第26話 愛の巣



 夢を見ていた。

 脇部英雄という存在が、今よりもっと幼く未熟だった頃だ。


「大きくなったら、お父さんみたいなヒーローになるんだ!」


 端から見れば、破天荒という言葉がぴったりくるが、彼としては真っ直ぐに育ち行動して。

 早回しで思い出が流れる中、どこか他人事のようにぼんやりと眺め。


(そうそう、始めは近所の犬を怖がる女の子を助けたんだっけ……)


 ガキ大将を倒し仲良くなって、町を守るヒーロー戦隊というごっこ遊び。

 重い荷物を持つお婆さんを助けたり、迷子の子の親を探したり。

 そういえば、虐待を受けた子を助けるために大冒険をした覚えもある。


(あの時は、どうにも出来なくて親父とか大人の力を借りたんだっけ……懐かしいなぁ、アイツ等は今どうしてるんだか)


 小学生も終わりという時期に、英雄はとある女の子を助ける為に大怪我をし。

 半年に渡る入院期間の中、栄一郎と愛衣に出会って。


(そういえば……、あの太った外人の子を助けたのは、怪我する前だったけか?)


 その瞬間、映像が切り替わり。

 ゴミを投げつけられ泣く金髪の子供の姿。


(あの時も大変だったなぁ、あの子の親を利用する為に、あの子の担任と教頭がグルになってイジメを黙認してたんだから)


 結果的にその担任は懲戒免職になり、ゲイバーに再就職したとか。

 教頭は全裸ヌルヌルレスリングを全国放送する羽目になり、懲戒免職どころか牢屋にシュート、超エキサイティンとなり。


(ああ、――そうか)


 意識が覚醒へと浮上する中、英雄は確信した。

 あの時の太った子、長らく少年だと思っていた子は、今は可憐に成長した女の子で。


(助けたは良いものの、あの時は日本語がまだ覚束なくて英語ばっかで、僕、何言ってるか全然分かんなかったからなぁ)


 辛うじて聞き取った名前すら、フィリップと間違えていた。


「――――…………懐かしいなぁ」


「起きたか、英雄」


「ああ、ちょっと……、懐かしい夢を見てたよ。君が出てきたんだ」


「それは興味深い、話してくれるか?」


「そうだね……――――うん? ここドコ?」


 目を開けると、見慣れた天井ではなく。

 オフィスの会議室を思わせる、無機質な白い天井と電灯。

 よくよく見れば、寝ているのも保健室にある様なベッド。


「このピンクでハート柄がすっごくミスマッチ……じゃないっ!? マジでホント何処だよココっ!? 服脱いだ筈なのに着てるしっ!! どうなってるんだっ!!」


「混乱するのも無理はない、では説明しよう。ああ、服を着せたのは未来だ」


「それを聞いて安心して良いのかな? お、プロジェクターにポテチとジュース! 座り心地の良さそうな椅子! 良いね!」


「ではポチっとな。さて、この映像だが――」


「もう驚かないぞ、あの時って扉の外に未来さん居たよね? この映像も未来さんが撮ったってオチでしょ」


「いいや、口が堅い専門の部下だ」


「そんなの居るのっ!?」


「ああ、君のために用意した。ちなみに4Kで撮影してある永久保存版だ。望むなら今までの分も含めてブルーレイで提供しよう」


「至れり尽くせり! でも違うことにその努力とお金を使って欲しかった!」


「喜んでくれて私も嬉しい、どうだ? 綺麗に撮れてるだろう。この木陰で膝枕のシーンだがな、ちょっと編集してみたんだ」


「わ~お、背景が学校じゃなくてファンタジー! お城とかあるよっ!? しかも僕の制服が鎧姿になってるっ!!」


「題して、勇者と姫騎士、ささやかな休暇」


「題まで考えたの? ちなみにラスボスは?」


「それは机兄妹にした、この画像を見てくれ」


「おお、珍しく栄一郎がイケメンモードだ……、でも愛衣ちゃんってば怒ってない? んでもって、モザイクかかってる人って誰? 茶髪っぽくて制服じゃない感じはするけど」


「その人物はプライバシー保護の為に秘密だ」


「僕のプライバシーは?」


「で、この画像をこうすると……」


「スルーしたね今? ――おお、なんか魔王と四天王っぽい感じに! モザイクの人も四天王愛人担当って感じになってる!!」


「今回はちょっと工夫を凝らしてみた」


「………………好奇心までに聞くけど、今までの盗撮も加工してるの?」


「ここまで凝ってはいない、精々、結婚式に使うためにナレーションと音楽を入れてるだけだ」


「二人の思い出だね! これは嬉しいサプライズ――なんて言うわけないでしょ!! 僕には君が何がしたいか分からないよ!!」


 英雄はガタッと立ち上がり、机を挟んで前に立つフィリアを睨んだ。


「そろそろ茶番は終わりにして、聞かせて貰うよ。此処はドコで、僕は何のために監禁されてるんだい?」


「……あれから五時間だ。そして場所は言えない」


「目的は?」


「はっきり言わないと分からないか?」


「ああ、教えてくれ『ふとっちょのフィリップ』」


 途端、フィリアの表情が崩れた。

 いつもの様な鉄面皮が、スッと抜け落ちて能面の様に無表情に。


「懐かしい……、君が初めてくれたあだ名だ」


「やっぱり、あの時の僕が助けた隣のクラスの子だったんだね」


「ああ、そうだ。日本語が喋れず、母が有名人故に虐められていた金髪のふとった男の子の様な子が、――私だ」


 フィリアは遠い目に、ぐつぐつと煮えたぎる何かを迸らせて猛弁をふるう。


「初恋だったんだ、英雄。君には助けた誰かの一人でしかないが、私にとっては君が唯一無二のヒーローで、憧れた強い人だった」


「じゃあなんでストーカー行為に?」


「助けて貰ったはいいが、私は心配した親に転校させられてしまってな。でも諦めきれなくて、未来や他の者に頼んで君の様子を見てきて貰ってた」


「それがエスカレートしていったと?」


「きっと側に居ても同じだった、……だがそうだな、直接会えない事で私の気持ちは燃え上がり、やがて恋に至った」


「でも高校に入ってすぐ会えたじゃないか。入学式で栄一郎より先に、僕に声をかけたのはフィリア。君だったよ」


「そうだ、あの時だった。……私のこの想いは、間違いなく愛である、と。だから散々アプローチをしたのに、君は全然気づいてくれない」


「それはフィリアが不器用だったからじゃ? いや、男として気づかなかった僕も悪いか」


「いや、そうだな。きっと私が間違っていたんだ」


「じゃあどうして、もっと素直に出来なかったの?」


 首を傾げる英雄に、フィリアはツカツカと近寄って彼の襟首を掴んで。


「なあ、分かるか? 私は君を愛しているんだ! 心の底からだっ!!」


 それは、今まで見たことが無い彼女で。

 吐息は熱く、目は潤んで、頬には赤みが差し――愛おしいという感情を剥き出しで。

 英雄は、圧倒される。


「どんなに言葉を重ねても! 君には伝わらないだろう!」


 それは狂気とも思える激しさを持って。


「君が視界に入る度に鼓動が早くなる! 思考の全てが支配される! どうしたら君に触れられる! どうしたら声が聞ける! どうしたら君に見て貰える!」



 それは。



「どうしたら! 脇部英雄! 君に心から愛して貰えるんだ!!」



 正しく愛の叫びだった。



「君が私を狂わせたんだ! 君に救われた時、私は人生が変わった! 君のようになりたいと思った! 皆と笑いあって馬鹿な事をして! 誰かを助けて! そんな君を好きになった! 憧れたんだ!」


 髪を振り回し、激情に突き動かされて愛を縋るフィリアを、英雄は静かに見ていた。


「我慢出来なかった! 君の隣に他の女が居るのが! 君が誰かに笑いかけるのが! それは私が魂から欲したものだ! どうして私だけを見ない! どうして! どうして! どうして! 嗚呼、嗚呼、嗚呼、嗚呼! 君の全てが欲しい! 髪の毛の一本から足の爪の先までだ! 全て私のモノにして支配したい! いいや! 君に支配されたい! 君だけだ! 脇部英雄! 君だけしか私は要らないんだ!!」


 荒い息で、涙を流して、哀れみを誘うようにフィリアは。


「お願いだ……、君の全てを私にくれ。私の全てを捧げるから。お願いなんだ……、私が愛するように、君も私を全身全霊で愛してくれ…………」


 弱々しく。


「なあ? 私は綺麗に成長しただろう? あの頃のように男の子の様な短い髪じゃなく、太ってなくて。ダイエットしたんだ、君が好む女の子の傾向を調べに調べて、普段使う小物から、下着、服、料理のレパートリーも。この体だって、君に気に入って貰うために毎日エステに通って、ジムで運動をして、見てくれこの胸は君の為に育てたんだ」


 懇願して。


「だからお願いだ…………、私を、拒まないでくれ――――…………」


 英雄は今、少しだけ彼女を理解した気がした。

 脇部英雄という男だけを想い、生きてきた女。


(僕だってさ、君の事をかなり好きになってたんだ)


 だからこそ、聞かなければならない。


「ねぇフィリア。僕を想って努力する間さ、……楽しかった?」


「ああ、楽しかった! 会えなくて胸が苦しくて呼吸が上手く出来ない時もあったが、君の為に自分を磨いて、着実に成長していくのは楽しかった!」


「一緒に暮らして、楽しかった?」


「勿論だ! 一緒に暮らそうと言われて人生最大の幸せだった! 一瞬一瞬がわくわくして胸が躍った!君の側にいる幸せを噛みしめた! 君が私だけを見てくれて、私の事だけを考えて、私の事を触れて抱きしめて、頬にキスまでしてくれたからだ!」


「じゃあさ、――今は楽しい?」


 フィリアは言葉を止めた、そして苦しそうに表情を歪めると英雄の胸に顔を埋める。


「楽しくなんか、無い」


「どうして?」


「君に、不便を強いている。君が望む、自由な楽しさを奪っている」


「何で閉じこめたの?」


「我慢出来なかったんだ、一緒にいても好きという感情は膨れ上がるばかりで、満たされても満たされても際限なく膨れ上がって」


「何で嘘をついたの? 僕が助けた子だって、最初に言わなかったの?」


「……気づいて欲しかったんだ。でも怖かった、幾ら綺麗になっても、君に誉められても、あの時の私と判明して拒絶されたらどうしようと。――嘘をついたのも同じ、君と一緒に居る今を失うのが怖かった、素直になれなかった」


 這寄フィリアという女の子は、好きな人に想いを伝える勇気が出ない普通の女の子だったのだ。

 ならば、男の子として言う事は一つ。


「じゃあさ、ここを出よう。そして一緒に家に帰ろう」


「いや、それは駄目だ」


「理由を聞いても? 今更、嘘も建前も無いよね?」


「勿論だとも!」


 途端、笑顔で答えたフィリアに、英雄は不安を隠せなかった。


「うーん、笑顔の君も綺麗だけど。素直に喜べないなぁ……」


「そう言うな、これから何度でも見せてやる。それどころか――もっと凄いものもだ」


「それは光栄だね、んでもって何で手錠を取り出したの? 胸の谷間から取り出したのは英雄くんポイント高いけどさ。僕を拘束するつもり?」


「まさか、愛する君にそんな事はしない」


「いや、前にそうしたよね?」


「あんなものお遊びだ、君なら切り抜けられただろう? これはな――こうするんだ!」


「うん? 自分の両手にはめてどうするの?」


「まあ待て、ベッドまでお姫様だっこしてくれ」


「はいはい僕のお姫様」


 そして要望通りベッドまで運ぶと、フィリアはころんと転がり叫んだ。


「さあ思うがまま私の極上の肢体を貪り! 孕ませろ!」


「どうしてそうなるんだよっ!!」


「何を言う、私がこういうのに疎く、恥ずかしがり屋なのは知っているだろう英雄?」


「知ってるけどさ! それなのっ!? その為に監禁したのっ!?」


「勿論だとも! 既成事実を作り君を私から一生逃げられない関係にする! なお! この部屋は私が孕むまで開かないぞ!」


「ちなみに聞くけど、食事とかトイレは何処?」


「食事はそこの扉の横が開いて出てくる、トイレとシャワーは別でそれぞれ右の扉から」


「外の空気が欲しくなった時は?」


「それなら、そっちのインターフォンの隣のタッチパネルで……っ!? おい、何をする気だ!」


「ごめんフィリア、君の事は好きだけど。まだ僕ら高校生だろ? パパになるには早いし、もうちょっと二人でいたいよ。――あ、パスワードかかってる、でもいいや。どうせ僕の誕生日でしょ……よしビンゴ!」


「まだだっ! この扉を開いてもその次の最後の扉は外からしか開かないっ! そして窓には鉄の格子だ!」


「コンコン、コンコンと……うーん、部屋はともかく。外の廊下の壁はそれなりだね。これなら何とか出来そうだ、徹夜したら壁を壊せるでしょ」


「くっ、君の行動力は素晴らしくて惚れ直したが、それはそれとして憎いっ!!」


「愛と憎しみは表裏一体ってよく言うしね、じゃあフィリアは大人しくしてようか。そしたら僕の部屋での初体験のプレゼントを考えてあげる」


「騙されないぞ! 本当に考えるだけだろう! こうなったら実力行使だ!」


「手錠で繋がれた君なんて怖くないね、ほら後ろを取った。そして抱きつきっ!」


「幸せで力が抜けるっ!」


「はい、髪にキス、首筋にキス! そしてほっぺにチュー」


「はうぅ……し、幸せぇ……!」


 彼女との関係を今後どうするかはともあれ、英雄は健全なイチャイチャに翻弄されるフィリアを堪能したのであった。


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