顎です

 神聖国・アブラミ領主屋敷内



「ほっほ~」

「何なんだっ!」

「ほっ」


 弾むゴムまり……ハウレムの予想外な動きに翻弄され襲撃者たちは次から次へと命を狩られる。


 襲撃前に回された情報では要注意人物は彼の妻の方だった。

 中央で長く伝わる『スモウ』の王者。最強の座に長く君臨し過ぎたがために最終的には『結婚』という理由を持って引退させられた人物だ。


 その夫人だけに気を付ければ残りは簡単に狩れるはずだった。


《情報が間違って伝わっていた?》


 襲撃者たちのまとめ役である男は、退路を失いつつも正面の弾むコムまりに剣先を向け続けた。


《違う。中央の情報局がそんな下手を打つわけがない》


 では何だ? 考えるまでもない簡単なことだ。


《偽っていたのか……何のために?》


 理由など分からない。

 何よりもう考える時間など無い。


 ハウレムに突き出した剣先は彼を避け、代わりに相手の剣先が男の眉間へと吸い込まれた。




「どすこいっと」

「ウギャーッ!」


 可愛らしい掛け声とは別に彼女の足元に転がっていた男は胴体を踏み抜かれて絶命した。

 その様子に周りの男たちは恐怖し自然と後退する。


 勝てる気がしない。


 最初は色々と考えて臨んだ。

 相手はただの近接戦しかできない人物だ。遠距離から攻撃すれば簡単に仕留められると思っていた。


 けれど現実はそんなに甘くない。

 彼女は飛んで来たナイフを全て叩き落としたのだ。

 挙句には飛んで来るナイフを掴んでそのまま投げ返す。


 予想外の対処法に仲間たちが一斉に数を減らした。

 後は一方的だ。遠距離でも近距離でも相手を圧倒する方法を見つけられない。

 絶望がこの場を支配していた。




 アブラミ領主屋敷・女王陛下専用離宮



「良いかなアテナくん」

「はい」

「夫婦には色々な形があるんです。本当に」

「はぁ」

「君が見たのはある一例だ。珍しいが10組中に3組くらいはする行為である」

「そんなに?」


 あれ? 違うの?


 助けてと言わんばかりに妹様に視線を向けたら、悪魔の気配が消えて普通に戻っていた。

 よって妹様は……何その呆れ果てた様子の失笑は? 首まで傾げて僕に何を言いたい?


「僕の祖国だとそれぐらいかな?」

「……」


 汚物を見るような目を向けない。そもそも君の両親の行為でしょうに。


「ちなみにその上を行くと『ピー』を『ピー』に押し込んだまま『ピー』するなんてこともあります」

「『ピー』に!」


 アテナさんが顔を真っ赤にしてモジモジし始めた。


「調子が良いと『ピー』を『ピー』に」

「『ピー』にっ!」

「『ピー』です」

「……入るんですか?」


 不思議なことにね。僕もビックリだよ。


「そういう特殊な性癖に目覚める人も居るので性行為は十分に気を付けてください」

「はい」


 何でも受け入れてはいけないと言う実例です。


「良くあるのが『自分は尽くす女だから』とか言って相手の望みを全て受け入れてしまうことです」

「ダメなのですか?」

「悪くはありません。ですが人間とは欲が深く、そしてその欲が底なしと言うこともあります」


 ホリーとかレニーラとかファシーとかね。うん。


「だから一定の線引きは必要なのです」

「でもそれで嫌われてしまったら?」

「それは貴女が悪いわけではありません」


 ここが重要です。


「相手が貴女のことを本当に愛しているのなら、性行為をしなくても好きでいてくれます。たまのキスでも満足するのです」


 届いて! 僕の気持ち!


 ノイエはM字を辞めて寝がえりをうつと、僕にお尻を向けて……搔くな掻くな。尻を掻くな。


「そんな相手を見つけることが大切なのです」

「分かりました」


 正しい夫婦の理想像を教え……僕は何をしていたんだっけ?


「で、話を戻しても良いですか?」

「えっと……」


 視線を迷わせアテナさんが何かを探し出す。

 当初の質問を忘れていましたか?


「僕から貴女への失礼な質問ですよ」

「ああ」


 本気で忘れていた感じの声だな?


「もう良いや」


 何か面倒になって来た。


「アテナさんってあの2人の娘じゃないんでしょう?」

「はい?」


 カクンと彼女が首を傾げた。


「だから貴女はあの2人の、」

「失礼にもほどがありますっ!」


 椅子を蹴飛ばしアテナさんが立ち上がった。ドンとテーブルを叩いて……倒れた椅子を引き起こしていた。

 ただそのままアテナさんの背後に居るのは暴れたら鎮圧する気か? それならそれで任せた。


「一体何を証拠に私が2人の子供ではないと言うんですかっ!」

「顎です」

「っ!」


 彼女は両手で自分の顎を隠した。


「その手の顎って遺伝……つまり両親のどちらかがそういう形をしていないと伝わらないんだって。でも君の両親の顎は割れていない」

「これは母様が幼い頃に謝って手刀で割ってしまったと」

「そんな親が居るか」

「……」


 何処に自分の子供の顎を割る。まだ抱いてて落として割れましたの方が納得する。


「それによくよく見るとあの2人の髪の色は茶色。君は赤茶。瞳の色も同じだ。まあこれは先祖返りがあるかもしれないけど、君の祖父や祖母の色は?」

「……会ったことがありません」


 ストンとアテナさんは椅子に座ると、両肘をテーブルに置いて自分の顔を隠すように手で覆った。


「両親には祖父も祖母も居ないそうです」

「で、お墓は?」

「……」


 相手が完全に沈黙した。

 別に相手を追い詰める気は無いんだけどね。こっちも喧嘩をしに行く先で厄介ごとを巻き込まれたくないんです。


「仮にだけど、今回僕らが来なければ中央に向かう予定だったとか?それっていつから決まっていたの?」

「……聞かされたのは昨日です」

「でしょうね」


 色々な嘘が存在しているわけだ。


 そういう意味ではあの夫婦は優秀な人材だろうな。僕の相手と中央との交渉をしながら、自分たちの何かしらの企みまで実行しようとしていたのだから。


「で、中央の何処に行くとかは?」

「聞いてません」

「だろうね」


 あと聞きたいことは、


「ちなみに中央に行くのは何年振り?」

「……十年ぶりぐらいです」


 彼女は辺りを見渡しポーラの姿を見つける。


「彼女が着ている服を私が着ていた頃です」

「その時に何処に行きましたか?」

「何処に……?」


 考え込んだ彼女はしばらく悩んだ。


「場所は覚えていません。ただ偉そうな人と会いました」

「そうっすか」


 これは間違いなく面倒ごとを押し付けられたか。


「にいさま」

「うい?」


 思案する前の絶妙なタイミングでポーラが声をかけて来た。

 視線を向ければ彼女は一通の手紙を両手に持っている。


「それは?」

「はい。いただいたふくのあいだに」

「用意周到だね」


 ため息交じりで手紙を受け取り、僕は中身を読まずに懐に押し込む。


「ノイエ~」

「なに?」


 だから無反動で立ち上がるな。重力から何からの物理法則を無視しすぎだ。


「まだここに居ても平気?」

「……」


 クルクルとアホ毛を回してノイエがベッドから降りる。

 そのままトイレへと消えて……戻って来た。


「硬いヤツ」

「はい。ねえさま」


 硬いヤツの意味を妹様は知っていたらしい。スカートの中から旧型のノイエ専用の鎧を取り出し、それを彼女に手渡す。

 迷うことなくプラチナ製の鎧を被ったノイエは、それで良いのか? ワンピースの上から鎧とか斬新なスタイルだぞ?


「で、ノイエさん」

「はい」

「いつまで居れるの?」

「そろそろ無理」


 クルンとアホ毛を回して彼女はそう言った。

 先に言おうよお嫁さん。結構重要だよ?




~あとがき~


 襲撃者たちを迎え撃ってるご夫妻は…強いな。


 で、離れでマイペースなのは主人公たち。

 それで良いのかと結構本気で思う作者です




© 2022 甲斐八雲

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