第七章 登龍門 七
先日の試合に引き続き、庵原球場は今日も抜けるような青空に包まれていた。
宵越しの月は真昼の月となり、吸い込まれそうに青い春の空を背景に、仄白く透き通っていた。
「この試合が終わるまで、どうか消えてくれるなよ」祈りにも似た気持ちで、そっとつぶやいた。
初球は得意のストレートで。思い通りの軌道を描いて磯部のミットに納まっていく白球に、確かな手応えを感じていた。
過去を振り返ってみても、勝利を手にした試合のほとんどは、ストレートとスライダーの調子が良い時と決まっていた。
大袈裟に鳴り響く補球音が、バックネット裏で跳ね返り、こだまする。
調子の良い時、俺は台風の目そのものとなった。
頭の中にごった返すガラクタのような雑念は脇に追いやられ、中心はすっきりと晴れ渡り静けさに包まれていた。
そこに時間の概念はなく、すべてのシーンが、まるでスローモーションのようだった。
身体からは余計な力みが消え、一連の動作は流れるようにスムーズになる。
何も考えずとも、次に何をすべきかが明瞭に見渡せた。
不安や恐怖はすっかり鳴りを潜め、理由のいらない幸福感に深く満たされていた。
時折、前触れもなく訪れる至福の時は、野球の神様にそっと抱かれる瞬間なのかもしれない。
微妙にタイミングをずらしたストレート一本で、瞬く間に三者連続三振を決め込み、ベンチに戻った。
東海理化の先発は、予想していた通り金平だった。
まだ荒削りな面が垣間見えるものの、球威のある暴れ球は予想以上の迫力で、富士重打線の前に立ちはだかった。
ところが、回を重ねることに得意とするストレートの制球が定まらず、序盤は九割がた変化球を投じる苦心の配球。
鋭く曲がり落ちるスライダーを中心に、次第にストレートを増やしながら我慢を続け、七回まで五安打無得点に封じた。
しかし八回には頼みの綱だった変化球の制求も乱れ始め、その隙をついて富士重の上位打線が一気に貴重な三点を稼ぎ出した。
金平は回の途中で無念の降板。
迎えた最終回、富士重は守備のミスから手痛い一失点を喫したが、結果は三対一と、C・Dブロックの頂点に躍り出た。
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