第三章   雷神   五

 それから数日間、俺は参考人として警察で事情聴取を受けた。

 夜には帰宅を許され、翌朝また呼び出されるの繰り返しで、同じ質問を何度となく受けるたびに、凄惨なシーンを巻き戻しては、再生させられた。

 降りしきる雨の中、大きく目を見開いたままの真琴の顔がフラッシュ・バックしては、僅かに残されていた正気さえも、なし崩しに砕け散りそうだった。

 事件の様相は、お茶の間のテレビを賑わせ、正義の鉾を振りかざしたコメンテーターたちが、次々と俺たちに裁きを下していった。

 重い足取りで葬儀場に向かえば、いきなり無数のフラッシュに晒され、真相を問いかける好奇の目が一斉に向けられた。

 どこにいても、何をしていても、常に監視されている錯覚に陥った。

 精神は錯乱し、眠りは浅く、夢に現に、消し去れない過去の記憶と、受け入れ難い現実の狭間を揺れ動いた。

 お焼香をするために一歩前へ歩み出ると、とたんに会場は騒めき立ち、取り乱した真琴の母が、やり場のない怒りをぶちまけた。

「大の男が二人もついていて、女一人も守れないなんて。あんたらが真琴を殺したも同じよ! 恥ずかし気もなく、よく来れたもんだわ。帰れ! 誰か、塩を撒いてちょうだい‼︎」

 固く握り締めた拳を震わせ、深く深く頭を下げ謝罪する以外に、出来ることは何もなかった。

 そう、俺は何もできなかった。誰も守れなかった。

 帰り道、呼び止める声に振り返ると、居酒屋の店長が立っていた。

「これ、忘れ物です」

 と、手渡された二つの巻物を手にした途端、堰を切ったように様々な感情が溢れ出し、年甲斐もなく声を上げて泣いた。

 真琴の仕業に違いなかった。

 武尊の行き過ぎた行為は男を植物状態に陥れ、過剰防衛とみなされ、法廷で裁かれる展開となった。

 とはいえ、詳しく状況を把握していた店長の証言が功を奏し、情状酌量の余地があるとみて、執行猶予付き判決で釈放となった。

 留置所での拘束が解かれる日、形見の巻物を渡そうと、武尊の元へ車を走らせた。

 だが、車両事故による渋滞に巻き込まれ、運命の悪戯か、ほんの僅かの時間差で行き違いとなった。

 先回りしてアパートの前で待ってみたが、姿は現れず、一日経ち、二日経ち、三日が経ったところで、ようやく戻る意思のないことを悟った。

 行く宛などないことは分かっていた。それでもと、当て所もなく、思い付く場所を探し回ってみたものの、とうとう見つけ出すことはできなかった。

 志半ばで命を絶たれた真琴と、忽然と行方を眩ましてしまった武尊。

 かけがえない二人の友をいっぺんにに失い、両腕をもぎ取られたような喪失感と痛みを抱えたまま、俺はこれからどうやって生きていけばいいのだろう。

 頼むよ、武尊。戻ってきてくれ。俺を一人にしないでくれよ。

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