第七章 登龍門 十
日本選手権の出場切符を手土産に、バスに乗り込んだ富士重戦士は静岡の地を後にした。
シーズン開幕直後の公式戦で、優勝旗を手にしての帰郷は足取りも軽かった。
翌日出社してみれば、玄関前のロビーには勝利を讃える横断幕が掲げられ「おめでとう‼︎」の声が飛び交う車内は、朝から明るく華やかなムードに包まれていた。
顔見知りの人から、あまり馴染みのない人まで、行く先々で激励の声をかけられる。
気恥ずかしさとともに、期待に応えていかなければならない重みを、ひしひしと感じていた。
優勝報告をするため、社長室のドアを叩くと、吉永泰之社長が満面の笑みで迎え入れてくれた。
スポーツ活動を『企業文化の一部』と断言する吉永社長は「地域との絆を築き、社内の一体感を高める上で、君たちの貢献する意義は非常に大きいものがある」と評した。
「都市対抗で二〇〇八年に準決勝まで勝ち上がった時は、決勝まであと一歩と、かなり興奮したよ」と当時を振り返った。
「同じ職場の人間が大舞台で活躍する事は、会社に勇気や元気を与えてくれるし『日本一』という目標を共有することで、社内に一体感が生まれる。都市対抗初優勝に向け、先ずはその再現を願っている」と、期待度の高さが言葉の端々に窺えた。
待ち受けている大舞台に、改めて身が引き締まる思いで深く頭を下げて社長室を後にした。そうだ、浮かれている場合ではない。
龍門の滝は若鯉の行く手を阻むように、容赦なく叩きつける。
しかし、立ち止まってはいられない。止まることは即ち『死』意味しているのだから。
硬く守られた繭の中で、春の空を優雅に舞う夢を見る蝶でさえ、諦めた瞬間から待っているのは憐れな最期。誰にも愛でてもらえず、何者にもなれず、ただ土に還っていくだけ。
「孝一、大和。来てみな〜」
デスクの上に広げられた新聞を食い入るように見ていた上野の周りには、ちょっとした人だかりができていた。
「おっ、上野さんアップで撮られてる! スゲェ」
磯部が興奮気味に首を突っ込む。見開きの左ページトップには『静岡の地にて上州空っ風旋風巻き起こる! 好調発進 天晴れ富士重‼︎』と仰々しい見出し文字が踊っていた。
左紙面上半分は、天高く掲げられた人差し指のもと、歓喜に沸く上野や、取り巻く面々の姿が余すところなく写し出されていた。
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