第四章 風神 八
「孝一。何かと母さんの心情が気がかりだろうが、避けては通れぬ道だ」
ここ一番の勝負所は、全て俺の出方次第だった。
「わかってるよ、父さん」
洋平は孝一の肩を軽く叩くと、次々と店内のブラインドを降ろしていった。
節分の大舞台、リハーサルはここまで。間もなく本番の幕が開けようとしていた。失敗は許されない。
片付けも終わり、店内の煌々とした照明を落として間接照明に切り替える。これが閉店の合図でもあった。
暫くすると、ブラインド越しに車のヘッドライトの光が差し込んで、店の駐車場に見覚えのある白いセダンが止まった。
いよいよ来たか。幕がゆっくりと上がる。舞台の始まりは、淡いオレンジ色の外灯のもと、乱舞する雪に紛れ、車から降りてきた二人の大男の登場シーンから始まった。
「今日は午後から急に天気が悪くなったいねぇ。赤城おろしが悪さしとるんですなぁ。まぁ、まぁ。寒いですから、どうぞ中へお入り下さい」
店の入り口で深々と頭を下げる確氷と部長を促した。
「忙しいのに時間を作ってもらってすまんなぁ、洋平。こちらは、富士重工業野球部の部長で沼田トオルです。若く見えるだろう? だが、私と歳は同じなんだ」
確氷に紹介され、沼田は再び深く頭を下げた。
「確氷さんが富士重工で現役のキャッチャーだった頃、バッテリーを組んでおりました。私が肩を壊して引退したあとも、確氷さんには色々と公私にわたり、面倒を見ていただいて。未だに頭が上がらんのです。部長を頼まれたときも、断れませんでした」
確氷は窮屈そうなスーツ姿で迫り出す下腹を撫でながら苦笑いした。
「よ〜くわかりますよ。私も確氷さんとは幼なじみでね。私のほうが一級下なんですよ。確氷さんは、まぁ。色々と武勇伝がありますからねぇ」
洋平は意味深げに何度も頷いて笑った。
「馬鹿野郎! それはお互い様だろうがよ」
確氷の豪快な笑い声に一瞬、場が和んだ。
「私は桐生洋平と申します。孝一の父です」
ゆっくり丁寧に頭を下げる洋平の斜め後ろで「桐生孝一です」と深くお辞儀をした。
沼田は確氷よりも僅かに背が高く、髪は黒々として、緩くウェーブが掛かっていた。縁なしの眼鏡から覗く瞳は、一重で切れ長のキリッとした印象だった。
全体的に細身で、スーツ姿も洗練されていて、どことなく品格があった。
「君が孝一君だね。初めまして。部長の沼田トオルです」
洋平の斜め後ろに立っている孝一を覗きこむと、おもむろに近寄り、左肩を掴み上げた。
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