ、買って来てもつけてや――――きゃっ!?」


 英雄は衝動的にフィリアの細い腰を抱き寄せ、顎をクイっとキスをした。

 それは触れ合わせるだけの軽いキスだったが、その回数の多さと耳元で囁かれた愛の言葉に。

 フィリアは、夕食前まで気絶したのであった。


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