まさかの同性愛者かっ!

 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「……」


 プチストーカーが僕の目の前にいる。机の陰に身を潜ませて覗いている。ストーカーは言い過ぎか。あれだ。憧れの人物を追い回す後輩キャラのような……人はそれをストーカーと言うのか?


 キラキラと目を輝かせてクレアの馬鹿がずっと観察している。観察対象はホリーだ。

 昨日出て来てからまだ時間があるので城に連れ込んだ。連れ込んだは言葉が悪いな。


 ホリーはソファーに腰かけ書類の山を流れる動作で処理していく。右から左へ流れるように書類の山が消えていく。本当に事務仕事が溜まった時ほどホリーの存在が有難く思える。


「ノイエ。もう少し軽く揉んで」

「はい」


 納得いかないのはノイエがホリーの秘書のようだ。

 秘書にもなっていないか。ただのマッサージ係だ。さっきからずっとホリーの肩を揉んでいる。

 時折胸を下から持ち上げて支えている時がある。やはりあれは重いのか。揉んでるときには気にならないけれど。


 ポーラとコロネがその様子に自分の胸を手で押さえて真っ白な灰になっていた。

 チビ姫はこの部屋に来るなりその姿を見て……泣きながら帰って行った。今日は実に平和だ。


 で、貧乳同盟の1人であるクレアは、ホリーの巨乳のことなど忘れてずっと仕事の様子を観察している。見て学ぶのは悪いことではない。ただホリーの仕事風景って本当に見ているのかと思う程に速いんだよね。


 あれで本当に見ているから怖い。今も書類の一枚を弾いた。

 誤記の箱に納まった様子からそう言うことなのだろう。


「アルグちゃん」

「はい?」


 視線は書類に向けられたままホリーが声をかけて来る。その横顔は普通に美人だ。


「西部に行くのは良いのだけれど、全く情報が無いわね。どういうこと?」

「痛い所を突かないでよ~」

「……怠慢?」


 頑張っているんですよ。本当に。


「本当にそれが限界っぽいです」


 一応馬鹿兄貴が密偵衆を動員して西部に派遣したらしいがまだ日が短い。

 何より情報統制が厳しいらしく全く持って全然新情報が上がってこないとか。


「このままだと何の準備も出来ずに向かうことになるわよ?」

「ですよね~」


 会話をしながらホリーの手は止まらない。

 と言うか今見ているのは演芸区(仮)の予算案の類じゃなかったっけ? 何をどうしたらそれを見ていたら西部の話になるのでしょうか? 貴女の頭の中の構造ってどうなってるの?


「どうする気?」

「一応先生を呼んで相談する予定」

「何を?」

「逃走手段」


 迷わないよ? 僕は勝てない喧嘩をする趣味は無い。

 もし何かの間違いが起きて誰かを喪うことになるくらいなら全力で逃げる。


 書類を見る手を止めてホリーがこっちを見つめて来た。


「……最低限の助言はしてあげるからもっと情報を集めなさい」

「了解しました」


 ホリーはそう言うと手にしていた書類を山に戻した。もう終わったの?


「終わり?」

「ええ。今回は歯ごたえが無かったわね」

「「……」」


 流石の言葉に僕は何も言えなくなる。クレアに至っては頬を引き攣らせているが、ホリーを尊敬の眼差しで見つめている。

 そろそろツッコミが必要か? お漏らし娘よ?


「働け」

「……はい」


 ホリーの姿を眺めているなら仕事をしろと言いたい。

 クレアも自分の仕事に戻り書類作成を開始した。


「さてと」

「ん?」


 おもむろにホリーは立ち上がると……ノイエさん? 黒子のようにホリーの胸を支えてないで。何しているのお嫁さん。


「そろそろね。付き合いなさい」

「えっと……」


 まさか息抜きでお城でですか?


 確かに何か所か空き部屋が存在しているけれど、実はメイドさんたちが細かくチェックしているらしい。今からそこで営みを始めると色々とヤバいから。

 するなら僕の個室に向かうしかない。尖塔の何処かに存在していると言う個室にだ。そんな場所に入ったらホリーに監禁されそうで怖いけど。


「私の顔に何か付いてるの? 難しい顔をして」

「いいえ。ただ説明が足らなくてね」

「全く……貴方は」


 呆れるホリーが肩を竦める。

 ただ背後からノイエが手を回して彼女の胸を支えているが……どうした? 今日は巨乳自慢が凄いな。


 あっちの子供メイドたちを見なさい。精神に大ダメージを受け膝から崩れ落ちているぞ。コロネに至っては床に伏して泣いている。

 ただコロネの方がまだ可能性はあるはずだ。しっかり食べて脂肪を得れば胸も育つさ。お腹に脂肪が回らないように注意も必要だけどね。


「何処見てるのよ?」

「大変立派な物ですかね」

「……」


 ノイエのアホ毛が暴れ出したのでこれ以上の発言は気を付けよう。


「まあ良いわ。そろそろよ」

「だから何が?」


 と……部屋の扉が開いた。

 やって来たのは二代目メイド長様だ。


「アルグスタ様。失礼します」

「何でしょう? フレアさん」

「はい。実は陛下よりの指示でホリー様をお迎えに」

「はい?」


 お兄様がホリーを? チビ姫のちっパイばかり見ていて色々と飽きたか?


「何故にホリーを?」

「はい。色々と政策のご助言を得られればと」

「……」


 えっとウチの姉が知らない間に国の政治顧問的な扱いになっているのですが?


 リアクションに悩む僕をスルーし、フレアさんはホリーを連れて行こうとしている。


 あの~。その人はあの日の一件は冤罪だと言うことで片付けましたけど、その前の事件は冤罪じゃなくて確りちゃっかりやった人なので立派な犯罪者なんですけどね。殺人鬼なのですけどね。


「手短にお願いね」

「分かっています」

「ノイエもこのまま来なさい」

「はい」


 一体誰が主人なのか疑問に思うほど、主の振る舞いを見せるホリーが部屋を出て行った。

 その背にノイエを張り付けて……胸を支えさせてだ。


「何で今日のホリーってあんな巨乳自慢?」


 理由は分からない。終始あれだ。


「お屋敷にブラジャーを忘れたと言うので今先輩が買いに行ってます」

「あっそう」


 片目を閉じた妹様の発言に軽く頷いておく。

 だからか。何よりどうして忘れた?今朝は……ホリーに抱きしめられた状態で起床した。

 そして拘束を解いたノイエが乱入して来てゴチャゴチャしている間に出かける時間になったんだった。


 あの時か。『お姉ちゃん。これ欲しい』とか言ってノイエが揉んでいた時か?


「出来たらブラジャーの寸法修正でバックヤードの主を連れて来てくれると助かるんだけどな」


 コリーさんが来てくれれば流石のホリーも大人しくなるからな。

 ミネルバさんがそこまでしてくれるのを期待するのは酷か?


「失礼します」

「はい?」


 ホリーたちが出て行き開きっぱなしの出入り口にメイドさんが居た。

 チビ姫の専属メイドさんだ。今日は義腕と義足姿らしく生身を晒している。


「アルグスタ様に商会の代表を名乗る者たちが」

「あ~。ようやく来たのね」


 エバーヘッケ家の借金取りたちが。


「ポーラ」

「はい。にいさま」


 両目を開いた妹様が僕の声に反応する。

 そこの床に伸びている妹分を起こしてやれよ。


「商会の対応を君に一任します」

「……」


 キュッとポーラの表情が引き締まった。


「ドラグナイト家らしく確りと勝って来なさい」

「かしこまりました」


 軽くスカートを抓んで一礼したポーラは、床に伸びているコロネを掴んで引き摺って行った。


 しまった。気づけば護衛が誰も居なくなってしまったよ。


「で、帰らないの?」

「はい」


 チビ姫のメイドさんが何故か部屋に残ってくれた。


「本日は王妃様が枕を濡らしているので急遽暇になりまして」

「あ~。何故か巨乳を呪いながら逃げ出して行ったね」

「そうですか」


 あれ? このメイドさん……まさか自分の胸の大きさに動じない女性か?


「胸の大きな人をどう思います?」

「……重くて動きづらそうかと」


 全く動じないぞ。凄いよこの人。


「それに小さくとも『好き』と言ってくれれば1人でも居れば幸せかと」

「なるほど」


 大変深いお言葉だな。


「まあ私にそう言ってくれる人も胸の大きな女性なのですが」


 まさかの同性愛者かっ!


 驚愕の事実に……僕は仕事に没頭することとした。




~あとがき~


 ホリーが居れば事務仕事がはかどるのです。

 ですがその才能を知る陛下は逃しません。大至急人員を招集してホリーを迎えて会議です。

 そして本日のノイエさんはブラジャーです。基本ホリーは彼と妹以外に触れられたくないですしね。


 レイザは同性愛者ではありません。

 ただネルネという相手が居るだけで…実は両刀なのか?




© 2022 甲斐八雲

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