第八章   ZEROになる勇気   六

 物心ついた頃から聞かされてきた恐ろしき伝説の白龍を前に、幼き心はいたって静かに穏やかに澄み切っていた。渡良世川のように。

 そこでは恐れ、迷い、喜び、悲しみ、怒りなど、人間を人間たらしめる、あらゆる感情が純化され、たった一つの純粋な感情だけが残された。

 あえて言葉にするならば、それは「愛」。

 地獄に突き落とされたかに見える絶望的危機の状況下でさえも、愛のもとに含まれている。

 愛は全てを含んでいるからこその愛だと、恐れるものは何もないと分かった。

 上もなく下もなく、古くもなく新しくもなく、苦もなく楽もなく、善もなく悪もなく、天もなく地もなく、自分さえもない。

 表裏一体の世界は完全なる「無」ZEROの世界だった。

 覚悟を決め、すべてを取っ払った心は、紛れもなくZEROの場に立っていた。

 全てを取っ払っう覚悟ができて初めて、全てを手に入れることができた。

 勇気を持ってZEROの場に立った十一歳の心。白龍に怯むことなく対等に渡り合えたのも、姿を変えた自身の一部であると、どこかで判っていたからなのかもしれない。

「そうだったのか……」

 導き出された答えは正解かもしれないし、間違っているのかもしれない。

 でも、それでよかった。正解でも不正解でも同じこと。

 今の自分が納得できさえすれば、それで良い。

「孝一。茨の道は善意の石で敷き詰められている。転んでも、ただでは起きるなよ」

 確かに耳から聞こえてくる細かい声で、現実の世界に引き戻された。

「ZEROになる勇気を持って、これからの一戦一戦に臨みます。約束は必ず果たします」

 返事代わりに握り返してくれた手の力強さを、再び深く胸に刻み込んで。

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