第八章 ZEROになる勇気 六
ギョロリとした目が、感慨深げにゆっくりと、ゆっくりと一人一人の顔を追った。
マスク越しに口元が動き始め、何かを語っているようだったがとても聞き取れない。
付き添いの看護師が耳をそばだて、慣れた様子で丁寧に聞き取っては、通訳してくれた。
「皆よく来てくれた。都市対抗に向けての大切な時期なのにわがままを言ってすまん、ですって。あらやだ、碓氷さんにもそんな謙虚な一面があったんだ。これはお見それしました」
看護師の遠慮ない突っ込みに、碓氷がぎこちなく肘鉄を食らわす素振りを見せた。
自分の母親と同じくらいの歳だろうか。上品で端正な顔立ちに似合わず、あっけらかんと陽気で遠慮のない物言いから、碓氷とも随分と精通した仲であるとうかがえた。
再びマスク越しの口元が、何やら、もぞもぞと動いた。
「なに? 若い男が来るからって、今日はやけに化粧が濃いですって? ホントに口の減らないクソ親父だこと。嫌になるわ。まぁ、否定はしないけどね〜」
看護師が小憎らしそうに顔をしかめながら、さらりと交わした。
出来の良い素人漫才のような二人の兼ね合いに、どれほど救われたか知れなかった。
「なに? 上野、お前も一緒に入院するか? かわいい看護師が、よりどりみどりだぞ。至れり尽くせりで、毎日がハーレムのようだ、ですって。なに勘違いしてるんだかねぇ〜」
看護師がチクリとにらみをきかせた。
「監督、それはいい案ですね。俺も厄介になろうかな。どうだ、大和も一緒に」
上野の振りに、すかさず「いいっすね、白衣の天使かぁ。憧れるわぁ〜」磯部が切り返した。
「あらいやだ、こんな若いイケメンだったら、私が専属で最高の看病してあげるわよ」
「いや、それは、ちょっと……」
二人同時に言葉が飛び出し、あちこちでドッと笑いが起きた。碓氷も笑っていた。
和やかな時は瞬く間に過ぎ去り、面会時間の終わりを告げる館内放送が流れた。
「あら残念ね、碓氷さん。もう病室に戻らなきゃね」
碓氷が何やら看護師に目配せをすると、手際よくテーブルの下から小さな段ボール箱を取り出した。箱の中身は色紙の束だった。
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