第15話 壊れた!




 同棲は何事もなく続くと思われた。

 だが、――今ここに一抹の危機が。


「ヤバイ……、超寒いんですけど?」


「うむ、寒い。これは予想外だった」


「というかさ、その毛布を僕にも分けれてくれないかな」


「断る、これは私の毛布だ!」


 そう、壊れたのである。

 脇部英雄ハウス(安アパートの一室)最大の防寒具、エアコンが壊れたのである!

 何の前触れも無く、ぶぅん……ぷしゅーと奇妙な音をたてて。


「君は良いではないか、暖かそうなダウンを着ているじゃないかっ! 比べて私はどうだ? 着の身着のまま焼け出され、防寒具の準備すら間に合っていない!」


「それを言われると僕も男の子として、毛布を貸そうって気に――ならないよ?」


「ならないか? 情に訴えているのだぞ?」


「ならないね、僕も寒いし。……コタツか電気絨毯でも買っておけばよかったよ。でもアレ高いしなぁ」


「英雄、君のバイト代は何処へやった」


「フィリアの稼ぎと違うんだよ、何を期待してるのさ。そもそも、この部屋の家賃、光熱費、食費も一部出して貰ってる。スマホと食料とみんなと遊ぶお金を出したら終わり、この前のパーカー代で懐は寂しいものさ」


「それは違うぞ英雄」


「何が違うのさ」


 毛布にくるまったまま、フィリアは胸を張って口元を歪めた。

 気のせいだろうか、心なし英雄を責めるような視線をしている。

 もう一つ言えば、彼女はコーンポタージュをぐいっと飲み干してもう一缶。


「同棲するにあたってだな、君の両親と話して仕送りの半額は私持ちだ!」


「え、嘘! マジで!? 僕聞いてないよ!? というかどう説明したのっ!?」


「幸いな事に、君の父の勤め先はな。は私の家のグループ会社の一つでね」


「わお、初耳過ぎる。……親父に変な事、言ってないよね?」


「変な事? ふむ……君の学校生活の話題の時は腹を抱えて笑っていたが? あとこんな伝言を貰っている『まだまだ手ぬるいな、若造が』」


「糞っ、まだまだ親父の背中は遠いのか……。僕もまだまだ未熟だな」


 フィリアは飲み終えたコーンポタージュの缶を床に叩きつけて、更にもう一缶開ける。


「悔しがる所かっ!? 反省しろっ!? というか父親共々どうなってる!! 聞けばあの御人も君に負けず劣らずトラブルメーカーという話じゃないかっ!!」


「でも成果は人一倍出してる、だから首を切れないってね。親父は僕の誇りさ」


「ああ、データでは傾きかけた会社をたった一人で立て直したそうじゃないか。しかも社長でも何でもないただの課長の時に」


「親父が課長の時? それって確か……ライバル会社の社長をぶん殴って会社ごと乗っ取った時だっけ?」


「違うっ! 知り合いの大富豪の伝手で大勢の大金持ちに工場で一日作業員体験をさせた時だっ!! というか何だその乗っ取りの話!? 聞いていないぞ!!」


「流石ダディ! 超クールだよね!!」


「親子揃ってお目出度い頭め! 君だって負けてないだろう! 中学の時、全校生徒を巻き込んで教頭のセクハラ問題を。ネットで公開ぬるぬるレスリングとか訳の分からない事態に発展させたではないか!!」


「ははは、全部栄一郎のやった事さ。僕は手伝っただけ」


「嘘を付け! 何もかもアイディアは君! 机こそ本当に手伝っただけだと調べはついているんだ!!」


「バカなっ、栄一郎の隠蔽工作は完璧だった筈だ!」


「だいたいな、何なんだ君の親は!! 君と同棲すると言ったら! その権利をどれくらいの金で買うとかぬかしたんだぞ!!」


「うーん、僕も楽しそうで害が無くて、倫理に反してなければ売るからなぁ……」


「君もかっ!?」


「それで――幾らで売ったの?」


「………………世界一周旅行」


「糞っ!! それで最近電話に出ないんだなっ!! そんな楽しそうな事に僕も連れて行かないなんてっ!! 何て親だ!!」


「私との同棲生活を比べれば?」


「断然、フィリアだ!」


「うむ、ならばこの毛布は私のだな!」


「しまった!? 言質を取られたっ!?」


 フィリアは勝ち誇る様に、コーンポタージュの缶を飲み干す。

 そしてもう一缶。


「というかさ、フィリアってばさっきから飲み過ぎじゃない?」


「仕方ないだろう……寒いんだ」


「それだけ飲んだのなら、体も暖まったよね。どうだろうか、僕に毛布を譲っては? いやいや、全部じゃなくて良いんだ半分でいい」


「駄目だ、君はきっと私にイヤらしい事をするだろう」


「例えば?」


「ふっ、英雄の考えなどお見通しだ。私が何かを言った所で君が言うことは最終的に一つ! 『ほら、山で遭難した時の話を聞いた事があるよね。どうだろうか、裸で暖めあうという事を実践してみないかい?』とな!! この変態めっ!! 恐れ入ったか!!」


「えー、今時流石になぁ……、そんなコト言う人いないでしょ」


「その心は?」


「畜生! 見抜かれた!! 全人類の男が一度はやってみたいロマンを! 君は否定するというのかっ!!」


「やっても良いが、絶対それだけで済まないだろう」


「賭けてもいい! もし実行したら僕は、数時間には童貞卒業してるって!」


「その場合私の処女も無くなっているではないかっ!! もっとマシな案をだせ!! ――――っ!?」


 その瞬間、フィリアは動きを止め目をぎゅるりと動かし冷や汗が一つ。

 何が起こったのか、英雄は一瞬戸惑ったが直ぐに思い至りニマニマと笑う。


「ああ、寒いなー、寒いからトイレ行きたくなったよ、じゃあ入るね」


「待て」


「何さ、漏れちゃうよ?」


「待て、――頼むから、待て」


「ほほーう? それが人に頼む態度?」


「チィッ、足下を見たな!! いいか! 私は待てと言ったんだ!! 待たないと…………、大惨事になるぞ?」


「具体的には?」


「君が特殊性癖を得て、救いがたい変態になるだろう。ああ、可愛そうな英雄……、でもそんな君も私は愛そう――哀れみをもってな!!」


「ぷるぷる震えているよ、無理しない方がいいんじゃない?」


「くっ、殺せぇっ!! 哀れみの目で私を見るな!」


「けけけのけー、でも、そんなフィリアも僕は愛そう――哀れみをもってね!!」


「この外道が!!」「こっちの台詞だよっ!?」


 ぐぬぬ、ぬおお、と唸り恐る恐る移動を開始するフィリアだが、やはりというか何というかさっぱり進まない。


「だからさ、さっき言ったじゃないか。飲み過ぎじゃない? って」


「言ったか?」「言ってないっけ?」


「というかさ、フィリアってばポテチの時から何一つ学んでないよね? 飲み過ぎ食べ過ぎは毒だって経験したじゃん」


「誰にでも欠点はあるっ! ううっ、ピンチだぞ英雄! 乙女が! 世界が羨む美少女がピンチだぞ英雄っ!!」


「はいはい、助けるって」


「そーっとだ、そーっとだぞ!」


「はいはい、そーっとね。おんぶで良い?」


「お姫様だっこで頼む、そのままトイレに連れて行ってくれ」


「お望みのままにお姫様……ぷぷぷっ、ひとりでできまちゅかーー?」


「調子に乗るなよ英雄、君と私が本当に特殊性癖を得た暁には…………君を殺して私も死ぬ」


「まぁまぁ考えてみなよ、僕もフィリアも何時かは年老いてオムツ生活かもしれない。その予行練習だと思えば」


「終わった後に拭かせろと言うのなら、それなりの覚悟が必要だな。今の内にさよならを言おう……ゴールデンボール」


「僕のゴールデンボールに何するのっ!! と冗談はおいて真面目な質問だ」


 フィリアをゆっくりトイレに座らせると、英雄はキリッとした顔で言った。


「もう一人で大丈夫だよね? マジで僕の手助けいらないよね? 本当言うと、もう少し女の子への幻想を保っていたくて……」


「ああ、大丈夫だから扉をしめて、テレビを付けて耳を塞いでくれ」


「イエス、マイプリンセス~~」


 そして数分後。


「提案しよう、――私の奢りだ、マンガ喫茶で今日は夜を開かす。帰るのは明日の朝だ」


「修理は手配したけど、来るの明日の放課後だもんね。いくら君がお金持ちでも人手不足には勝てなかったね」


「良い教訓だった、私と君のこの部屋は素晴らしいが…………、設備はケチってはいけない」


「そうだね、僕も動画アプリを一つ止めてお金を少しでも回すよ」


「つかぬ事を聞くが、どれぐらい契約してるんだ?」


「海外ドラマ用に二つ、アニメに二つ、特撮に一つ、ちなみに全部プレミアム画質の契約さ! それから…………」


「はぁ、私と同棲して居るんだ。せめて二つぐらいに減らせ」


「了解、確かにフィリアと暮らし始めてから見る回数減ったしね」


 二人は背中合わせでモゾモゾと着替え。


「では出発だ! ダウンの下にパーカーは着ただろうな!」


「フィリアこそ、おそろのパーカー着てる? 着てるねじゃあ行こう腕を組んで!」


「いや、手を繋ぐぐらいにしておこう。私と君はまだ付き合ってないのだからな」


「成程、残念。そっちの方が暖かいのに」


「よし、腕を組もう! 今から私たちはラブラブカップだ! マンガ喫茶のシートもカップルシートで節約だ!」


「レッツゴー!!」


 マンガ喫茶では、暇を持て余した英雄によって脇腹ツンツン大会(参加者二人)が開催され。

 無事追い出されて、徹夜でカラオケとなった事は言うまでもない。


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