可愛い弟子が見たくなった

 そっと傍らにしゃがんで確認する。


「……死んでる」

「見れば分かるぞ~」


 フワフワと黄色い髪のメイド……シュシュが踊るように揺れる。


「見た目だけで判断するのは良くない」

「でも~。だぞ~」


 反論する褐色の少女……リグの声にシュシュはピタッと動きを止めた。


「そんな姿で死んでいるポルナが可哀想だぞ」

「……」


 チラリと視線を向けたリグは、せめてもの情けと死体の瞼を閉じてやる。

 だらしなく飛び出している舌とかは戻しようがない。必要であれば無理やり押し込んで口を閉じるができれば余り触りたくない。


「暴漢された女性の方がまだ綺麗かも」

「リグはもう少し優しい言葉を使った方が良いぞ~」

「そう言っても」


 この死体は……人としての何かを壮絶に失っている。

 哀れだ。きっとこれが哀れなのだろう。


「燃やしてあげる?」

「ん~。面白いから~そのままで~良いんだぞ~」


 フワリを再開したシュシュの言葉は残忍だ。


「ならシュシュがマニカに殺されたらそのままにしておく」

「リグの~場合も~だぞ~」


 2人はそう言い合い少し悩んでから固い握手を交わした。

 こんな死にざまは晒したくない。嫌すぎる。


「まったく呼び出されたと思ったら~うわ~」


 ひょっこり顔を出した人物は握手を交わす2人よりも床に転がる死体を見て引いた。

 余りにも酷い。無残であり……哀れだ。


「犯人はマニカ?」

「こんな~死体を~作れる~のは~だぞ~」

「……やっぱり帰って良い?」

「魔女を~敵に~回すなら~だぞ~」

「選択肢が無さすぎだよ」


 呆れ果てて遅れて来た人物……クルーシュは心底呆れながらも床に転がっている死体に近づく。

 と、床の突起に足を取られて頭から死体に飛び込んだ。


「クルーシュ。死体に鞭打つのは酷い」

「うわ~。だぞ~」

「……助けてくれても良いと思う」


 哀れな死体に抱き着く格好となったクルーシュは涙目で起き上がると、着ている服を脱ぐとそれを丸めて汚れを拭う。


「シュシュ」

「お断り~だぞ~」


 せめてメイド服のエプロンでもと思ったが、シュシュはそれを拒絶しフワフワと逃げていく。


「……」

「何を貸せと?」

「何でもない」


 リグに視線を向けたクルーシュは何も言えない。

 相手の格好がほとんど下着姿にしか見えないからだ。


「やっぱりシュシュ。エプロンだけでも」

「お断り~だぞ~」

「どうしてよ?」

「何となく~旦那ちゃんが~喜びそうな~気がするぞ~」

「意味が分からないから。貸して」

「嫌だぞ~」


 逃げるシュシュを追ってクルーシュは全裸のまま追いかける。

 2人の背を見つめるリグは今一度床に転がっている死体に目を向けた。


「ごめん。でもアイルが敵を討ってくれるから」


 それだけ告げてリグは2人を追って走り出した。




 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「帰って来たわねこの馬鹿主!」

「お~」


 ノックもせずに部屋に突入すると、こちらを二度見したコロネが椅子から転げ落ちながらもどうにか踏ん張り僕を指さした。


「遊んで回るのも良いんだけどちゃんと仕事はしなさいよね!」

「もう一声」

「もう一声? ……ごめんなさい。もう分かりません」

「か~。真面目か!」


 修行の成果がこれか。君にはがっかりだよ。


「ん。ポーラさん」

「ふっ……」


 ど~れ。手本という物を教えてやろうと背中で語りながら、僕の横に居たポーラの姿をした悪魔が部屋の中に入りコロネの横に立った。


「いつもいつも遊んでばかりで仕事をためて本当にダメなんだから!」


 僕に向かい怒った口調でそう告げるとプイっと顔を背けてチラッと横目で確認して来る。


「まあ手伝ってはあげるから感謝しなさいよね」

「これが完成形だ。分かったか?」

「分かるか~!」


 ボロボロと涙を溢れさせてコロネが怒り出した。

 涙もろい奴だな……それに情緒は大丈夫か? もう少し心を広くだぞ?


「まあ良い。時間が無い」


 コロネの相手は本来のポーラに任せ、僕は急いで自分の机に向かう。

 引き出しを開いて紙を取り出すとそれに向かいペンを走らせる。


「クレア?」

「……何ですか」


 ブスッとした表情をした部下が……君も最近上司に対して優しさを忘れていないか?

 ツカツカと近づいて書いた紙を相手の机に置く。で、両手を伸ばしてクレアの頬を摘まんで左右にピロ~ンの刑だ。


「いらひ。あにふるのよ!」

「西部で大忙しの僕に対して愛想笑いの1つでもしろと言いたい」

「いやよ! もう!」


 大きく腕を振るってクレアが僕の手から逃れた。


『う~』と唸りながら自分の頬を両手で擦るお漏らし娘に、とりあえず仕事を投げておこう。


「急いでその紙に書かれている物を作成しちゃって」

「……はあ?」


 手に取り内容を確認したクレアから気の抜けた返事が。


「正気ですか?」

「もちろん」

「……まあ書けと言うなら書きますけど」


 黙って書けば良いのです。

 ちなみに何に使うのかは聞いちゃダメだからね? 使わない可能性だってあるんだから……それに嫌がらせって全力でするから意味があるんです。


 せっせと仕事を開始したクレアから視線を放し動かせば、丁度ノイエがやって来た。

 両腕には大量のハムとパンを抱えている。


「大量だね」

「ん」


 嬉しそうにアホ毛が揺れている。

 あんなにゲート区で屋台飯を食い漁ったというのに……あれは別腹? 今からノイエの本気を見せてくれると?

 別に本気なんて見せなくて良いからゆっくり噛んで食べなさい。


 ソファーに腰かけたノイエがあむあむとハムに嚙り付いて……僕の言葉はちゃんと聞いていましたか?


「失礼します」

「うわっ」


 無音で姿を現していた二代目メイド長が部屋の入り口で頭を下げていた。


「アルグスタ様」

「あ~。何処に行けば良い?」


 皆まで言うなフレアさん。


「分かっていらっしゃるのでしたら陛下の元までお願いします」


 ですよね~。




「カミーラ。結局何がしたかったの?」

「ん? 少しは楽しめるかと思ったんだがな」


 床に転がり横になっている最強に歌姫は心底呆れた様子でため息を吐いた。

 出会い頭に襲い掛かった舞姫は、カミーラに関節を決められて声も出ていない。ただ必死に床を叩いて……まだ余裕はありそうだ。何せレニーラの関節は踊りで培われた柔軟性がある。まだまだ行ける。


「助けて~セシリーン~」

「貴女ならもう少し耐えられるはずよ」

「どっちの味方~?」


 どっちと聞かれると……若干悩んでしまう。

 カミーラとはそんなに仲は良くない。ただ敵対もしていない。

 レニーラとは昔からの知り合いであり、仲も良い。仲も良いのだが。


「彼の独占を考えるとカミーラかしら?」

「歌姫の裏切りだ~」

「あら?」


 レニーラの言葉にセシリーンはクスクスと笑う。


「好きな人は独占したくなるものでしょう?」

「否定ができない自分が居る~」


 関節を決められながらもレニーラはその事実を認めた。


「それでカミーラ」

「あん?」

「何をしに外に?」

「……」


 舞姫の関節を決めながら、ポリポリと器用に頭を掻いたカミーラは口元にだけ笑みを浮かべた。


「可愛い弟子が見たくなった。それだけだ」

「……あら? 心が乱れてない」

「失礼だな歌姫?」

「あがっ! 今、何か、グリって言った!」

「煩いよ」


 決めている相手の関節をゴリッと言わせて黙らせる。

 それをしたカミーラはその顔を歌姫に向けた。


「たまにはノイエの顔を見たくなった。それだけだ」




~あとがき~


 リグとシュシュはクリーシュを連れてマニカ捜索です。

 途中で哀れな状態にされたポルナの死体を発見しました。


 主人公は安定のマイペースですね。


 で、カミーラが何からしくないことを?




© 2022 甲斐八雲

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