第九章   蒼き時の彼方に   一

 碓氷から贈られた言葉の守りを携え、さらなるステージに駒を進めていく。

 五月二十九日から五日間にわたり、本戦出場を懸けて行われる二次予選。

 試合形式は地区連盟ごとに定められており、トーナメントやリーグ戦が用いられる。

 群馬、栃木、茨城と三県を跨いだ北関東地区では、一次予選を勝ち抜いた全八チームが一回戦トーナメントを行い、勝者四チームが代表決定リーグ戦に出場。そのうち上位二チームが都市対抗への出場権を得る。

 本県からは、オール高崎野球クラブ、伊勢崎硬 建クラブを交えた三チームが参戦。

 お隣の栃木県からは、全栃木野球クラブ、全足利クラブが。茨城県からは住金鹿島、日立製作所、茨城ゴールデンゴールズと、八つのカードが出揃った。

 今年は富士重のホームグラウンドでもある太田市運動公園野球場での開催という事情もあり、本戦を目前に期待の高まる太田市も俄に沸き立っていた。

 見上げるほどに天高く、登り詰めるほどに険しさを増す頂で、悠然とはためく黒獅子旗。

 俺の中のシナリオは既に完成している。あとは監督の指示通り、完璧に演じるまで。

 一回戦の富士重の相手は全栃木野球クラブ。先発は高卒ルーキーの藤岡に任された。

 試合直前のベンチ内。念願のデビュー戦で初先発とあってか、藤岡のテンションは高い。

 忙しない目の動きや、落ち着きを欠くオーバー・アクションが気にかかった

 思いもよらぬ事態を招きかねないのは浮き立っている時で、冷静さを欠いた心は周りを見えなくする。

 女房役の上野が、すかさず吉岡の異変を察して声を掛けた。

「藤岡、落ち着け! 大きく深呼吸してみぃ」

 防具を身に付けた厳つい腕が、若き未熟さ故の歓喜に打ち震える肩を抱く。

 言われるがまま、藤岡は素直に深く息を吸い込みながら、次第に落ち着きを取り戻しつつあるかに見えた。

 しかし、まだ経験の浅い、怖いもの知らずの無鉄砲な若者を諫める事はできなかった。

 マウンドに立った藤岡は明らかに落ち着きを描いた様子で、再び視線が忙しなく泳いでいる。

 高揚する感情は、体の軸を微妙にブレさせていった。

 

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