ばか。だいっきらい

 ユニバンス王国・西部エバーヘッケ家



 借りた部屋でノイエが絶望に暮れる。


 ノイエは基本こだわり派だ。枕とベッドが変わると眠れなくなる。

 せめてどちらか片方でも妥協できればどうにかなるが、両方アウトだと打つ手がない。アホ毛が鮮度を失ったカイワレ大根ほどに芯を失ってへんにゃりとする。

 今のノイエがまさにそれだ。


「枕……」

「ねえさまっ!」


 駆けこんで来たポーラがベッドの上に枕を置いた。持って来ていた物を運んでくれたらしい。

 ふかふかのノイエが好んで使っている枕だ。ただしサイズが大きい。抱き枕くらいに大きい。

 パンパンと叩いて感触を確かめたノイエが枕を抱きしめる。やはり使用用途は抱き枕か。


「アルグ様」

「なに?」


 ポーラが余計な明かりを消して回っているのを眺めながら、僕も羽織っていた上着を脱ぐ。

 今夜は流石にノイエさんの大人しく寝てくれることを認めてくれた。と言うか帰ってから頑張ると何度も伝えてどうにか説得したのが事実だが。


「背中」

「ん?」

「ギュッて」

「了解です」


 枕を抱きしめるノイエが甘えて来る。


 借り受けた部屋のベッドは普段使っている物の半分以下の大きさしかない。それでもダブルサイズはありそうだけど、ノイエ的には小さいらしい。

 何でノイエが大きなベッドを求めるのだろうと考えれば答えなんてあっさりと思い浮かんだ。

 ノイエは常に『家族』と一緒を想定している。だから小さなベッドはノイエ的には寂しい象徴となるのだ。


「今日のノイエはちょっと冷たいね」

「はい」


 抱きしめたノイエが背中を僕に押し付けて来る。甘えが凄い。


「にいさま。あかりをおとしますね」

「ありがとう。ポーラもお休み」

「はい」


 フッと最後のランプが消され、薄い月明かりが部屋に差し込んで来る。

 普通ならカーテンを閉めるんだけど、今夜は薄雲の中に月が見えるから開けっ放しにしておいた。


 ノイエが眠るまで優しく抱きしめて……ゆっくりと僕も眠りに落ちた。




 深夜に目が覚めた。


 原因はノイエの寝返りで彼女の肘が僕のお腹を抉ったからだ。余りの激痛に悶絶し、眠気が全て吹き飛んだ。それでも犯人のノイエは枕を抱きしめて寝たままだ。

 その可愛らしい寝顔に全てを許してしまう。


「とは言え眠気がな~」


 頭を掻いてベッドから出る。

 夜明けはまだ遠そうだから……少しぐらい散歩して気分転換だな。


 静かに部屋を抜け出してのんびりとエバーヘッケ家の中を散歩する。


 現在この屋敷に居るのは僕らを除けば、夫婦の寝室にエバーヘッケ家夫妻とミシュの部屋にミシュとマツバさん。メッツェ君の部屋にメッツェ君とルッテだ。


 一応2人ともエバーヘッケ家の当主夫妻に挨拶をした。挨拶をして結婚が認められた。

 手を取り合って喜ぶメッツェ君とルッテの様子は大変微笑ましく、早々にワインを手にして飲みだしたミシュとマツバさんはドライすぎるだろう?

 まあこの2人の結婚は形だけで、本当に結婚するかはここからのマツバさん次第らしい。

 頑張れ友よ。何をどう頑張るのかは知らないが。


 ミシュの部屋の前に来て扉に聞き耳を立てる。

 静かだ。あの性獣がしていないだと? 本当に形だけなんだな。


 ついでメッツェ君の部屋に移動する。

 こっちも静かだ。まさかすることをして寝ているのか? 確認がてら扉のノブを捻ったら開いたので中を覗いてみる。


 メッツェ君のベッドはシングルサイズだ。

 そのベッドで新婚さんは仲良く抱き合って寝ていた。

 やっていた感じはしない。と言うかメッツェ君は呼吸できるのか? ルッテの胸に完全に沈んでいるけれど……それで死んだら男として本望か。逝って来い。


 部屋を出て散歩を再開する。


 この奥ってエバーヘッケ家夫妻の部屋だっけ?

 幼い子供たちは親戚の家に預けているらしい。明日挨拶に来るらしいが、僕らが滞在している間は親戚の屋敷で過ごすとか。

 理由はポーラたちが借りて使っている部屋が子供たちの部屋だからだ。


 足を動かし夫妻の部屋の前に。


『若い男に色目を使って! こうか! これが良いのか!』『あふん! やっぱり貴方の調教は最高……』


 静かに扉から耳を放す。


 夕飯後にメッツェ君から聞いた話だと、ミシュママがマルフィさんに求婚したと言う。

 その理由は謎だったが、料理のお手伝いに来ていた近所のオバサンが言うには……マルフィさんは昔からどんな暴れ馬でも手懐ける天才だったらしい。


 それを聞いている途中で意識を閉ざしたから結末は知らん。

 今の様子を鑑みると……マルフィさんの調教技術は馬以外にも有効なのだろう。


 後はポーラたちの部屋だが、このまま近づくとポーラのことだから起きて来そうだ。

 それは悪いから外へ足を向け、サンダルっぽい物を履いて1階から外へ出る。


 月明かりが薄く辺りを照らしていた。


 椅子にでも座って……と思い辺りを見渡すと、遠い場所で石に腰かけた小さな存在を見つけた。

 たぶんコロネだ。着ている長袖の右腕でブラブラとしている。寝る時は義腕を外しているんだろう。


「だからあれは元暗殺者だから不用意に近づかない方が良いと思うんだけどね」

「何処から出て来たこの変態め」

「私の実家だし……何処からでも現れるわよ」

「それは怖いな」


 屋敷の2階部分からミシュが降りて来た。

 音もなく着地した変態は、かなりラフな格好をしていた。


「シャツ1枚?」

「私は昔から寝る時はこれだけど?」

「そっか」


 子供っぽいとは言わないでおこう。戸籍上はもう人妻だ。


「で、アルグスタ様」

「ほい?」

「あれって少なくともアンタの命を狙った暗殺者でしょう?」

「何処でそれを?」

「化け物婆から直でね。一応監視して、」


 いつの間にかにミシュの右手には短剣が握られていた。


「まだ諦めていないのなら始末しろってさ」


 本当に物騒な。


「だったら引き取るなと言いたい」

「それはあの婆ならどんな暗殺者も矯正できるからね」


 納得だ。


「だったらポーラに預けるなとも言いたい」

「それは……あの子が何処まで非情になれるか見たかったんじゃないの?」

「だからウチの子だと何度も言っておろう」


 本当にあの叔母様は自由すぎて困る。諦めが悪いと言う方が正しいのか?


 呆れつつ息を吐いて僕はゆっくりと歩き出す。向かう先はコロネの元へ。


「さっさと済ましてくれる? 眠いから」

「なら寝ろ」

「あれが居るから寝るに寝れなくてね」

「惚気か?」


 ミシュが石を蹴って来たから慌てて逃げ出した。


 実は照れているのか? ミシュにそれは無いか。




「おい。不良娘」

「っ!」


 背後から声をかけるとコロネが慌てて振り返った。

 コイツは本当に暗殺者だったのか? それとも僕の周りが異常すぎるだけか?


「こんな夜中に勝手に家を抜け出して何をしている? ポーラが気づいたら心配するぞ?」

「……気づいてるから」

「まあな」


 仮にポーラが気づいてなくとも一緒に居るミネルバさんが気づいているはずだ。あれはハルムント印の最強メイドだしな。

 ただポーラと一緒に寝ててトリップしている不安はある。仕事の方を優先してくれると信じたいが。


 コロネは僕から視線を外すと顔を月へと向け直した。その背後に立って相手の様子を伺う。


「月を見るのが好きなのか?」

「……違う。でもずっと憧れてた」

「何を?」

「檻のような部屋からずっとあれを見てたから」


 ポツリポツリとコロネが自分の境遇を語る。


 祝福を持っていると知られブルーグ家に買われたコロネは、それからずっと暗殺技術を叩きこまれたらしい。人殺しなんてしたくはないけれど、できなければ暴力と食事抜きが待っている。

 空腹に目を回しながら……買われてきた奴隷を殺してその技術を磨いたらしい。


「寝る前にこうして月を見あげて『自由になりたい』っていつも思ってた。願ってた」

「そっか」

「叶わないで死ぬんだとずっと思ってた」

「そっか」


 手を伸ばしてポンポンとコロネの頭を撫でてやる。


「安心しろ。ウチでメイドをしている限りは、死ぬほど仕事を押し付けて早く死にたいと思わせてやるから」

「何それ?」


 コロネが苦笑したように鼻で笑う。


「死にたいと思えるのは生きている証拠だ。それから生きたいに変化させ、どう生きたいかを考えるのが、これからのコロネの人生だ。さあ頑張って好きに生きろ。自由っていうのも中々に難しいから」

「……本当に嫌なヤツ」


 笑ってもう一度ポンポンとコロネの頭を叩いてやる。

 まあ好きなだけ月を見なさい。それが今の君が楽しめる自由なんだから。


 相手に背を向けて僕は屋敷へ向かい歩き出す。


「ねえ」

「ほい?」


 足を止めて肩越しに振り返ると、立ち上がったコロネがこっちに向かい深々と頭を下げていた。


「……助けてくれてありがとう」


 そんな大したことはしてないって。


「その言葉もお前の自由だよ」

「……ばか。だいっきらい」


 笑いながらヒラヒラと手を振って僕は足を進めた。




~あとがき~


 エバーヘッケ家夫妻に関しては多くは語らず。

 きっと仲の良い夫婦なのでしょうw


 コロネは突然訪れた平和にずっと戸惑いを感じています

 これが全て夢で…目覚めたらまああの地獄が待っているんじゃないのかって。


 でもどうやら現実らしくて…だからこそ迷うんですけどね




© 2022 甲斐八雲

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