メイド病に~!

 ユニバンス王国・王都王城内



「エクレア~。お祖母ちゃんがみんなに虐められてるの~」

「あ~」

「そうよ。やっぱり貴女は分かってくれるのね!」


『ご飯を寄こせ』とメイド服姿の女性に手を伸ばしている乳飲み子の背中を前王妃が頬擦りしている。

 その様子を集まっていた全員がため息を吐いて……とりあえず頭の中を切り替えた。


「息はあります」

「放っておけばそのうち起きるだろう? 腹が減れば直ぐにでも」


 義理の母親の下敷きとなった現王妃は、目を回しているがどうにか無事だ。

 確認を終えたフレアは国王に一礼し、現王妃は共に観察していたハーフレンがソファーに戻す。猫持ちでポイっとソファーに放り投げられる王妃を見つめ、フレアは次なる仕事に頭の中を切り替える。

 抱き着いたままで乳飲み子を離さない前王妃から『我が子』を取り戻すのだ。


 乳飲み子のエクレアはフレアが仕えている王弟ハーフレンの屋敷の前に捨てられていた孤児となっている。

 だが事実は違う。誰でもないフレアが産んだ実子だ。故に母乳は出る。何より孤児に乳母など必要としない。母乳が出るからついでに育てている……あくまでそうなっているのだ。


「フレア。この子は絶対に渡さないわ」

「授乳の間だけです。さっさと渡してください」

「嫌よ。と言うか最近のフレアがスィーク化しているわ!」

「気のせいではありません。貴女の相手をしていれば誰でもこうなるのです」

「私が悪いと言うの!」

「私の口からは言い出しにくいので代わりにスィーク様。お願いします」

「我が儘な子供は叩いて躾けても良いのです」

「そう言ってますので」

「私は前の王妃だから! メイドより偉いんだから!」

「笑止」

「笑止ってフレア? そうよね? 普通そうよね?」

「他国ならそうですが、この国はユニバンス。メイドが国を裏から支配する国です」

「知らない間にフレアまでメイド病に~!」


 激しく抵抗するラインリアを魔道具で拘束し、フレアは我が子を回収すると物陰へと移動した。

 黒い影に拘束されて掲げられている自分の母親を見つめ、シュニットとハーフレンは何とも言えないため息を吐きだした。


「それでシュニット国王」


 自ら立ち上がり紅茶を淹れ直したスィークは、壁に寄り掛かり国王にその顔を向けた。


 初代メイド長が立って塞いでいる場所の奥ではフレアが我が子に食事を与えている。覗き見る気など無い国王は自ら視線を窓の外へと向けた。


「何か?」

「はい。それでアルグスタからの申し出をどうする気ですか?」

「あら? 気づけばアルグスタとノイエが居ないわね。最近あの子たちも遊びに来てくれないから、もごっ」


 何かを察したらしいフレアが、ラインリアの口と鼻を影で拘束した。

 その様子に一時的に視線を向けてしまったシュニットは苦笑し、またその目を窓の外へと向けた。


「応じるしかあるまい。私があれに全権を与えたのだから」

「そうですか」


 紅茶で口を潤しスィークは冷たく笑った。


「ならばわたくしは弟子たちを指定された場所に派遣しましょう」

「宜しいのですか?」

「構いません」


 はっきりと言ってスィークは色々と誤魔化そうとした。

 が、ハーフレンの咳払いが部屋の中に響いた。


「ババア。それで貸し借りなしとは流石にいかんぞ?」

「はて? 十分な仕事量かと」

「だったらフレアは貸せんな。自分の手駒でどうにかしろ」

「……」


 睨みで人を殺しそうなスィークの視線にハーフレンは動じない。

 軽く肩を竦めてみせるだけだ。


「フレアは二代目メイド長ですが?」

「ああ。でも俺の専属メイドだ。手放す気は無い」

「……」


 増々睨んで来る叔母にハーフレンはニヤリと笑う。


「ならアルグスタに頼み込んで魔法使いでも借りて来い」

「……あれに借りを作る方が正直恐ろしいのですがね」


 甥であるアルグスタが怖いわけではない。

 ただスィークとしては甥が手駒にしている人材に恐怖を感じている。


「あれの部下がどれ程恐ろしいか……言うまでも無いかと」

「ああ。だからウチのフレアを使いたいんだろう?」

「と言うかアルグスタの指示なのですが?」

「何処にもそんな風に書かれていないが?」


 机の上に戻していた手紙を手に取り、パンパンと書面を叩く。


『……にフレアさんと叔母様のメイドを配置してくださいな。ただフレアさんも色々と忙しいだろうから無理にとは言いません。叔母様の部下たちで賄えるならそれで良いです。もし無理だったらフレアさんに協力を願い出て貰えばと思います』


 これほどに手の込んだ罠をスィークは知らない。

 あの甥は……たぶん自分の屋敷で雇っている見習いたちが危険な目に遭わせたことを知り、その腹いせか何かで書いたのだろう。ここまで厄介な嫌がらせをするのは良い成長とも言える。


「仕方ありませんね。陛下」

「何か?」

「はい。二代目メイド長をお貸しください」

「……」


 どうやら叔母は弟に頭を下げたくないらしい。

 それを理解し、また弟に話を振れば厄介なことになると判断し……シュニットは深い息を吐いた。


「国王権限で命じる。ハーフレンよ」

「はい」

「お前の専属メイドを一時的にハルムント家に貸し出すことを命じる。良いな?」

「構いませんが陛下」

「何だ?」


 当たり前だがすんなりと終わるわけがない。


「見返りは?」

「……」


 こればかりはシュニットはスィークに視線を向けるしかない。

 だが初代メイド長は何も答えない。増々表情を疲れさせ、シュニットは口を開いた。


「最近ハルムント家に属するメイドが王都内で様々な問題を起こしていると聞く」


 事実ハルムント家のメイドは王都内で問題ばかり起こしている。

 厳密に言えば鍛錬にかこつけた掃除だ。掃除が行き過ぎて役人の汚職まで清掃しだしているのだ。


 別にそれ自体悪いこととはシュニットは思わない。

 だが国王としてある程度の必要悪は許容している。けれど何処かのメイドたちは決して許さない。全てを掃除してしまうのだ。おかげで役所は機能不全を起こしている。


「それに先日の中型ドラゴン。あの騒ぎもハルムント家が主体だと?」

「はい。ですがあれはドラゴン退治の様子を見習いたちに見せようとしただけのこと。中型が出たのは与り知りません」

「そうか」


 頷きシュニットは息を吐いた。


「現在ノイエが居ないのでドラゴンを刺激するようなことは禁じている件は?」

「はて? いつの間にそのような話が?」

「全ての貴族家に通達している」


 すっ呆けようとするハルムント家の前当主をシュニットは許さなかった。

 半ば諦めたようにスィークもため息を吐く。


「人を育てるのも子育てと同じ。甘やかすことは良くないのです。それとわたくしは弟子たちの自主性を重んじています。周りがあれこれダメだと言ってしまえば弟子たちは学ぶことに制限を掛けてしまいます。そうすれば大きく育つことが出来ません。大きく育てるのには、多少の無茶は大切なのです」

「だが決められた法は守るべきであろう?」


 スィークの熱弁はシュニットの至極当然なツッコミにより封殺された。


「ハルムント家代表?」

「……仕方がありませんね。弟子たちに自重を命じましょう」

「それで良い」


 ようやくその言葉を引き出したシュニットは弟に視線を向ける。


「これで良いか?」

「はい陛下」


 恭しく頷いた近衛団長は、悠然と叔母に向かい笑ってみせた。


「小僧。今だけは勝った気で居なさい」

「耄碌したババアなんぞに負けるかよ」

「「あん?」」


 また睨み合った2人を制する者は居ない。

 現王妃はソファーで寝ているし、前王妃は影によってぶら下げられてぐったりしている。


 そしてようやく物陰から我が子を抱いてフレアがその姿を現した。


「あのご主人様。それとスィーク様」


 良し良しとエクレアの背中を叩きながらフレアは無表情で2人を見た。


「私の意を無視して勝手に話を決めないで欲しいのですが……このただのメイドに何をしろと?」

「その手紙を見れば分かる」

「そうですか」


 抱えていた子供を先代のメイド長に預け、フレアは机の上に戻されていた手紙を手に取った。


「……そう言うことですか」


 一読し理解する。


「頼めるか?」

「はい」


 軽くスカートを摘まんで二代目メイド長は軽く頷いた。


「喜んでお引き受けいたします」




~あとがき~


 すべての謎が解決した。

 ユニバンスにはメイド病と言う不治の病があったんやw


 ユニバンスの会話が途中だったのでもう一回挟んでみました。

 この国の中枢は本当に大丈夫か? シュニットが真面目だから大丈夫なのか?

 そして嬉々としてフレアが実戦に投入されます。意外とやる気だ。


 次から西部の話が進みます。

 そしてシリアスさんが帰って来るらしいです。本当か?




© 2022 甲斐八雲

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