第一章 なごり雪 七
ありふれた殺風景な部屋に唯一、花を添えていたのは、壁にかけられた一枚の写真だった。
大きく引き伸ばされた写真は、せせこましい額縁に収められていた。
早稲田大学の白いユニフォームに身を包んだ孝一と、立教大学の縦縞ユニフォームを誇らしげに着こなした武尊の雄姿。
常に孝一の背中を追いかけるような形で、少し遅れて二年生の春季リーグからキャッチャーとして、レギュラーの座を掴み取った武尊だった。
その春季リーグで早稲田大学と対戦した際、群馬から取材に来ていた報道カメラマンに写してもらった、貴重な一枚だった。
「俺とお前が一番輝いていた時期だったよなぁ、武尊」
全てが順調に進んでいくものと信じて疑わなかったあの頃。
根拠のない自信に裏打ちされていたものとは、なんだったのだろう。
若さという微熱に魘されながら見た蜃気楼、まやかしだったのかもしれない。
突きつけられた残酷な現実は、長く暗い夜の幕開けを告げた。
孝一は三年生の秋季リーグを目前に、肘の故障を機に復活はならず。
時期を同じくして武尊も大きな怪我に涙を呑んでいた。
秋季リーグで二回戦に進んだ試合の、最終回でのことだった。
二対一、九回裏二死満塁。
一発逆転のチャンスに、いきりたつ打者。なんとか抑え込もうと躍起になるピッチャー
しかし、思いとは裏腹に、甘めのコースに放られた球。打者は絶好のチャンスに、思い切り振り切った。
吸い込まれそうな青空に高々と上がったフライは、ベンチ方向に飛んでいく。
武尊の目に映るのは、勝敗を決める、この一球のみだった。
天を仰いだまま、ただ、ひたすらに白球の行方を追う。もう少し、あと少し。
パシッと鳴り響く、重い捕球音。
確かな手応えを感じた、まさにそのとき。
勢い余った武尊は、ベンチ内へと激しく転がり落ちた。
一瞬、シンと静まり返るスタンド。
ボールはしっかりとキャッチャー・ミットに納まっており、凄まじいまでの執念を見せた武尊の右手が「アウト‼︎」と、高らかに挙げられた。
沸き立つ観衆のなか、気の遠くなるような激しい痛みに顔を歪めた武尊は、その場に蹲った。
渾身の思いで掴み取った勝利の代償は、惨憺たるものだった。
担架に乗せられ、運ばれていく武尊の左足は妙な方向を向いてだらりと曲がり、その後、元に戻ることはなかった。
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