第七章   登龍門   三

「こん雨では、絶対にゴロだけは避けたい。高めを意識して投げ込んでいきましょう。風も大人しくなってきたとよ。状況ば見ながら、アウトコースに変化球もありやね」

 雨は歓迎できないが、相手に弱みを見せられない。チームメイトも不安になるだろう。

 不安の連鎖は瞬く間に伝染していき、手痛い失点へと繋がりかねない。

 ここは得意のポーカーフェイスで淡々と投げ込んでいこう。

 磯部の見立てに小さく頷き、ベンチを飛び出した。

「アウトサイド来い!」と強気のリードが俺を奮い立たせ、打者に向かっていかせた。

 雨のマウンドに立つのは、今回が初めてではない。

 何度も通り抜けてきた道。過去の手痛い経験を今こそ生かす時だった。

 全神経を研ぎ澄まし、敏感に状況を感じ取る。初回に踏み出した足は、やはり滑った。

 右足の踏み出す幅を半歩だけ縮めてみる。

 踏み出す足を半歩小さくすることで、フォームから力みを消し、安定感重視の投球に切り替えていった。

 雨を含んで一段と滑りやすくなったグラウンド。ぬかるんだ土はランナーの足型を残して、ゴロのバウンドをイレギュラーさせやすくする。

 また、ゴロを捌く内野手は捕球後、泥にまみれたボールを送球せねばならず、手元が滑って送球の乱れを招く結果となり兼ねなかった。

 そこで考えた投球は、打者にフライを打たせる作戦だった。

 ゴロだけは避けたいと言っていた磯部の意図するところは俺も同じだった。

 さらに磯部との共同作業で、アウトコースに変化球も織り交ぜていった。

 次第に収まりつつある風は不幸中の幸いで、外から曲がって入るスライダーが面白いように決まる。

 ピッチャー同様、打者の足元も緩くなっていた。

 インコースは体の回転で打てるものの、体重をうまく乗せて打たなければいけない。

 かといって、アウトコースのボールは強振できない。

 アウトコースの変化球は、雨の日にことに有効であった。

 置かれた逆境に言い訳はしたくない。

 時々の環境や条件をどうやって味方につけていくか。

 今回は、制球重視のフォーム、ほどよく力を抜いた投球にヒントが隠されていた。

 時折は甘いボールも放ったが、そこはコンビネーションの妙で打者を打ち崩していた。

 三者凡退に終わらせ、上り調子の俺とは逆に、内山自慢のストレートには陰りが見え始めていた。

「ステップした爪先が一塁方向に向き、尚且つ体が開いているから、どうしても行き先がボールゾーンになる。内山は追い込まれるほどに変化球のコントロールが甘くなりがちで、どうしても直球に頼らざるを得ない」

 沼田の言う通り、通常なら打者の手元で急激に落ちるチェンジアップや、切れ味鋭いカットボールが悉く決まらなくなっていた。

 もともと制球にばらつきのある点は指摘されていたが、手抜きせず全力で捻じ伏せる豪快な投球スタイルには、好感が持てた。

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