何か凄い詐欺だぞ~!

 はっきりと伝わる相手からの気配にアイルローゼは口角を上げる。

 手に取るように相手の焦りが分かる。きっと何も知らないマニカには彼が恐ろしく見えるのだろう。確かにあれはズルいが対処法はいくらでもある。


 マニカには無理だろうが。


 痛みで意識は混濁していて上手く笑えているか分からないが、それでもマニカが不快に思えば十分だと言う気持ちでアイルローゼは笑みを作るよう努力をする。


「あら? あれに、会ったの?」

「……」


 返事は無い。

 けれど綺麗な顔に、眉を寄せている様子から相手のいら立ちが強まるのを感じた。十分だ。


「強かったでしょう? 貴女じゃ……勝負にならない、かっ」


 グッと喉を掴まれ魔女は息を詰まらせる。

 マニカの怒りが手に取るように伝わって来て心から笑える気がした。


「教えなさい。あれは何なの?」

「……ノイエの、夫よ」

「ふざけているの?」

「事実よ」


 喉を掴まれ魔女は咳き込む。


 相手の手に吐血が降りかかるが、マニカは動じない。

 無表情でアイルローゼを睨みつけていた。


「ねえ、マニカ? ノイエが、自分より、弱い人と、結婚すると、思う? 違う、わね……それを、周りが、許すと、思う?」

「……」

「それが、答えよ。彼は、強い。だから、ノイエの、夫なの、よ」

「本当に?」

「ええ」


 唇の端から赤い血を零しアイルローゼはニヤリと笑う。


「私でも、勝てない、相手よ……もう、何度も、負けて、いるわ」

「貴女が?」

「ええ。唯一、勝って、いるのは、カミーラ、だけ、かしら? カミーラに、勝てない、貴女が、勝てると、思う、こと、自体が、おこがま、しいのよ」

「言葉に気を付けなさい。魔女」


 ガッとまた喉を掴まれアイルローゼは激しく咳き込む。


 徹底的に喉を攻撃してくる相手に魔女は今回の負けを悟った。流石にこの状態からの逆転は難しい。残りは相手が本気を出す前に舌を噛んで死ぬことぐらいだ。

 死体を愛でる行為をマニカは好きでないことを祈るしかないが。


「なら私があれに勝てば、カミーラは私を見る目が変わるかしら?」

「……どう、かしらね?」


 口から血を吐きアイルローゼは笑う。相手を嘲るように嗤う。

 その様子に腹を立てたマニカは増々相手の喉を掴みその血に濡れた白い首をへし折ろうと、


「甘いっ!」

「これを避けるか~!」


 無音で踏み込み背後から放たれて来た必殺の一撃を、マニカは魔女の首から手を放し回避する。


「ごぶっ!」

「ごめん魔女~!」


 誤爆して被弾したアイルローゼの脇腹が抉れて血肉を撒き散らした。


「……クルーシュだったかしら?」

「あは~」


 色々な事故と技を放った疲労から、クルーシュはマニカに顔を向けてもう笑うしかない。

 逃げることももう難しい。何より疲労から膝が崩れて床が近づいて来る。


「そっちか!」


 だがマニカはクルーシュに向けていた殺意を別の方に向けた。


 自分を相手に単騎で突撃して来るとは考えられず、子供の頃から培った経験に基づき振り返れば、メイド服を着た黄色のフワフワした生物が揺れていた。


「リグ~! 壁になるんだぞ~!」

「やだよ」


 ピタッと動きを止めたシュシュは全力で魔法を放つ。


 標的は3人だ。魔女もクルーシュも纏めて仕留める。手加減はこちらの不利になる。

 マニカの攻撃は無駄に大きな脂肪を所持している医者に任せるしかない。一瞬でも相手の動きを止めればこちらの勝ちだ。


「食らえっ!」


 問答無用の封印魔法をシュシュは放った。

 チッとお嬢様然とした容姿には似つかわしくない舌打ちをし、マニカは残してあった自分の髪の毛を掴んで放った。


「爆ぜろ」


 宙に舞ったマニカの髪がピンと伸びる。

 どれもが鋼鉄ほどの硬さを持ち、そして放たれたシュシュの魔法に触れて音もなく爆ぜる。


「何か凄い詐欺だぞ~!」


 全力で吠えてシュシュは2発目の魔法を急ぐ。が、


「なふっ」


 シュシュは自分の首の横を押さえて蹲った。


 速度だけなら圧倒的にマニカの方が速い。針状にした自身の髪を放ちシュシュの喉を狙ったのだ。ただ狙いを定めていない咄嗟の投擲は狙いを逸れ、シュシュの首を傷つける程度で済んでしまった。

 けれど魔法使いは近接戦など普通はしない。だから痛みに対する耐性が無く、受けた攻撃にシュシュは反応し蹲ってしまう。


「これで、ぐっ」


 改めてシュシュを殺そうとしたマニカだが、横合いからの攻撃を受けてバランスを崩す。

 あの魔女が迷うことなく体当たりして来たのだ。


 それを想定していなかったマニカは床に座り込み、現在最も脅威である魔法使いに目を向ける。

 シュシュは顔を上げこちらを見ていた。


「チッ」


 もう一度舌打ちし、マニカは自分に体当たりをして床に座り込んでいる魔女の髪を掴んだ。


 相手の髪を触媒には使えない。

 だが力任せに引き起こし、無理矢理掴んだ魔女をシュシュに投げつけることはできる。


 力任せに投げられた魔女は床を転がり、それをを知ったシュシュの視線がアイルローゼに向けられる。マニカはそれを見逃さない。

 今一度残っている髪に魔力を流して触媒とし、それをシュシュに向けて、


「どりゃ~」


 またの体当たりにマニカのバランスが崩れる。

 体当たりと言うよりも足元を転がって来たクルーシュの妨害だ。


「邪魔っ!」

「にゃふっ!」


 足元で転がっているクルーシュの腹を踏みつけ、マニカはまた顔を上げる。


 シュシュは盾を装備していた。

 無駄に大きな胸をブルンブルンと震わせ抵抗しているが、盾が邪魔で攻撃を通せそうにない。


「くっ」


 反撃の機会を失ったと判断し、マニカは全力で撤退を選んだ。

 これ以上の抵抗は自分の身を間違いなく危険に晒す。


「逃がすかっ!」


 シュシュは迷うことなく逃げ出したマニカに魔法を放つが、また空中で何かが爆ぜて魔法の効果を発動させられてしまう。

 もう一回と魔法を放とうとするが、迷いが無い分マニカの逃げ足が速かった。


 一瞬追いかけることをシュシュは考えたが実行には移さない。

 下手に1人でマニカと敵対することになったら返り討ちに会う可能性の方が高い。


「なは~」


 色々と諦めてシュシュはフワリだした。


「リグ~?」

「……」


 盾として掴んでいたリグをシュシュは解放する。

 医者としての目つきに戻ったリグは迷うことなくクルーシュに向かう。


「呼吸は?」

「くりゅしい」

「吸って吐けるなら大丈夫」

「ひどっ」


 口の端から血の筋を作っているが、クルーシュは自ら呼吸をしている。息をしていれば問題無い。


「大胆」

「煩い」


 相手の服を捲り腹部を確認する。

 内出血が酷い個所がある。たぶん臓器を踏み潰されているのだろう。


「シュシュ」

「ほ~い」

「ここを切って血を流し出しておいて」

「医者~」


 クルーシュの不満など右から左に受け流しリグは次の患者に向かう。


 余りにも酷い状態で床に転がっているのは、長い付き合いである魔女だ。

 傍に立ち相手を見つめてリグは床に膝をついた。


「ダメだね。手の施しようがない」

「……」

「この薄い胸は大きく出来ない」

「リィグゥ~」


 狂気を目に宿し魔女がその赤い目を向けて来た。

 クスリと笑いリグは相手の上半身に手をかけて抱き寄せる。


「でもボクは昔からその胸に抱かれていたから大きさより暖かさを知ってるよ」

「……」

「アイルは優しすぎるんだよ。だからまた負けたんでしょ?」

「違う、わよ。油断、したの」

「アイルがそう言うなら」

「余計な、ことを」


 ボロボロの魔女の顔を手で擦り、リグは相手の状態を確認する。

 両腕が半ばから断たれている。右の脇腹は抉り取られて内臓が姿を見せている。あとは比較的……喉に酷い痣が出来ていた。先ほどから枯れて聞こえる声はこれが原因だろう。


「腕はしばらく使えない。脇腹は根性で」

「それが、医者の、診察?」

「アイルたちの治療よりは優しい」

「……そうね」


 疲れた様子で目を閉じた魔女は、そのままリグの胸に顔を埋めた。


「アイル」

「疲れた」


 本当に疲れた様子の魔女をリグはギュッと抱きしめる。


「……アイル?」


 ただ何故か胸を噛まれ、リグは相手の顔を無理矢理引き剥がした。




~あとがき~


 アイルローゼを返り討ちにし、シュシュたちの攻撃も回避したマニカはまた逃走する。

 返り討ちからの魔女の捕食シーンは無かったのだよ。期待していただろうw


 ただ流石にマニカも色々と尽きかけているので…残るは復讐鬼と化している猫が居たな。

 今のマニカとファシーのバトルか。ほぼ互角かな?

 マニカの奥の手は後々先生が解説してくれることでしょう。たぶんきっと。


 外では戦争しようとしているのに、魔眼の中はこんな状態で大丈夫なのか?




© 2022 甲斐八雲

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