エピローグ
“ユニバース王国”・南部山岳地帯
「……布団が吹っ飛んだ~!」
全力で右足の爪先を膝の方へと引っ張るが……間に合ったか? 違和感が半端ないけど耐えられる程度の痛みか? どうしてこのタイミングで攣るかな?
「どうしたの?」
横合いから声がしてくる。彼女も起きてしまったようだ。小さなベッドを2人で使っているから仕方ない。事故だと言いたい。
「足が攣った」
「……馬鹿」
呆れたような表情を浮かべて彼女が素早く僕の右足を押し込んで来る。
「大丈夫?」
「どうにか」
「……たぶん塩が足らない」
「それよりも山道をいっぱい歩いたからじゃないかな?」
「だったらもっと歩いて慣れて。ここで暮らすなら」
「は~い」
不機嫌そうで少し人を突き放す感じはするが、彼女の心根が優しすぎる人だと僕は知っている。
異世界召喚でこの世界に呼び出され、脅されてこの場所へと来た僕をこうして保護してくれているのが彼女なのだ。
不機嫌な最強。竜を狩る者。彼女の二つ名は数多く存在する。
だが最も有名なのが『ドラゴンスレイヤー』だ。
人では殺すことの出来ない竜を唯一屠ることができるのが彼女なのだ。
「なに?」
「ん? 変わらず綺麗だなって」
「……馬鹿。そんな言葉で喜ぶ人は居ない」
そう言いながら彼女の触角のようなアホ毛が嬉しそうに揺れている。
「足は平気?」
「うん。ありがとう」
彼女がずっとマッサージしてくれたから、違和感は残っているけど歩けそうだ。
「なら私は予定通り食料を買って来る」
「出来たら塩を」
何故そんなに嫌そうな顔を? 塩分不足を指摘したのは貴女でしょう?
「……帰りに岩塩を拾ってくる」
「普通の塩で良いんですけど?」
「……塩商人が嫌い」
「了解です」
人付き合いが苦手で選り好みも多い人だから仕方ない。
彼女は寝間着を脱いで……最近はもう迷わず肌を晒しますね。
まあすることはしている仲ですけど、もう少し躊躇と言うか恥じらいが欲しいです。
「行ってきます」
「ほ~い」
地を蹴り彼女はふわりと浮かぶ。
原理は謎だ。魔法でも超能力でも無いらしい。ただ彼女は宙を浮かび空を飛んで竜を殴り殺す。
彼女の背を見送り……とりあえず今日は水汲みと部屋の掃除かな。
小さな山小屋のような家だけど、今は僕らの自宅だ。ならばリフォームしても良いのか? 内装を弄ると彼女が怒るから、外装と言うか拡張をして部屋を広げて行けばいけるか?
とりあえず桶を抱えて近所の沢に水を汲みに行く。
「ただいま」
「お帰り」
荷物を抱えて帰って来た彼女を出迎える。小さな畑の手入れをしながらだ。
日本に居た頃の田舎で暮らしていた経験がこんな所で生きるなんて……バイト代欲しさに畑仕事を手伝った甲斐がありました。
「またお肉の値段が上がってた」
「好きだもんね。お肉」
「……魚も好き」
少し怒りながら彼女は買って来た物を確認する。
食料品は……これで前と同じ金額? 1割から2割は割高になったかな。
「小麦はもっと酷い」
「そっか~」
小麦が無いなら雑穀で我慢するしかない。
僕が育てている畑なんて小規模だし食事の色添え程度の収穫しかないしね。
「はい」
「はい?」
不機嫌そうな表情を見せながら、彼女が僕に小さな包みを突き出してくる。
手を伸ばし受け取れば……これは何ですか?
「……塩」
「買って来てくれたんだ」
「……岩塩を取りに行くのが面倒だっただけ」
「またまた」
「知らない」
プイっと顔を背けて彼女は小屋の中へと戻って行く。
「ありがとうね」
「……知らない」
夜になって静かな時が訪れた。
照明なんてこの小屋には無い。明かり代わりに使えるのは月光のみだ。
優しく射し込んで来る月明かりに目を向け、僕は隣に居る彼女を見る。
本当に綺麗だ。スタイルも良い。何より今の彼女は何も来ていないから全てを見ることができる。
『説得しろか』
僕がこの場所を訪れた理由を思い出す。
世間一般的には僕は異世界召喚された勇者だ。その使命は絶対に倒せない魔王を唯一倒すことの出来る可能性を持つ彼女を説得すること。
最強故に返り討ちにあるかもしれない……つまり気まぐれで殺されるかもしれない。そう言われて僕はこの場所へとやって来た。それしか生き残る道が無かったからだ。行かなければ確実に殺されていた。
けれど彼女は僕を殺そうとはしない。僅かに得られる鉱物を売り2人分となった食費を賄ってくれているのだ。本当に優しくて……
そっと彼女の手が僕の腕を掴んでいた。
薄く開いた瞼の奥から彼女の瞳が僕を見つめている。奇麗な碧眼だ。
「……貴方も居なくなるの?」
「大丈夫。傍に居るよ」
「本当に?」
「うん」
「……」
瞼を閉じて彼女は眠る。
そっと指を伸ばし彼女の頬を伝った涙を拭う。
彼女は1人だ。ずっと1人だ。忌み嫌われた罪人であり逃亡者てあった姉たちに育てられた彼女に、今の彼女に家族は居ない。
皆が彼女を生かすために、未来を残そうとして……魔王に挑みに行ったという。
魔王は健在だ。そして彼女の家族は誰一人として戻っていない。
唯一残された彼女はこの場でずっと待っている。家族の帰りをだ。
「言えるわけないよな~。僕は鬼じゃないっていうねん」
愚痴の1つも言いたくなる。けれどこのまますればこの世界は確実に滅びる。
魔王の手勢である竜たちは人が暮らせる地域を汚染し、そして人を餌にしている。
人類が滅びる方が先か、真の勇者が現れる方が先か……本当に嫌な話だ。
「……なに?」
無理矢理体を動かしたせいで彼女が目を覚ました。
でも僕は彼女の上に覆いかぶさる。
「ねえ」
「なに?」
このままじゃダメだ。このままじゃ。
「2人で君の家族を探しに行こう」
「……2人で?」
「そう」
そっと顔を動かし軽く彼女とキスをする。まだ色々と免疫の少ない彼女は顔を真っ赤にした。
その恥じらいを着替える時とかにも発揮して欲しいです。
「待ってても帰ってこない。なら2人で迎えに行こう」
「……」
もしかしたら最悪な答えが待っているかもしれない旅だ。
それに気づいているのであろう彼女は、振るえ戸惑う視線を僕に向けて来た。
「2人で?」
「2人で」
「一緒に?」
「一緒に」
一呼吸置き……彼女はゆっくりと口を開く。
「死ぬまでずっと?」
そんなの決まっている。
「君がそれを望むなら」
僕は決めたんだ。彼女と共に生きると。
「……分かった」
柔らかく彼女が微笑む。
「貴方が一緒なら私はどこまでも行く」
「うん」
「だからずっと一緒に居て」
「うん」
「約束」
そっと体を起こし彼女の方からキスして来た。
「ずっと私の傍に居てね」
「約束するよ」
どんな悲しい結末を迎えようとも、僕は必ず彼女の傍に居る。
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「ふ~ん。お姉さまって意外と意外ね」
『ししょう』
「何かしら?」
椅子に腰かけていた魔女は、弟子の声に反応し軽く背筋を伸ばす。
今回は夢で色々と遊んだ。けれど結局夢だ。目が覚めれば自然と消えてしまうものだ。
ベッドの上で並んで眠っている2人も朝を迎えて目を覚ませば……きっと忘れてしまうだろう。
『ねえさまのゆめって?』
「さあ?」
軽く肩を竦め伝説の魔女は椅子から降りると歩き出す。
朝までの時間を義姉と義兄の2人で過ごして欲しい。邪魔が入ることなく……だからこそ静かに退室することとした。
2人の結婚記念日だ。なら2人で過ごすべきだ。色々と遊んだけれど。
「一体貴女のお姉さまはどんな夢を見ているのかしらね?」
微笑み視線を向ければ、弟子の義姉は最愛の人の手を握りしめていた。
家族なら我慢できるなどと言いながら結局は我慢できなかった。今回のことを含め姉には少し、自分が『粘着系』だと理解して欲しいと魔女は思っている。
愛が深いのだから……姉たちとの行為をずっと見てて我慢できるはずがないのだ。
その証拠が見て取れる。寝ていて無意識なのにだ。
義姉は義兄とギュッと指と指とを確りと結んでいる……恋人繋ぎでだ。
~あとがき~
エピローグだけれど作者的にはプロローグ。
ノイエ主導で見た夢は…実はこの物語の初期プロットの第一話だったりします。
全体的にストーリーが暗すぎたので、現行の明るさ重視に変更したんですけどね。
2人で姉たちの最期を巡る感じになっちゃうから書いてて辛くなりそうだなって…おかげで今では魔眼の中でカオスしてますけどw
本来なら日の目を見ることの無かった話ですが、今回は作者がミスをしまくったので最後は『黒歴史でも出して爆死してやる!』と開き直っただけです。だって当初の予定通りの物を書くと最終回シリーズプランBを書くことになると気づいちゃったんだもんw
気づくのおそっ!
マジでそれに気づいた瞬間、椅子の底が抜けたかと思ったほどビックリしましたわ。
今回は作者的に失敗シリーズですが、まあ何か別の方法でまた遊んでやるんだから!
次回からは本編に戻ります。
話数が読めない変態村…サツキ村での話から、カオスな国…神聖国へと流れていきます。
神聖国は本当に危ないです。あの刻印さんですら本気でダウンします。大ダメージ必至です。
そこを主人公たちはどう乗り越えるのか? そして作者はあの国をどこまで描けるのか?
指定した回はR18にできる機能とか欲しいです。結構本気で。
感想や評価など頂けると作者のやる気がめっちゃ増えます!
ご褒美でレビューとかくれるのが一番嬉しいです。思いのままを書いてみませんか?
これからも面白くなるように頑張っていくので、応援よろしくです!
© 2022 甲斐八雲
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