第四章 風神 七
「父さん、俺はこのチャンスを逃したくない。きっと、じいちゃんが繋いでくれた縁だと思う。完全燃焼してこい、と」
いつか見た夢の世界で、祖父の敬三にかけられた言葉を思い出していた。
《いいか。監督には、じいちゃんからよ〜くお願いしておいたから。監督の言うことを聞くんだでぇ。逆らっちゃなんねぇよ》
難解な夢の解釈が、朧気ながら掴めたような気がしていた。敬三が放った言葉の意味が、ようやく現実の世界と繋がった。
「そうかい、おやじさんらしいな。あの世でも、孝一の事が気がかりで仕方なかったんだろう」
野球にのめり込んでいく一人息子の行末を案じる美佐子に《孝一には思う存分、野球をやらせてやれ。店の事は、そのあとでいい》事あるごとに、敬三は言っていた。
「どうするんだ? 行くのか、行かないのか。店の事は心配するな。母さんが猛反対しようが、我が道を行く、くらいの気位がなければ辞めてくれ。母さんが可愛そうだ」
先代たちの後押しを受けて、ようやく思いの丈を口にした。
「父さん、俺は行きます」
その夜は妙に高ぶった神経が眠りを妨げて、ベッドに入ってもなかなか寝付けなかった。
過去へ未来へと心は揺れ動き、深い吐息と共に、右へ左へと寝返りを打った。
時折、目覚まし時計の時を刻む音が自棄に耳に響いては、胸が苦しくなる。
まるで時限爆弾を抱えているような心境に陥り、何とも落ち着かなかった。
ふと、真琴がくれた巻物を広げてみたくなり、ベッドから起き上がった。
三体の龍神が織り成す物語は、心が騒ぐ夜の、大人のための子守唄。
窓に差し込む月明かりを頼りに、サイドボードの抽斗に手を伸ばした。
紐を解く絹擦れの音が心地よい。強撚糸を使ったシボのある表地の、ザラリとした感触が指先に触れた。
底冷えのする床の上にそろそろと広げてみる。勇壮な上毛三山を背景に、美しい龍たちの一大絵巻が広がった。
東の赤城山に黄龍、妙義山に青龍、西の榛名山には白龍が舞い踊る。
伝説の龍神に護られし、美しき我が故郷。
金糸を織り交ぜた白龍のウロコが、一瞬きらりと光った。
マコ、会いたい。無性に。
窓辺にもたれ、いつのまにか白んできた空をみつめながら、あくびを一つ。
長い夜が明けようとしていた。
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