それで何が来たの?
神聖国・アブラミ領主屋敷
「大変お待たせして申し訳ございません。昼食の方を……アルグスタ殿?」
ボロボロな僕を見てハーレムなオッサンが首を傾げている。
確かに僕はボロボロだけど、代わりにノイエはツヤツヤだ。
朝からたっぷりの食事を得たノイエさんのやる気は半端なかった。僕も驚きの貪欲さでした。
アテナさんをポーラが連れてどこか遠くに行っていたおかげで痴態は見られずに済んだ。このことは素直に感謝だな。
「そちらのお仕事は?」
「……ええ。大半は終わりました」
「そうっすか」
終わったと言うことは僕の扱いが決まったと言うことか?
答えを聞くのも廊下だとあれなので、オッサンの案内で食堂へと向かう。
あれ? この屋敷ってこんなに静かだったかな?
来た時とは違って静かな廊下を過ぎて食堂へと向かう。
「アテナ。これはそっちよ」
「はい母様」
食堂内ではキキリさんが指示を飛ばしていた。
それに従うのは娘のアテナさんだ。給仕の真似事をしている感じが半端ない。
服装はドレスなどではなく街娘な格好をしているが、育ちの良さが伺える。所作が綺麗なのだ。
だがその上を行くのは我が家の妹様だ。もう完璧なまでにメイドだ。服装が街娘しているだけで……はて? あんな服をポーラさんは持っていましたか?
「何ごとですか?」
「ええ」
オッサンに案内されて椅子に座ると、ポーラがノイエの前にワイルドな肉料理を盛った皿を置く。ブロック肉を焼いたり煮たりした感じの……肉肉しいまでの肉だ。そう言えば我が家のニクは何処にいる? 辺りを見渡すとポーラの背後にリスの尻尾が。
よく見ればあのリスはポーラのお尻に抱き着いて自然と同化していた。
余りにも自然過ぎてポーラに尻尾が生えているかのようだ。それで良いのか妹よ?
「肉~」
両手にフォークを装備したノイエが肉に対して感謝の声を上げて食べだす。
それで良いのかお嫁さん? 最近少し君の何かが心配になっている旦那さんがここに居るよ?
「で、そのお肉の山は?」
「これはですね」
何でもハウレムのオッサンは近々家族で中央に行く予定だったので、屋敷で働いている人たちに休みを与えていたらしい。そこに僕らが来たものだから、急遽食料を買いこんだ。つまり肉だ。
ノイエが喜んでいるから問題は無いがそれで良いのかとツッコミは入れたくなる。
「悪い時期に来てしまいましたね」
「いいえ。どうぞ気にせず」
めっちゃ笑顔でオッサンはご夫人の指示で給仕をする娘に目を向けた。
「この様な姿を見れるのも悪くはありませんよ」
「そうっすか~」
「ええ」
オッサンがこっちに顔を向けて来る。
何処か寂しげで、でもスッキリとした表情だ。
「家族の貴重な時間を味わえますので」
「ならお腹いっぱいどうぞ」
「そうしましょう」
娘が運んで来た料理にオッサンが立ち向かう。
その肉の塊にかぶりつくとはワイルドだな? 僕は大人しく切って食べるけどね。
「ゴロゴロ~」
珍しくノイエが『ゴロゴロ』と言いながらベッドの上を転がっている。
確かにそのベッドは良いベッドだ。ウチの屋敷には匹敵しないが素晴らしい一品であろう。
「で……どっちでも良いや」
「何よ?」
椅子に腰かけている僕の反対側に小柄な存在が座る。
右目に金色の模様を浮かべた刻印の魔女だ。
「ポーラの姿でワインを飲むな」
「蒸留酒よ」
「もっと悪いわ」
手を伸ばして回収しようとするが、身をのけ反らして悪魔が回避する。
不毛なやり取りを数度繰り返し……僕のグラスに相手が持つお酒の中身を移すことで妥協した。相手の飲む分を減らせば、その背後に見える酒瓶の山は何だ?
「記念にどうぞって」
「何のだよ?」
「ん?」
舐めるようにグラスの中身を味わった悪魔がニンマリと笑う。
「少なくとも私たちはこの街で良い思いをいっぱいで来たでしょう?」
「まあね」
ノイエの底なしの胃袋を満足させるほどの食事に高級そうな蒸留酒だ。
領主としてはこの上ないおもてなしだろう。
「贅沢よね~」
「嫌な感じだけどね」
「あはは~」
またクラスの中身を舐めて悪魔が笑う。
「相手の善意は素直に受け取るべきよ」
「きな臭い匂いしかしなくても?」
「それを理解して受け入れるのが大物よ」
「なら僕は小物で良いです」
だって絶対に面倒臭いことになるだろうしね。
「それで荷物は?」
「もう完璧」
「つまりいつでも?」
「夜逃げが出来ま~す」
笑いながら椅子から立ち上がった悪魔が自分の背後で山になっている酒瓶を回収する。
その鞄は何だ? お酒専用の収納袋だと? 後で美味しそうなワインがあったら一本譲れ。息も絶え絶えで飲みそうだから酒精が少ないモノが良い。
全ての酒瓶を鞄に収めて悪魔がまた椅子に腰かけた。
「ねえ知っている?」
「何が?」
「ケツ顎って遺伝するのよ」
ペロペロとグラスの中身を舐めて……もしかして格好つけようとして無理に飲んでいますか? 無理じゃない? ただ思ったよりも熱かっただけだと? それは温度でなくてアルコールが強すぎるだけだろう?
「それで?」
「ん? あの娘のケツ顎は両親の遺伝じゃないって話」
「はい?」
遺伝じゃない……ってそれはつまり?
「両親ともに顎は普通。でもあの子はケツ顎である」
「もしかしたら突然変異とかで?」
「たぶんそれは無いわ。まあ私も海外のドラマで聞きかじった知識だけど」
聞きかじりかよ。
「でもあの子はあの2人の娘じゃない。たぶんね」
「で?」
クスッと笑った悪魔はゆっくりと体を動かしこの部屋の扉に目を向ける。
僕も釣られて視線を向けると……控えめな感じでノック音が響いた。
「どうぞ~」
悪魔が勝手に返事をすると扉が開いた。
街娘な格好のままのアテナさんだ。何故か彼女は大きな旅行鞄のような物を持っていた。
「どうかしたの? この時間はウチのお兄さまとお姉さまがベッドの上で未成年には見せられない仲の良さを披露するって伝えたと思うけど?」
「おひ」
「はい。聞いてますが……」
「こっちもおひ」
モジモジとアテナさんも恥じらわない。
見なさいあっちのベッドを。ウチのお嫁さんが……何故かM字開脚の状態で動きを止めていた。
「私を酔わせてその隙にことを済ませようと」
「……」
もう真っ赤だ。アテナさんの顔が茹で上がったタコのようだ。
「それで貴女も社会勉強に?」
「ちっ違います!」
慌てて全力で否定する。でも君はどうしてベッドの上のノイエを見ているのですか? 本当は興味津々とかだったら怒るよ?
「それでそんな荷物を抱えてどうしたの?」
「はい」
僕の断りを得てアテナさんは部屋の中に入って来る。
「アルグスタ様はこれから中央に向かうと聞いて、私たち家族も一緒にと伺って……ただ父様の仕事が少し残っているから『荷物を持ってこの部屋で待機していなさい』って母様が」
「……ふ~ん」
つまりあのオッサンは僕らを見限らないらしい。
「後で追いつくから先に行けか」
「死亡フラグね」
グラスの中身を空にしてから悪魔はアテナさんの元に向かう。
何をするのかと見ていたら、彼女が持つ鞄を……今どこに入れた? 捲ったスカートの奥にどうしたらその鞄が入るんだ? 引くぞ!
僕以上に引いているアテナさんが化け物でも見るような目をポーラに向けた。
「来る」
「はい?」
ポツリとベッドからその声が響いた。
M字状態だったノイエがそのままの状態で立ち上がる。君の何かにビックリだよ。
「それで何が来たの?」
「……嫌なの」
スンスンと鼻を動かしたノイエが嫌そうにアホ毛を揺らした。
「人がたくさん死ぬ臭い。大っ嫌い」
らしくないほどノイエが淡々とそう告げた。
どうやらそう言うことらしい。
~あとがき~
『嫁ドラよ~私は~帰って来た~』とシリアスさんが吠えていました。
そんな訳で彼の出番です。作者が趣味に走りますw
ユニバンスの方は落ち着いたけど、魔眼の方も残っているし…書くことはたくさんあるんですが、現在リアルが多忙で血反吐状態です。
一日の残業が10時間とか意味が分かりません。
毎日投稿は維持しますが1話辺りの文字数が1500文字程度になる日が出て来ると思います。
問題は…地獄がいつ終わるのか謎なんですよね…
© 2022 甲斐八雲
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