閑話 27
ユニバンス王国・王都王城内とある部屋
「ふだんはこのまどーぐでメイドの姿になってお城の中をぼうけんしてるの」
「そうなんだ」
活発で元気よくしゃべる相手にコロネは相槌を打つ。
ケーキが美味しい。流石王都の高級店ブロストアッシュのケーキだ。いくらでも口の中に放り込める。
「運が良いとこうしてこのケーキも食べられるしね」
「うん。でも流石にその量は」
「平気平気。誰も知らないメイドが犯人だから」
話し相手のネルハが抱えているのは到底一人分とは思えない量だ。
具体的に言って五人前はある。
「それにちゃんとアルグスタ様発行のひきかえけんでひきかえているから平気」
「だと良いけど」
世の中そんな簡単に逃れられるとはコロネには思えない。
きっと今頃お城に居る優秀なメイドたちが捜索しているはずだ。そう考えると自分もこうしてケーキを食べているのは危ないかもしれない。具体的に命の危険を薄っすらと感じる。
慌てて残りを全て口に放り込む。
もきゅもきゅと味わうよりも飲み込むことを優先して胃の中に押し込んだ。
「わたしそろそろ」
立ち上がろうとしたコロネにネルハが抱き着いた。
「逃がさない。ばつを受けるなら一緒に」
「いゃ~! これ以上の罰はむりぃ~!」
コロネの口から魂の叫びが溢れ出ていた。
「ん~。わたしは元々お姉さまの従妹だったの」
「そうなんだ」
腹をくくり諦めてコロネはまたケーキを口に運ぶ。
下手をすればあの先輩メイドと体術の特訓だ。あの先輩は綺麗な顔をしているのに情けと容赦がない。戦闘狂で有名なハルムント家のメイドの代表的な戦闘メイドだ。
そんな現実から逃避したくコロネは相手の言葉に耳を傾ける。
「お姉さまは子供の頃に負った傷がげんいんで長生きできないんだって」
「……」
ケーキを食べながらする話にしては思ったよりも重い内容だった。
「だからわたしは毎日べんきょうしていっぱい学んでいるの」
「お城に冒険しに来てるのに?」
「これは息抜き。ちゃんと朝からべんきょうしたから良いの」
胸を張って威張るネルハの頬にはケーキのクリームが付いていた。
「早く一人前にならないとね。昨日もお姉さまは血を吐いてたから」
「……」
それはもう本当に危ないのではとコロネですら思う。
「ただ男の人とやりすぎたとも言ってたけど」
「何を?」
男の人と何をしすぎると血を吐くのかコロネには分からなかった。故に純粋に質問をしていた。
受けたネルハは首を傾げて考えだす。
「えっと……男女の営み?」
「……」
察しがついてコロネは顔を真っ赤にした。
あれだ。お屋敷であの夫婦が毎日していることだ。確かにあれは血を吐くかもしれない。血を吐くと言うか絶対に裂けそうな気がする。自分には無理だ。絶対に裂ける。
「お姉さまももう少し自分の体に気をくばって欲しいんだけどね」
やれやれと呆れるネルハは一気にケーキを食する。
「コロネはあのドラグナイト家のメイドなんでしょ?」
「……まだ見習だけどね」
アルグスタの執務室で気絶していたコロネの姿を目撃している相手の言葉に嘘は通じない。
本当なら隠しておきたいところだが、王城内でその手の予防策は無意味だ。噂が1人走りする。
コロネはそっと自分の頭に手を伸ばして触れた。
そこにはカチューシャが無い。メイド服だって模して造られた似たような物だ。一人前のメイドに与えられる防刃用の繊維で作られたメイド服ではない。ただ防刃のはずなのにそれを突き破る攻撃を繰り出すメイドがハルムントには結構な数が居たりもする。何かがおかしい。
「ケーキ食べほうだい?」
「私はたまに」
「どうして? アルグスタ様の部下ってケーキ食べほうだいって聞いたよ?」
「うん。何かそんな噂があるね」
けれど事実は違う。
アルグスタが大盤振る舞いしているだけで、彼が居ない時などは基本ケーキが振る舞われるようなことはない。今日はクレアさんが気を利かせてくれて特別に注文してくれたのだ。
それなのにその頼んだケーキは全てここにある。
何とも言えない気持ちでコロネはフォークの先を自分の口へと運んだ。やっぱり甘い。
「な~んだ。やっぱり嘘なんだ」
「嘘ではないけど……こちょうってやつだね」
アルグスタ様が居れば確かに食べ放題ではある。彼が居ればだ。
「う~」
「ん? 何かきらいな果実でも入ってた」
「違う」
どのケーキの果実も甘いから問題ない。ちょっとした酸っぱさなどは良いアクセントだ。
「アルグスタ様から変なことを言われてて」
「変なこと? どんなこと?」
目をキラキラと輝かせてネルハはグイっとコロネに体ごと顔を寄せた。
「うん。『ツン』になれって」
「つん?」
「そう。ツン」
意味が分からない言葉にネルハも首を傾げる。
「なにそれ?」
「えっと……」
太ももに置いていたケーキの皿を退けてコロネは立ち上がる。
ビシッとネルハに指先を向けた。
「お腹が空いたのならパンでなくてケーキを食べれば良いのよ!」
「うわ~。確かしそのまじょの言葉だっけ?」
「えっと……パンが無ければ小麦を作れば良いのよ!」
「そうそう。それだ。で?」
「う~」
少女のツッコミにコロネは頭を抱えた。
「頑張れ私……胸が小さいのは私が悪いんじゃない。肉を貯め込まないこの場所が悪いのよ」
「それってコロネがわるいんだよね?」
「はう~」
やっぱりダメだ。どうしても上手くできない。
「で、けっきょく何が言いたいの?」
「……よく分かんない」
「はい?」
もう正直にコロネは答える。
「アルグスタ様が言うには、『上から目線で物事を言えば良いのだ。で、時折こう甘い言葉を言えば特に良し』って」
「なにそれ?」
「分かんない」
頭を抱えるコロネを見つめながら、ネルハはパクっとケーキの最後のひと欠片を口に運んだ。
「ならいっしょに練習しようか」
「練習?」
「うん」
元気に頷いてネルハは立ち上がった。
「一緒にがんばろう」
「いいの?」
「うん」
キラキラと愛らしい表情を浮かべネルハはコロネに手を差し伸べた。
「だってわたしたちはともだちでしょ?」
「……ともだち?」
「うん」
元気にネルハは頷く。
「うばったケーキを共に食べた仲間だしね! ともだちだよ!」
「それって……」
決して友達ではない。ただの共犯だ。
でもケーキを食べてしまった以上は認めるしかない。
ゆっくりと手を伸ばすと、グイっとネルハがコロネの手を掴んだ。
「だからコロネ」
「……なに?」
「今からがんばってまず逃げよう」
「はい?」
バンッと音が響いて閉じられていたドアが蹴破られた。
コロネがゆっくりと視線を向けると……そこにはナイフを手にした先生が居た。
アルグスタからコロネの調教を引き受けた戦闘メイドだ。名をウリニルと言う。
「ここに居ましたか。泥棒たちが」
「先生?」
スッと厳しい視線を向けて来る相手にコロネは悟った。どんな言い訳も通じないと。
「懺悔は死体になってから聞くとしましょう」
「それって絶対に聞く気が無いですよね!」
「いいえ」
ペロリとウリニルがナイフの刃を舐めた。
「死ぬまでに時間は十分にあります。貴女が言い訳をするのは自由です。私がそれを懺悔として聞き入れるのが死体になってからだと言うだけのことで」
「い~や~! 切り刻まれる~!」
泣き叫びながらコロネは、その手を掴んだままである友に目を向けた。
「あっわたし戦うのは全くダメだから」
「使えない~!」
増々泣き出しコロネは反射的に右腕を動かす。
友が左手を差し伸べてくれたおかげで空いたままだ。
その義腕がウリニルの一撃から少女たちを守った。
「本気だ~! この人本気だ~!」
「ハルムントのメイドだしね。その人ってあれでしょ? 特にこうげきとっかの人だし」
「納得だ~!」
ボロボロと涙をこぼしてコロネは思わず口の中を噛んだ。
一瞬弱気になった自分が『あれ』を使おうとしていた。
あれはダメだ。使えない。もう自分は暗殺者ではないのだから。
「コロネ~。どうする~?」
「何か気楽だ~!」
「あはは。戦いはコロネに任せたよ~」
「酷すぎる~!」
全力で叫びながらコロネは覚悟を決めた。
掴んでいた友の手を放し、空いた左手で右肩を叩く。
「起きて!
その命令にコロネの義腕がビクッと反応し動き出す。
禍々しい形が自動で動き出しズルズルと腕を……胴体を伸ばす。左手の部分も変化しまるで昆虫の頭部のような形に変貌した。
それを見てウリエルは後退しナイフを構え直す。
「うわ~。きもちわる~。友だちでもひく~」
「酷くない!」
ネルハの声に泣きながら、戦闘モードになった義碗をコロネは全力で振るった。
後日アルグスタの執務室で黙々と書類に判を押すコロネの額には一枚の紙が貼られていた。
『反省中。ケーキを与えるな。ウリエル』と書かれた紙がだ。
~あとがき~
一度ペースと言うか調子が狂ってしまったせいかキャラが上手く動いてくれない。
おかげで書きたいと思っていた物とは違う物が出来上がってしまう状態です。
コロネの義碗はヨロイオオムカデです。
刻印さんが某漫画の蛇腹剣をモデルに作った義碗です。蛇尾〇で検索すると見つかるよw
実はこの義碗にはまだオプションが…いずれ本編で語られるさ!
中々にツン道は難しくてコロネはこれからも悩み続けるでしょう。
って言うかコロネってパニック系のキャラなんだけどね。
次から本編に戻りま~す
© 2022 甲斐八雲
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