あれは魔法じゃなくて祝福

 神聖国・大荒野上空



 飛んでいる方角はあっているはずだ。ただ運転手のポーラは仰向けで……起きろ妹よ。

 空飛ぶ絨毯の操縦という仕事があるのだが?


「なれたからへいきです」


 だからその慣れた頃が一番危ないんだって。僕もノイエの操縦を完璧に支配したと思っていた頃もありましたよ。

 でもね? 相手はこっちの想像の斜め上を突き進むんです。決して軽んじることなかれです。


「で、悪魔は?」

「ねてます」

「叩き起こして」


 大切な話し合いに寝るとは不謹慎な。

 仰向けのポーラが僅かに顔を動かしてこっちを見つめて来た。


「師匠は優しい人です」

「またまた~」


 舌足らずな発音を止めて告げて来るポーラに対し、僕はひらひらと手を振る。

 あの悪魔は悪魔だからこその悪魔なのです。優しいとか別次元に捨ててきた人でしょう?


「兄様は師匠のことを何も知りません。あの人は優しい人です」

「と言われてもね~」


 普段の行いを思い出そうか妹よ? ほら思わず視線を逸らしてしまったね?

 それがあれの本性です。生きるトラブルメーカーなのです。トラブルを作り世にばら撒くタイプの厄災なのです。


「それでも私がこうして辛い時は代わりに出てくれる人です。『慣れてないと辛いでしょ?』と言って……弟子には優しい人です」

「弟子を強調してきた」

「良いんです」


 少し頬を膨らませてポーラが拗ねた。


 何気にこの2人は仲良くやっているみたいだし、悪魔のことを悪く言われるのはポーラ的には面白くないっぽい。ただ僕の認識ではあの悪魔は存在自体が悪だけどね。

 と、ノイエが僕の腕の中から抜け出して……ポーラの横に移動すると寝っ転がって妹を背後から抱きしめた。


「ねえさま?」

「抱き枕」

「えっと」

「抱き枕」

「……はい」


 ノイエの圧に屈してポーラは抱きしめられるままだ。


 いつもながらにノイエの唐突な行動ではあるが……妹様が自分を頼らず悪魔を頼っているのが面白くなかったとかそんな感じかな?

 お姉ちゃんは面倒臭いとか言いながらもノイエはポーラをちゃんと大切にしている。しているよね? お嫁さんの胸に後頭部を埋めたポーラの表情がどんどん死んで行くんだけど?


「さて。話を戻して祝福です」


 仲良くしている姉妹からニクを抱きしめているアテナさんに視線を移す。

 何も理解できずにいる彼女はキョトンとした表情でポーラを見つめていた。


「あの~」

「ポーラは生理で不機嫌なだけです」

「……はい」


 妹の悪魔化を聞かないように。

 ストレートな物言いで苦しい言い訳をしたが、そっちの類の免疫が少ないアテナさんは顔を真っ赤にして俯いていた。


 ただ興味はあるっぽい。何度が集落の治療所……うん。介護所でも良いのかな? あの場所にこっそり近づいては中を覗いて顔を真っ赤にしている姿を見た。

 ただしあの中で行われていることは、かなり特殊な例だと思うよ。うん。ウチの姉たちが出て来るとあれに近しいことが行われるけど。


「で、アテナさんや」

「はい」

「生理っていつ?」

「なっ!」


 瞬間的に顔を真っ赤にしてアテナさんが口をあわあわと動かす。


「何を言ってるんですかっ!」

「調子が悪くなってから言われても困るので……あれって周期でしょ?」

「知りませんっ!」


 プンスコ怒って彼女はニクを抱きしめて自分の顔を隠した。


 ヘイヘイニクよ。その『女性にそんな質問をしちゃダメだぜ?』って表情がイラっとするんだが?

 もちろん分かってて言ってますから。怒らせてポーラへの追及を忘れさせる演技ですよ。


「で、そこの領主の娘さんや」

「……何ですか?」


 ニク越しに返事が返って来た。


「祝福って知ってる?」

「お祝いとかですよね……違いますか?」


 知らないのか?


「えっと、とにかくよく食べる子が不思議な力を振るうとか聞いたことない?」

「無いです」


 ニクを退けてアテナさんがその顔を向けて来る。まだ若干頬が赤い。


「そうなると神聖国ってば祝福持ちを公表していないのかな?」


 国家的な機密として取り扱っている可能性はある。普通の国だとそうらしい。


 ユニバンスだと祝福持ちは公然の機密だ。王家としては公表はしていないが、モミジさんたちのように目立つ力を持つ人も多いので隠しようがない。有力な貴族なんかだと自分で囲っている人たちも居る。


 これを多く抱え込むことは力の象徴……は言い過ぎでは無いのかな。

 ノイエという存在も居るしね。


「公然の機密でも無いってことはやっぱり隠していると思うのが正しいのかもしれない」

「あの~アルグスタ様?」

「ほい」

「その祝福があるとどんなことが出来るのですか?」


 知らない人からすればアテナさんのこの質問は当然だ。


「最近よく目にしてるでしょ?」

「はい?」


 やはり気づいていない。


「ポーラの氷塊。あれは魔法じゃなくて祝福」

「……」


 黙ってアテナさんはウチの妹様を見つめる。

 片乳。頭。片乳の状態で姉にサンドイッチされているポーラの表情は完全に無だった。


「彼女は氷の魔法も使えますが、基本祝福で氷を作り出して操ってます」


 言ってて思う。ウチの妹さんって何気にチート持ちよね。


「なら氷を作り出せるのが祝福なのですか?」

「違いますよ」

「別にも?」

「はい」


 祝福の厄介な部分は色々な力があるのです。


「ウチの国で有名なのはとにかく速く走れる力ですかね。足の裏が何かに接していればどんな場所でも走ってきます」

「どんな場所でも?」

「はい。本人が言うには水の上でも走れるとか」


 他人だったら『本当かよ?』とも思うが、あの叔母様なら可能だと納得してしまう。

 あの人なら祝福無しでも走り切れそうな気がする。


「それに最も顕著な例をアテナさんは見ているでしょ?」

「はい?」


 超人過ぎて気づいていないのかな?


「ウチのノイエです」

「……」


 クワっと目を見開いてアテナさんがノイエを見る。

 今のノイエはポーラを抱きしめて『お姉ちゃんしてます』って言う雰囲気を全方向に垂れ流している。


 うんうん。ちゃんと姉ちゃんしてるよ。


「あの能力が魔法だなんて説明つくわけないでしょ?」

「……ユニバンス王国の何かしらの何かかと」

「ウチはそんな技術無いですよ」


 言いながらも何となくポーラを見てしまう。

 あの悪魔ならどうにか出来るんじゃないのかと疑ってしまったからだ。




~あとがき~


 ポーラの場合は才能豊かですがそれプラス努力のおかげです。

 暇さえあればハルムント家に出向いたり小さなお仕事をしたりで経験値を貯めています。


 実は話に出ませんが、祝福は大中小と存在していまして…ノイエは大を2つ持ってる感じですね。ポーラのは中なのかな? 馬鹿な主人公のはドラゴンにだけは上限なしですしね。


 それ以外にも物語に出ていない祝福を持つ人たちは大陸中に沢山居ます。

 ユニバンス国内のとある貴族が抱えている人物の持つ祝福は特級品ですしね。

 問題はその貴族が囲っているのでたぶん登場しません。宝の持ち腐れです。


 あっ…魔眼の中にも何人か居るんだった…




© 2022 甲斐八雲

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