第七章   登龍門   四

 雨はぱったりと止み、西の空に太陽が顔をのぞかせた。

 湿気を帯びた大気がプリズムとなり、複雑に屈折した太陽光が七色に輝く光のスペクトルを織り成す。

 くっきりと色鮮やかに描かれた大きなアーチは、何年かぶりに見る見事な虹だった。

 中国のとある地域では、虹を龍の一種とみなし、龍虹と呼ぶ。

 幼き頃より何かにつけて龍との深い縁を感じながら育ってきた。

「吉兆だ」気休めにもならないとわかっていながら勝手に縁起を担ぎ、その気になった自分が滑稽だった。

『為せば成る 為さねばならぬ 成る業を 成らぬと捨つる 人の儚さ』

 武田信玄の言葉に戒められ、フッと一笑に付し、再び気持ちを整える。

 磯部のサインは外角低めのチェンジ・アップ。勢い勇んだ唐津は、いきなり初球を叩いてきたが、センターフライに。

 九番の安田も外角高めのストレートにライトフライと、電光掲示板には「0」の横並びに、二つの赤い丸が点灯された。

決して点灯されることのない赤丸をあと一つ取れば、白星に変わる。

打順が一巡して、上位打線が止めを刺そうと隙をつけ狙う。

 勝負は二死から。

 たかが、あと一つ。されど、あと一つ。

 どんな球も確実にミートする一番の藤井が、打席に立った。

 まっすぐに俺を見据える矢のような鋭い視線はそのままに、威圧的に二度、三度とバットを振って見せた。

 強者の登場に背筋がぞくりとし、何度も肩を上げ下げした。

 俺の緊張感はたちまちチームメイトに伝染し、四方八方から山彦のように反応が返ってくるのが分かった。

 場内が一瞬、さーっと静まり返る。

 この一瞬の「間」を「魔」に変えてはならない。

 焦り始めた心に、じわりと暗い影が忍び寄る。いけない、なんとかしなくては。

 微妙に揺れ動く心を察したのか。マスクを外し、磯部が立ち上がる。

「タイム!」主審が、両手を挙げた。

 俺と磯部の間に、いつしか芽生えていった絶妙の「間」が、救いの手を差し伸べた。

「間」が伝えること、「間」がなければ伝えられないことがある。

 余計なものが削ぎ落とされた「間」には、まことの想いが息づいている。

 日本古来の「わび」「さび」の精神につながる「間」は、言葉を超越してダイレクトに心の琴線に触れてくる。

 間が悪い、間抜け、間延びと「間」が掴めない状態は締まりがなく、時に取り返しのつかない失態を招く。


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