胸を大きくしてあげましょうか?
「ちっ……ここにも居ない」
イライラを貯め込みつつ歩き回る人物……アイルローゼは軽く自分の髪を掻き上げた。
捜索してそれなりに時間が経過しているがまだ十分な成果を得られていない。追いかけている標的はまだ見つけられもしない。
何なら囮兼追立役である三人の方にでも向かってくれればそれで良い。
あの三人なら……全員殺されることはないだろう。最悪被害は1人で済む。うん。あれは昔から走るのが苦手だから絶対に掴まる。その隙に同級生が魔法で捕らえ、もう1人がとどめを刺す。そうなってくれれば自分の手を汚さずに済む。
問題は標的……マニカがまだ奥の手を隠し持っていた場合だ。
少なくとも優秀な暗殺者であるマニカが自分の手の内を全て晒しているとは思えない。何か隠していると思っていた方が良い。
「それにしても何処に居るのよあの馬鹿は」
軽くイラつきながら、アイルローゼはまた標的を求め歩き出した。
「ここって……」
思わず声にして呟いていた。
美しい女性だ。髪は長く整った顔立ちは儚さすら感じさせる。
ただその手は血肉に汚れていた。しばらくすれば消えてしまうがまだ消えていない。それはこの人物が最近その血肉で両手を汚したという証拠だ。
だが気にしない。自分がいくら血肉に汚れようが彼女は気にしない。むしろそれらを化粧の感覚で居るほどだ。
故に微笑みながら新たなる標的を……探してはいなかった。
「ん~。完全に迷子かしら?」
ほとほと困った様子でため息を吐く。
娼婦兼暗殺者として名高いこの人物……マニカであるが、唯一の問題を抱えていた。決断力のある方向音痴なのだ。
だからこそ娼館で標的となる相手が客として訪れる環境は喜ばしかった。
わざわざ出向いて殺す必要が無い。と言うか迷子になる可能性が無くなる。
今はダメだ。完全に迷子だ。どうしてこの魔眼の中はこうも複雑な構造になっているのか?
「中で過ごす人の身にもなって欲しいものよね」
思わず愚痴りながらマニカは進む。
マニカの辞書に撤退や後退りはあっても、もと来た道を戻ると言う言葉は無い。もし戻っていたとしたらそれはただの勘違いだ。勘違いだから仕方がない。
「きっとこっちよね」
適当に進路を決めてズンズンと進む。
彼女が過ぎた道は……血肉で何とも言えない色に染められていたが。
ユニバンス王国・王都王城内廊下
「それはあれよ。魔眼って言うぐらいだから元は眼球なのよ」
「何か言った? ポーラ?」
「何でもありません。兄さま」
「ん」
王都王城内・大会議場
はっきり言おう。僕はこの場所が嫌いである。
どうもここに来ると不幸になる気がする。気のせいかもしれないがその印象が強い。
すり鉢状の底に立ち……一番上には国王であるお兄様が居た。
「ちょいちょいフレアさん」
「……何でしょうか?」
僕をこの不幸発生場所に連れて来たメイド長を呼び止める。
彼女は自分の仕事は終えたと言わんがばかりに立ち去ろうとしていた。と言うか別にあの馬鹿兄貴の元に急いで戻る必要などあるまい。
あれはあれだよ? 人の皮を被ったゴリラか何かだよ? きっとバナナを与えるとウッホウッホと喜ぶに違いないよ?
「姉さま」
「うっほ」
妹の姿をした悪魔が何かくだらないことをしていたから、ノイエからバナナっぽい果実の皮を貰って悪魔の足元に投げておく。
クワっと目を見開いて『自分がそんなことをするわけないだろう!』と言いたげな表情をしたままで、悪魔がバナナの皮を踏んで滑って転んでいた。実に器用だ。素晴らしい。
「御用が無ければ戻っても宜しいでしょうか?」
「あ~ごめん」
全てはバナナの皮と芸人魂が悪いのです。
「クレアに仕事を一つ頼んであるから回収して来て貰って良い?」
「それ以外には?」
「判断は任せるけど……」
身振り手振りで説明したら、フレアさんが心底呆れた感じでため息を吐いた。
その目が『本気ですか?』と語っているように見えるのは気のせいだ。絶対に。
貴女も元はノイエ小隊の一員だったんだから分かるでしょう? 僕はやると決めたらやる男です。
『私はもう小隊とは関係ないのですが……』と呟きながらフレアさんが遠ざかって行く。
こっちの意図をそこまで理解している時点で、貴女はまだノイエ小隊の関係者です。何なら名誉副隊長とかの称号でも作って授与しようかな? そうするとミシュ辺りが欲しがるな。うん。与える人物は選ばないと。
カンカンッ!
板を木槌で叩くような音が響いた。
何となくこの場所に似合いそうだからと思って僕が作らせ改造させたものだ。
法廷にあれが無いのは寂しすぎる。気のせいかいつも僕が裁かれる方だけどね。
「忙しい中、集まって貰ったのは他でもない」
挨拶も省いてお兄様が語りだす。
「西部に出向いているアルグスタが一時帰国をした」
ぶっちゃけ神聖国に入る前に転移魔法の確認をしたかっただけですけどね。
色々と弱点が分かったから今後はそれの解決策を……おい。ポーラの中に住まう悪魔。こっちを見ろ。その『考えるのが面倒臭いからパス』って感じの雰囲気は何だ。頑張れよ。マジで。
「彼から見聞きした西部のことを語って貰おうと思う」
えっと……ご飯が思いの外美味しかったです。以上。
とか言ったら絶対に怒られるな。まあそれなりに語るとしましょうかね。
「では」
居ずまいを正して僕は視線を妹様に向ける。
「ポーラ宜しく」
「はい。にいさま」
丸投げではない。これぞ適材適所という物だ。
「……ここを無理矢理繋げれば」
壁に描いている魔法の式を前にその人物はブツブツと言葉を続ける。
故に気づかない。来客者にだ。
「ちょっと良いかしら?」
「……こっちね。こっちを繋げた方が」
「それを繋げたら魔力の流れが滞って爆発するわよ?」
来客者の冷静な指摘に、壁に向かい顔を向けていた人物が振り返る。
グリンと……ゾンビ物で仲間がゾンビ化して振り返った時のような恐怖感を彼女は漂わせた。
これでも一国の王女だ。名をグローディアという。
「良いのよ。これが決まればあの馬鹿従弟が」
「一緒に貴女の大切な妹まで吹き飛ぶわよ?」
「……それはダメね。出来ればこれが発動する時にノイエだけ逃げられるようにしないと」
またブツブツと呟きだして壁を見ようとする相手に来客者……刻印の魔女は息を吐いた。
「ちょっと依頼したいんだけど?」
「お断り」
「即答ね?」
「好き好んで貴女の手伝いをする人物っているの?」
勤めて冷静なツッコミに魔女は首を傾げる。傾げて考える。
見くびらないで欲しい。自分は魔女だ。三大魔女の1人に挙げられる偉大な魔女だ。そんな人物がお願いをして拒否するだなんて……するだなんて。
「あれ? 両目から汗が?」
決して涙ではない。これは汗だ。
と、チラリと横目で魔女の存在を確認したグローディアは視線を壁に向け直す。
どうせ相手を見てもその顔は認識できない。と言うか存在までしか認識できない。何か特別な魔法かそれとも違った意図があるのか、魔女は己の姿を晒そうとはしない。
「嫌われていることを自覚した方が良いわよ」
「あれ~? 私って偉大な魔女なんだけど?」
「偉大であろうとも尊敬は出来ない人物だってことよ」
「あはは。辛らつだね~」
軽く肩を竦めて魔女は笑う。
と、笑い声を止めて元王女を正面から見つめる。
「ちょっと頼みたい魔法があるの」
「何よ? 前から頼まれていた魔法は、」
「ええ。完成したわ」
前々から王女に下請けに回していた新作魔法は、完成を前にして魔女が引き取った。
ある程度出来上がっていれば、自分で仕上げてしまった方が楽だと思ったからだ。
「だからまたある程度作って欲しいのよ」
「……報酬は?」
「ん~」
視線を顔から相手の背中に向ける。厳密に言えば背中の向こう側だ。
「胸を大きくしてあげましょうか?」
「要らないわよ」
「あっそう。なら何かしらの報酬は考える。それでどうかしら?」
「……」
魔女の申し出にグローディアはため息を吐いてから頷き返した。
どうせ相手はあの三大魔女だ。逆らうだけ無駄なのだから。
~あとがき~
アルグスタは定位置となっている議場の住人にw
ノイエの魔眼内は本当にカオスだな。
いつも通りに殺伐として…刻印さんまで混ざるなよ。
暗躍の人、刻印さんは今日も元気です
© 2022 甲斐八雲
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます