対抗する人になれと!

 ユニバンス王国・王都北側ゲート区



「発展が著しいな……」


 降車場で馬車を降りたら人が沢山だ。

 各地からこのユニバンスに来た商人が多い。流石ドラゴンの一大産地。今日も客が多いぜ。


「見ろ。人があれのようだ」

「……」

「冗談です。お兄様~」


 ポーラの姿をした悪魔が元気に駆けて行く。

 その後を追うのはミネルバさんだ。軽くスカートを持ち上げて走って行った。


 あの~ミネルバさん? 僕の護衛は?


 ノイエが居るから大丈夫だけど、あの人時折色々な何かを忘れるな。


「アルグ様」

「どうしたの?」

「……」


 何も言わずにノイエが僕の腕に抱き着いて来る。

 本日のノイエは薄手のワンピース姿だ。上位貴族の夫人がその姿は……と思ってしまうがそこはノイエだ。色々な何かを無視して自分の好きな格好をチョイスする。何よりノイエは難しい着替えは苦手だ。面倒臭いから。


「ノイエ?」

「……寂しい?」

「ん~。ノイエは?」

「分からない。でも胸の奥がギュッとする」

「そっか」


 寂しい感情が良く分かっていないノイエがそんなことを言って増々抱き着いて来る。

 柔らかな双丘に腕が挟まれて悪い気はしない。満点であるとも言えた。


 そのままノイエを連れて道を進む。


 ゲート区となりつつあるこの場所は建設ラッシュだ。

 宿屋や食堂。酒場なども出来て朝早いこの時間からも客で潤っている。


 ほらノイエ。串焼き屋さんがあるよ。食べる? ちょっと待てそこのアホ毛。勝手に伸びて串焼きを持って来るな。って伸びてるよね? 今絶対に伸びたよね?

 とりあえずコロネ。あの驚いて怯えている店主に串焼きの代金を。多少多めに渡しても良いから。だからアホ毛さん。こっちを片付けている隙に違う方に勝手に伸びるな。

 その果実の串は何だ? どこのお店だ? あっちか? コロネ~。ダッシュだダッシュ。

 だから落ち着けアホ毛よ。と言うかノイエよ。君は寂しくなると口も寂しくなるのか? 違う? 空腹が止まらない? 言いながら焼き魚の串を持って来るな。何処のお店だ! あっちの方が美味しい? どっちも食べていたのか? コロネ~。遅いぞ走れ!


 幼女虐待とも取れる僕の指示にコロネが息も絶え絶えで出店を回る。

 流石コロネだ。日々の鍛錬で確実に成長している様子だ。


「奥さま~。ご容赦を~」

「お腹空いた」

「容赦って~!」


 容赦ないノイエのアホ毛が新たなる串を拾ってくる。


 ただ人外の行動を見せるノイエに周りの人たちが気づいたようだ。みんなしてこっちを見つめては騒いでいる。

 これこれ人を指さすでない。遠慮せずにコロネからのお代は受け取りなさい。

 ノイエの教育に良くないのでお金を受け取るように。無料で食べられると知るとノイエさんは容赦が無くなる。


 アホ毛を駆使して食べ物を漁るノイエを引きずって奥へ奥へと向かう。


 しばらく進むとゲートが見えて来た。

 先生が移築したとなっている石製門だ。あれだ。イギリスのストーンヘンジだっけ? ギリシャのパルテノンは……ちょっと違うな。やはりイギリスの方に近いか?


「アルグ様」

「ほい」

「あれって何?」

「知らないの?」

「知らない」


 ゲートを見たノイエはある意味でいつも通りだな。


 本当に知らないのか忘れているのか……たぶん後者か? ただノイエとゲートは無縁かな? 今回は移動することを認められているけれど、本来のノイエは王都から離れられない。全てはルッテと固定型の大型弓のおかげだ。


 あれがあるから接近して王都に襲い掛かる可能性のあるドラゴンは駆逐できる。


「あれはゲートだよ」

「ゲート?」

「そうです」


 こんな時はこそウチの子です。


「ポーラ~」

「はい」


 シュタッと妹様が姿を現した。


「ノイエにゲートの説明をしてあげて」

「はい」


 片目を閉じたポーラが語りだす。


 ゲートはこの大陸に設置されている八つの石門だ。この門を制すれば流通を制することができるので、過去から国々が奪い合いをしている。現在は落ち着いてはいるが……はい嘘です。ユニバンスが大国から奪取したおかげでかなりの騒ぎになりました。


 基本ゲートは午前中に時計回りで人と物を運び、午後に反時計回りで人と物を運ぶ。

 特別に高額の料金を支払うと正午の時刻にのみ特定の場所に転移をさせてくれる。今回の僕たちはこれを使って西部へ飛ぶ。何せ我が家はお金持ちですから。


「……」

「ノイエさん?」


 ポーラの姿を借りて語った悪魔がまたどこかへ走って行く。それを追いかけるのは特別転移の手続きと支払いを済ませたミネルバさんだ。あの人も休む暇が無いな。


 一度ポーラの背中に向けた視線をまた隣に向ける。ノイエがべったりだ。離れる気配は無い。


「どうかしたの?」

「分からない」


 小さく首を傾げてノイエが僕を見つめる。


「胸の奥が痛い。これが寂しい?」

「分からないよ。でもノイエがそう思うんならそうじゃないかな?」

「はい」


 増々甘えが強くなる。

 と言うかノイエが寂しがっている理由が良く分からない。実は王都から離れたくない? ノイエに限ってそれは無いな。僕と一緒なら喜んで地の果てまで行ってくれる。行くよね?


 だったら……そう言えばノイエって周りの感情に敏感だと悪魔が言ってたな。なら誰かが僕らの西部行きを嫌がっている? と言うか寂しがっている?


 そんな殊勝な人物が僕の傍に……居た。


「これこれ。コロネよ」

「はい?」


 ノイエ用の非常食を抱えているチビメイドを呼ぶ。

 相変わらず大きすぎる右腕が目につくが仕方ない。義碗だし、作った悪魔が全力で趣味に走った結果だしね。


「何でしょうか?」

「うむ。ポーラが居なくなるけど頑張れ」

「はい。頑張ります」


 おや? 何かリアクションが違うような?


 その目をキラキラと輝かせたコロネがグッと両手を胸の前で握りしめた。

 って君が持っていた非常食の串焼きはどこに消えた?

 ノイエのアホ毛かっ! 相変わらず仕事の速いっ!


「お姉さまの期待に応えてみせます」

「うむ。ん~」


 だからリアクションが違う。


「うん。駄目だ」


 確定。このままではいけない。


「ダメって何がですか?」

「決まっている!」


 ビシッとコロネを指さす。


「君はポーラを慕い過ぎだ!」


 突然の僕の言葉にコロネが狼狽える。


「……だって凄く頼りになる先輩ですし、私の憧れですし」

「その感情は常に胸の奥にしまい込めっ!」

「なっ!」


 僕の宣言にコロネが目を丸くした。


「良いか! 君はポーラに対抗心を持つべきなのだ!」

「えっ? それこそ無駄です。だって先輩は何でも完璧で……」

「甘ったれるな!」

「どこがっ!」


 そう。コロネは甘えているのだ。


「そう言って楽な方に逃れるな! 目の前の壁が高いからって最初から諦めたらそこで終了だ。乗り越えろよ! 君ならできる!」

「無理です」

「だから諦めるなって! まず君はその口調から直すべきだ!」

「口調って……これは生まれた時からの、」

「直せ。当主命令です」

「横暴なっ!」


 何とでも言え。


「僕らは君を一人前の“ツン”に育て上げるとある人物と誓ったのだ。故にどんな横暴でも口にしよう。嫌われても命じよう。ポーラに対抗する人になれと!」

「……旦那さま。頭の方は大丈夫ですか?」

「失礼だな? ちょっと寝不足なだけだ」

「今すぐ寝てください!」


 何を言う? この状態で仮眠にでも行ったらノイエが牙を剥いて僕に襲い掛かるよ? それがノイエだよ?


「今は君の加工……教育の方が大切です」

「今、加工って言った! 絶対に言った!」


 気のせいだ。ちょっと噛んだだけだって。


「これからポーラが戻って来るまで練習です。ちゃんと付いて来い」

「いやだ~!」


 泣き叫んでも許さない。君は立派なツンになるのだ。




「これで良し」


 ゲートの傍。ちょっとした死角で、下準備を終えた人物は軽く手をポンポンと叩いた。

 今回は特に何もしない。ただ姉である人物の魔力をちょ~っと多く回収するチャンスを得ただけだ。故に全力で回収させてもらう。


「ポーラ様~」

「は~い」


 監視が来てしまったので仕方なく体を弟子に返す。

 元に戻ったポーラは今一度深いため息を吐いて……気分を入れ替えた。


「せんぱい」

「ポーラ様」


 慌てた様子でミネルバが姿を確認するや駆けて来た。


「ダメですよ。ポーラ様。このような場所で私から離れたりしたら」

「ごめんなさい」

「もう。ポーラ様は本当に愛らしい娘ですから人攫いに会うかもしれないんですよ?」

「きをつけます」


 笑顔で返事をすると先輩メイドはため息を吐いた。


「なら旦那様たちの所へ戻ります。転移する正午までまだ時間はありますから」

「はい」


 並んで歩きだした先輩メイドをポーラは何となく見あげた。

 やはりだ。勘違いではないらしい。


「前を見て歩いてください。転んだりしたら危ないですよ?」

「はい。なら」


 そっと手を伸ばしポーラは先輩の手を掴んだ。

 驚いた様子でミネルバがポーラを見つめる。


「これでころびません」

「……旦那様たちが居る場所までですからね?」

「はい」


 笑みを浮かべポーラは頷く。


 凄く寂しそうな先輩が……これで少しは笑ってくれるのならばと思いながら。




~あとがき~


 寂しがっているのは子供とは限らないって話です。


 西部に行く前に…ようやくゲートまで来たよ。

 そして暗躍する刻印さんと馬鹿をする主人公。

 コロネの運命やいかに?


 次回は魔眼に戻るか、コロネのツン化が進むのか…執筆する時に受信した電波次第ですw




© 2022 甲斐八雲

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