“ヴァルキュリアの乙女たち”

 ユニバンス王国・西部エバーヘッケ家



「馬、怖い……」

「ヒヒン」

「ひぃっ」


『怖くない』と言いたげな馬の鳴き声にコロネが怯える。

 怖くない。怖くないぞ。そっと手を伸ばして鼻を撫でてあげると……絶対にこの子はナガトより性格が良いな。甘えて来る仕草とか可愛らしいじゃないか。


 買って帰るか? ウチの子になるか? 僕の乗馬にしても良いぞ?


 鼻を撫でていたらコロネも興味を持ったのか恐る恐る手を伸ばしてくる。


「プルル」

「ひぅっ」


 馬が顔を向けるとついでに嘶くもんだから、またコロネが怯えて手を引っ込めてしまう。

 そんなコロネの様子に馬もしょんぼりしている。中々に人の表情を見る子だな。


「あ~。何でもその子は人の手で育てられたから人が好きらしいよ~」


 走って来た変態がその言葉を残し駆け抜けていく。その背にはノイエが狙っているチビを背負って……おぉ。目隠ししたままノイエが走って来るよ。

 足元の馬糞を完璧に避けて……アホ毛センサーに頼らずに走っていますか? 心眼を極めましたかお嫁さん?


 そのままノイエも走り去っていく。


「なるほど」


 ミシュの言葉が正しければこの馬はコロネと遊びたいのだろう。


「ほれ問題児」

「うきゃっ」


 脇に手を当ててコロネを持ち上げて馬の背に乗せる。

 奇声を上げて背に座ったコロネは、そのまま馬の首に抱き着いて……睨むな睨むな。


 色んな感情が混ざり合った視線を向けて来ながらコロネがプルプルと震えている。


「人だったら言葉で表現なさい」

「……高い。馬鹿」

「なるほど」


 そのまま軽く馬の尻を叩いてやるとのんびりと歩き出す。

 悲鳴を上げて馬の首に抱き着いたコロネは……放牧地を一周でもすれば帰って来るだろう。

 遠ざかる馬と少女を見送り次は何をしようか悩む。


 僕はここに何しに来たんだっけ?


 確かルッテとメッツェ君の結婚報告だ。彼の両親の挨拶に付き合っただけだ。上司として部下のお世話をしつつ、この国にとって重要人物の1人であるルッテの警護だ。


 ちなみにこの国にとっての最重要人物は僕らしい。次いで陛下とノイエになるとか。

 僕の祝福はドラゴン限定で最強だからそんな扱いらしい。それ以下は前王夫妻とか馬鹿兄貴とかルッテとかがノミネートして来る。


 あのおっぱいが自分の重要性を知ったら心不全でポックリ逝きそうだな。胸の肉が厚過ぎて心臓マッサージとか伝わらなさそうだし……今度リグが出てきたら実験してみようかな?

 ただの興味だから意味は無い。深い意味は無い。僕は足も好きです先生っ!


「あっそうだ。アイルローゼに用があるんだった」


 厳密に言えばあの馬鹿従姉だが認めたくない。それに恩を売るぐらいなら僕は苦難の道を選ぶ。


「で、マツバさん」

「何かな?」


 放牧地で仰向けで寝ている変態を発見した。馬に踏まれて死ぬよ?


「……覗き?」

「愛しき君限定だ。案ずるな」


 その点は信用している。この変態はミシュにしか発情しない。

 ロリならばとポーラやコロネに反応しそうだが無反応だ。ミシュという最高の存在を知ってもうその辺の幼子では興奮しないらしい。その部分は僕も良く分かる。ノイエが居れば僕も……姉たちが含まれるから僕の方が不純か? まさかこの変態に負けるとは。


「して何か用かね。友よ」

「うん。まあね」


 マツバさんより少し離れた柵に寄り掛かるようにして座る。ミシュがやって来てマツバさんの上を飛び越えて行った。

 お宅の嫁は本日ズボンを穿いていますがあれで良いんですか? 股の躍動感に激しい興奮を覚える? なるほど……流石変態を極めし変態だ。

 と、何故かノイエが遠回りをして僕の上を飛び越えて行った。もう実は見えているでしょう?


「友の細君も中々に凄いな」

「うん」


 股の躍動感の意味が分かった。下着が食い込んでて……絶景でした。

 屋敷に戻ったら頑張ろう。出先でハッスルするのは恥ずかしいしな。


「話を戻してマツバさん」

「何かね?」

「……神聖国って強いの?」


 その問いに彼は体を起こした。

 コロネを乗せた馬がやって来てマツバさんが横になっていた辺りを踏んで行ったが偶然か? ちなみにコロネは馬に慣れたのか首に抱き着いて辺りを眺める余裕すら見せている。

 こっちに顔を向けて小さく舌を出したのは見逃していたことにしよう。見逃したからね? ポーラがコロネにきつい視線を向けているから心の中で妹様にそう告げておく。


 あとあの馬は買って帰ろう。たぶんコロネが欲しがりそうだ。そうなると屋敷の外の馬房の数も増やさないとな。放牧用に柵を作って……ドラゴン対策を考えないと。こんな時は悪魔に丸投げだな。あの悪魔ならどうにかするだろう。


 相手の答えが出るまで思考を脱線させていたら……マツバさんがゆっくりと口を開いた。


「友と細君のみでは勝てないだろうな」

「そんなに強いの?」


 ビックリだ。自慢じゃないが僕ら夫婦で共和国を大混乱させたんですけど知らないの? 知ってての判断なの? マジで?


「我が一族で仮に攻めたとしても……10日とかからずに鎮圧されるだろうな」

「本気で?」

「ああ。友は西部についてどこまで知っている?」

「あ~」


 実はあまり知らない。

 ユニバンスの関係者で西部を一番詳しく知るのは叔母様だ。でもあくまで仕事で出向いただけで叔母様もそんなに詳しくは知らないらしい。


「何より神聖国って情報統制が厳しいんだよね」

「うむ。それがあの国の特徴でもある」


 僕らが知るのは女王が支配していると言うことぐらいと、国家運営が中東な感じってことくらいかな?


「商人も商いをする場所を決められていて国の中枢に入ることを禁止されている」


 モミジさんも同じようなことを言っていた。


 サツキ村が身を寄せている小国の国王様ですら国の中枢に入ることは許されないらしい。指定された場所で大臣クラスの人物との謁見が限界とか。


「だから行商人たちは神聖国の外に存在する国々と積極的に商いをしているんだよね?」

「そうだ。ウチの村のように騙されていた場所も多く存在するだろうが」


 マツバさんは苦笑しているが、この件に関してはサツキ村には同情しない。

 騙されたのは相場の確認を怠っていたことが原因だ。出入りの商人を固定していたのも良くない。やはり広く集って商いを行わないのが良くない。


 智識が無かったとはいえ努力を怠って損をしていたのは損ではない。損だと気付いていなかったんだから損にならない。仮に別の呼び方をするなら授業料かな。どれほどの期間支払っていたのかは知らないけどね。


「で、そんな殿様経営が出来るほどに神聖国は強いと?」

「強い」

「マツバさんが動いたら?」

「ふむ」


 どうやら彼は自分という戦力を差っ引いていたらしい。

 本当に俗世間に興味を持たない人だな。

 モミジさんが言うにはマツバさんはサツキ家最強だと言う……それも歴代の当主たちがたどり着けなかった頂にあっさりと手をかけて登り切った本物の天才だとか。


 僕の目から見ている分には、ミシュの尻を追い回す変態でしかないけどね。


「それでも勝てんな」

「本気で?」

「ああ。あの国には厄介な存在が居るんだよ」


 唐突にそう言ってマツバさんが横になる。


 またやって来たミシュが彼の上を通り過ぎ……僕も顔を上げて待っているとノイエが通り過ぎた。器用に通り過ぎながら下着をクイクイと直す辺りがノイエの凄い所だ。

 今のは下着を直したんだよね? 寄せてないよね?


「それで厄介な相手って?」


 コロネを乗せた馬が逃げていく。その後をポーラを乗せた馬が追いかけている。

 僕からのアイコンタクトは通じなかったらしい。頑張れコロネの馬よ。ただポーラの馬の方が速そうだな。


「友はペガサスと呼ばれる馬を知っているか?」

「僕が知る馬ならね」


 羽根の生えたアイツらでしょう?


「その馬に跨り雷撃の魔法だけを上空から放って来る魔法使いが多く居る」

「……」


 何それ怖い?


「あの国ではそれが“ヴァルキュリアの乙女たち”と呼ばれている」


 ふむ。オタク臭が半端ないネーミングだな。犯人は悪魔か?




~あとがき~


 馬を買えば帰れる状態なんですけどね。

 ノイエさんだけは別の物をお持ち帰りしたいご様子ですがw


 マツバさんは変態モードで無ければ普通に優秀です。

 神聖国の戦力とユニバンスの最高戦力を見比べて…主人公たちの負けと判断しました。


 で、ヴァルキュリアの乙女たちって…先に敵の最大戦力の名がw




© 2022 甲斐八雲

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