第八章 ZEROになる勇気 五
哀しいかな、ようやく見出した人生の師とも言うべき碓氷との衝撃的な出会い。
先の見えない暗雲の立ち込める道。立ち往生する俺の前に、忽然と姿を現した風神。
巻き起こる嵐は視界を遮っていた全てを、たちどころに吹き飛ばして行くべき道を指し示した。
急に開けた景色を見渡せば、足元には三途の川。架けられた橋のど真ん中に立っていた。
鮮やかな朱色の橋は瀬戸際の命の色。渡るべきか、渡らざるべきか。
どちらに進んだとしても、待ち受けている苦しみに変わりはないだろう。
それならと、もと来た道を戻る選択をした。もう一人の俺が待つ、あの場所まで。
「孝一君の花道は、俺が飾ってやる」
忘れるまい。広くて大きな背中が語る言葉。その一言を信じて。
それが、何と言う運命の皮肉だろう。この俺が碓氷の花道を飾る羽目になるなんて。
碓氷が与えてくれた背番号『0』のユニフォームを、じっと見つめていた。
様々な解釈のできる数字に意味をもたらすのは自分自身だと言った。
しかし、まだ答えは見つけられぬまま。
きっと碓氷も何か明確な意図を持って選んだ数字に違いない。
『0』に込められた真意を、いつか聞いてみようと思った。
「必ずや頂点に立って、黒獅子旗を奪還する」
共通の目標が絆を力に変え、共通の目的を持って、ただ一筋に邁進する日々。
夢などと、雲を掴むような浮ついた綺麗ごとで括れやしない。
負けの許されない大舞台を控えた、グラウンドでの一瞬一秒は、真剣勝負そのものだった。
頂点に君臨した者にのみ与えられる黒獅子旗を再び取り戻す事は、野球の神様から愛された男の悲願でもあり、ただ一筋に野球道を貫き通した男の有終の美を飾るにふさわしい。
碓氷の、不器用ながらも真っ直ぐな生き様に共鳴し、寄せ集まった二十六名の神童たち。
投げかけてくる球は、駆け引きなしのストレート。いつでも真っ向勝負だった。
長い歴史と伝統が育んだ『富士重魂』。幾多の試練を乗り越えて再び、熱く激しく燃え上がる。
灼熱の嵐の中、蜃気楼のように現れては消えゆく魅惑の残像たちを振り払いながら。
総勢三十七の心は、いつしか一丸となって天辺目指し駆け上がる。
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