アンタ何歳よ!

 ユニバンス王国・西部エバーヘッケ家



「あん? 馬鹿なの? 阿呆なの? 間抜けなの? 何か言いなさいよ。何をどうすればこんな楽しい状況になるのよ。ねえ?」

「……」


 蛇に睨まれた蛙とはこのことだろうか?

 ミシュママが床に伏し、その前に椅子に腰かけ踏ん反り返ったノイエが居る。

 その正体は、ノイエの体を借りたホリーだ。


 持って来られたミシュママの借用書の山を見た瞬間、僕は黙ってノイエに縋った。全力で縋った。股間に顔を埋めて縋りながら乞うた。『お姉ちゃん助けて』と。


「だってもう貸してくれるところが~」

「だからって同じ商会ばかりにこんなに借りて」

「だって~」

「これなんて名前を変えただけで同じ系列よ」

「でもでも名前が違うし~」

「あん? サインしている人物が同じよ。筆跡が同じ。見れば分かるでしょうが」

「分からないです~」


 弱い者いじめだな。


「ホリーさん」

「……何よ」

「少しだけこう言葉を押さえて」

「無理ね」


 言い捨ててホリーが次なる書類を手にした。

 ホリーが出て来ると同時に呼び戻されたポーラが大急ぎで纏めた書類だ。


 頑張った妹様はコロネが淹れた紅茶にダメ出ししている。容赦ない。


「良い? この家の去年の収入がこれ。で、今年の支払うべき金利がこれ。分かる?」

「うっわ~い。収入の倍だね」

「そうよ。この金利にまだ出費が増えるのよ」

「増えるの?」

「増えるわ。人は生きている限りお金がかかるから」


 ですよね。水だけ飲んで生きるわけにもいかないしね。


「はっきり言って今年が危ないじゃなくて今年を迎える前から破綻しているの」

「そこを何とか~」

「無理ね。破綻している物を立て直すなんてお金の無駄遣いよ」


 バッサリとホリーが斬り捨てた。

 本当にお金に関してはホリーは容赦ない。と言うか事務仕事を始めるとホリーは容赦が無くなる。頼もしくも見えるが冷たすぎるから見てて引く。


「見捨てるのが一番ね。結婚祝いを置いて帰りましょう」

「慈悲を~」


 ミシュママが僕の股間に顔を押し付けて懇願して来る。

 どこかで見たことのある絵面だ。これがデジャヴと言う奴か?


「どうかご慈悲を~」

「と言ってもウチの会計は見捨てる方向で」

「そこを何とか~」


 必死に相手の頭に手を置いて引き剥がそうとするけれど、相手の手が腰に回ってガッチリと。

 と言うか物凄く生温かな空気を股間に感じるのですが! 放して……放せ~! 尻に指の動きを感じる。絶対に良からぬ何かを企んでいる指の動きを感じる!


「救う方法はあるわよ」

「それは何でしょうか! って何処に指を入れる気だ~!」

「あはは……若い男の人の匂いが……物凄く疼くわ~」


 ヘルプ! ホリーさん助けて!


 救いの目を向けたら……ホリーさんは大変穏やかな瞳で僕を見つめる。

 その目が『何と引き換えに?』と雄弁に語っているように思えたのは気のせいだろうか?


「望むままに!」

「乗った!」


 交渉成立だ。

 ホリーの髪が動きスルスルとミシュママの四肢と首に巻き着く。

 あっという間に……窒息しませんかそれ?


「で、解決方法を聞く気はあるの?」

「はっ! 若い男の性に我を忘れてしまったわ~」

「気持ちは分かるけど彼は私の物だから」

「あんな立派な物を独り占め! なんて酷いの……これが国の英雄なのね」


 何かしらの戦いが始まって終わったらしい。ただ2人して僕を見る目が怖いです。

 2人して股間を見つめているのです。何この同系列の危ない視線は?


「とりあえず解決方法を!」


 身の危険しか感じないので声を張り上げて誤魔化す。

 だから話を進めて! どうしてニタニタしながら君たちはアイコンタクトを交わすの? 交わしているの?


「まあ良いわ。解決方法を説明しますか」


 ホリーさんが椅子に座り直して膝を組む。


「まず破産なさい」

「「……」」


 唐突に凄いことを言い出したよ。


「と言うかこのまま放置していれば勝手に破産するんでしょ?」

「それじゃあダメなのよ」

「……具体的に説明していただくと?」

「そうね。具体的にと言うならまず経済から語ろうかしら?」


 何故か地雷を踏み抜いてしまったらしい。


 コンコンとホリーに経済について語られ、気づけば正座して聞いていた。決して逆らえる雰囲気じゃなかったからであって、女王様然とした彼女の様子に屈したわけでもない。


 ポーラもコロネも僕の横で話を聞いている。ポーラは真面目に速記の技術を発揮してホリーの言葉を書き残し、コロネはその目をハートにしてお言葉を聞いている感じだ。

 1人だけ絶対に違う何かを感じている。


「と言う訳で破産なさい。今日中に」

「……」


 一番の被害者であるミシュママは床に伏している。気づけば最初に戻ったな。


「たぶん商会主たちはそれを聞いて飛んで来るわ。彼らが欲しいのはこの家じゃない。王国で有数の馬産地の1つであるエバーヘッケ家の名前よ」

「それが分からないんですけど?」


 経済トークで脱線していますが、僕は具体的な解決法を聞いてません。


「簡単に言えば、王都で一番の菓子店は?」

「にいさまのおみせです」


 淀みなく迷いなくポーラが答えた。と言うかあの趣味の店が王都で一番なの?


「正解よ」


 正解なんだ。


「それで新規参入する者が簡単に一番になる方法は?」

「にいさまのみせをかいとることです」

「それも正解。でもそれは出来ない」

「はい。にいさまはうりません」

「ええ。だからこその借金なのよ」


 話は見えました。見えましたが、王都で有数の菓子店の話が……そうか。ここ数年東部は草競馬が大盛り上がりだ。


「この商会は西部で有名なエバーヘッケ家の名前が欲しいと?」

「ええそうよ。でも商人は簡単に貴族の名前を手に入れられない」

「方法としてはその家と縁戚関係になって……その手があったか!」


 どうして気付かなかったんだ。


「それを使っていればもっと楽にミシュを結婚させられたというのに!」

「アルグちゃん。流石に言葉が酷すぎるわよ?」


 ホリーさん。貴女にだけには言われたくないわ。


「つまりその商会はミシュの結婚の邪魔を企んでいると?」

「どうかしら? この家で未婚の者は?」

「……まだ数人」


 ミシュママが何故か俯き静かに答えた。

 セーフ。これでミシュが破談になる芽は消えた。


「でもまだ幼くて~」

「あ~。ミシュって見た目あれだけど……ちょっと待て?」


 ミシュの年齢をAとしよう。それにBを加えた数字がCとなる。そのCが今のミシュママの年齢だ。Bの値次第では恐ろしい事実が生じるのですが?


「アンタ何歳よ!」

「女性に年齢を聞くのは失礼です~」

「そういう問題か! どんな若作りを!」

「違います~。私はいつまでも水を弾くプリプリの肌を持った女なのです~」

「そんな馬鹿なっ!」


 まずポーラの腕に水を。良く弾きます。

 コロネは言うまでも無し。ノイエの体を借りているホリーに至って別次元の何かだ。


 で、ミシュママは……本当に水を弾いた。

 何この化け物? 解剖したら不老長寿の謎が解明?


「ちょっと研究機関にお届けしてみる?」

「いや~ん。そんな場所に出向いたら体の隅々までいやらしいことをされて、私ってばきっと快楽に溺れてしまうわ~」

「普通に解剖でしょう?」

「それはそれで興味があるわ~」


 普通死ぬって。


「で、アルグちゃん」

「はい?」

「魔力が辛くなると困るからさっさと片付けたいんだけど」

「……大変申し訳ございませんでした」


 話を戻してホリーの説明を聞く。


 まずエバーヘッケ家は僕に対して今までの借金が可愛く思えるほどの金額を借りて直ぐに破産する。直後僕は取り立てを開始する。ウチは天下のドラグナイト家だ。エバーヘッケの名など興味ない。必要なのは貸した金だ。


 なに? 全然足らないだと? ならば体で払え。昼夜問わず動ける限り全身全霊を持ってご奉仕し続けることになるが仕方あるまい。ぐはははは~!


「もっと体で払うが良い。それもっとだ。もっと」

「あの~。ミシュママさん? さっきから僕の耳元で何を囁いているんですか?」

「……私の未来予想図です~」


 おい人妻。そして子持ち。


「ポーラさん。氷」

「はいです」


 氷柱を抱えて貰ってどこぞの馬鹿には冷静とは何かを思い出してもらう。


「あひ~! この刺激に私の中の何かがトロトロに~!」


 氷柱を抱きしめて人妻が吠える。


 あ~この人やっぱりミシュの母親だ。




~あとがき~


 どんどん何かが剥がれていますがミシュママです。

 書いてて落ち着くのはミシュのままだからでしょうw


 で、この主人公…本当に何しに来たの?




© 2022 甲斐八雲

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