妹の妹を殴るのはダメ

 ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所



「断る。では」


 横になって転がる不思議生物はそのまま逃走しようとして失敗した。

 四方を完全武装し大盾を装備した屈強の男たちが完全包囲しているからだ。


「卑怯な」

「何とでも言って下さ~い」


 輝かんばかりの笑みを浮かべ、長身巨乳の女性が踏ん反り返る。

 ノイエ小隊の筆頭副隊長と言う謎の呼ばれ方をされているルッテは、持てる権力の全てを発揮しもう1人の副隊長の逃走を阻んだ。


 逃げ道を失ったもう1人の副隊長……イーリナは、忸怩たる思いで相手を見上げる。

 巨乳が邪魔で顔が見えないがいつものことだ。


「私とモミジさんが出かけている間だけ隊の運営を任せたいってだけです」

「それが面倒だ。だから断る」

「そうですか」


 懐から紙の束を取り出しルッテはニコリと笑う。


「各所からの請求書がこれだけ貯まっているのですが……そろそろアルグスタ様に提出しましょうか?」

「卑怯な」

「だから何とでも言ってください。私は彼の実家にご挨拶に行くと言う使命があるんです。それを邪魔する者は全て敵です。容赦しません」

「あの上司のような言葉を……」


『ふっ』と鼻で笑い、ルッテは増々胸を張る。


「アルグスタ様は上司としては最低ですが、見習うところは多くある人です。だから私は学びました! 必要であればどんな手段を使ってでも勝ちを得れば良いのだと! だから私は今回だけは容赦を切り捨てました!」


 力説する上司……ルッテの様子を眺めていた部下たちは、それに気づいて道を譲る。

 仕方ない。副隊長よりも上の存在が出てきたら従うしかない。


「敵を打ち破るのであればどんな汚い手段でも使います! 私はアルグスタ様を見て学んだんです! 勝てるなら相手にどんな卑怯な手段を使おうともっ!」

「そろそろその上司様の本気をお前に見せるぞ馬鹿野郎」


 演説をしている馬鹿な部下の尻に、アルグスタは黙って蹴りを入れた。




「で、ルッテさん? 気のせいか失礼な言葉がいっぱい聞こえたんですが?」

「もうしわけごじゃいましぇん」

「ん~? 聞こえんな~?」


 ノイエに教えたパ〇スペシャルがガッチリと決まっているルッテが悲鳴を上げる。

 素晴らしいよノイエさん。そしてポーラとコロネよ。自分の胸を押さえて何やら話し込まない。あの馬鹿娘は栄養が全て身長と胸に集まるように出来ている特殊な生き物なだけですから。


「話の途中から制裁ばかり考えていたが、そもそも君はどうしてあのような暴言を? そろそろ本気で抹殺するぞ?」

「だから~」


 微動だにしないノイエの攻撃に、マジ泣きしながらルッテが全てを吐き出した。


 自分が彼の実家に行っている間だけ隊の管理をあのニートに押し付けようとしたらしい。モミジさんが居るでしょう? はい? 彼女の扱いは平隊員でしたね。何か問題でも? 副隊長が居るならそっちが隊の管理をするのが当たり前と言われた? なるほどね。

 何よりモミジさんは実家に帰る前に彼の仕事を終わらせるために学院に説得しに行った? 完全武装で? それって間違いなく後で請求書が回って来るパターンだよね?


 納得はした。


 で、あそこで逃走しようとして半ば氷漬けになっているニートの請求書って何ですか? 主にハルムント家からの請求ですか? ヤツの給金から天引きするように手配しよう。

 毎月半分ほど天引きしても構わんだろう。あん? 生活できない? 気にするなニート。ニートは水とパンだけで数年生きられると、とある書物に書かれていた。そんな訳はない? ウチのポーラが全力で頷いているから間違いないって。ただあのポーラは悪魔の目をしていたがな。


「つまり君はメッツェ君の家に行っている間、隊の管理を任せようとお願いしただけだと」

「はひっ」

「ふむ」


 全てを理解した。


「あの氷漬けの馬鹿が全て悪いな。ポーラ」

「はい」

「その馬鹿の氷を3倍ほどマシマシで」

「はい」


 ニートの氷が見た感じ5倍ほど増した。氷塊が氷山になった感じだ。


「今日のところはお前の暴言を許そう。結婚祝いだ。喜んでおけ」

「はぁひぃ~!」


 喜ぶルッテからノイエは手を放さない。

 こっちも色々と忙しいから、そっちはそっちで勝手にしててくださいお嫁さん。


「数日だったらモミジさんにでも隊を預けておけ。署名は全てイーリナに押し付けば良い」


 これでお終いっと。


「ノイエ~」

「はい」

「鎧を回収したら屋敷に戻るよ」

「はい」


 ルッテへの攻撃を止めてノイエが自分の鎧を回収に向かう。


 2代目であるノイエの鎧は常にこの待機所に置かれている。

 本来なら初代でも良かったのだが、前回帝国に持って行った時に少々傷んでしまった。無理矢理サイズアップしたのが原因なんだけどね。

 今回はちゃんとした修理と補修を職人さんにお願いしてある。今頃は工房の方で直しを受けているはずだ。


 何故かノイエさんは鎧を着て戻って来た。完全武装だ。


「アルグ様」

「はい?」

「何を殴れば良い?」

「……あそこの氷の塊でも殴っておいて」

「はい」


 嬉々としてノイエがニートを覆う氷を殴りだした。


 ガツガツと殴って氷が砕けていく。

 凄いよノイエさん。君は鉱山に出向いても食べて行けると思います。


 あっという間に氷を破壊し、ノイエは中に詰まっていたボロボロの布切れを掴み上げた。


「これで最後?」

「君が殴ったら本当に最後になるからその辺に捨てておきなさい」

「はい」


 ポイっとノイエはニートを捨てて僕の元に戻って来た。


 その様子が撫でてと言っているように思えたので、全力で撫でておく。

 しばらく撫でるとノイエが満足してくれた。


「さてと。そろそろ……何をしている?」


 気づけばウチの野郎共がポーラとコロネを囲っていた。

 厳密に言えば集って崇めている。知らぬ間にロリコンの集団と化していたのか?


 あ~君たち。ウチの妹たちを囲って何をしている? 美しい姉妹愛に心が洗われている? 分からなくもないが、そっちの小さい方が恐怖で顔色が蒼くなっているぞ?

 いい加減に包囲を解きなさい。そうしないとウチのノイエが暴れちゃうぞ?


 一斉に男たちが引いて整列した。素晴らしい対応だ。

 もう少し判断が遅かったら……お~い。そこの小さな子の周りに竜巻がね。ポーラですら全力回避だと? もしかしてヤバいパターンかっ!


「ノイエっ!」

「はい」

「コロネを制圧して!」

「……ダメ」

「はい?」


 ノイエを見るとアホ毛を怒らせていた。


「妹の妹を殴るのはダメ」

「正論ですね」


 本当にウチのノイエは家族関係になると融通が利かない。

 何か竜巻の数が増えているんですけど! 暴走か? これが暴走なのか?


「全く……世話のかかる暗殺者だ」

「ほえ?」


 ニートが土を纏ってゆっくりとコロネに向かう。


「いや……死ぬのは嫌。死ぬのは嫌。死ぬのは……いやぁ~!」


 野郎共の圧で狂乱状態に陥ったコロネが吠えた。


 竜巻から風の刃っぽい物が溢れその全てがイーリナのゴーレムへと殺到する。だがニートのゴーレムも負けない。その刃を全て食らっても前進を止めない。

 ゴリゴリと土を削られても前進を続け、コロネの前に立ちはだかった。


「死ぬのは」

「もう終われ。それ以上続ければ本当に死ぬぞ」

「死ぬのは……」


 ゴーレムがコロネを抱きかかえ動きを止める。

 全力で抵抗を続ける竜巻を尻目にイーリナはゴーレムの背中を割いて抜け出て来た。まるで着ぐるみを脱ぐアクターのように。


「祝福とは使い過ぎれば力尽きるのだろう?」


 スタスタと歩き木陰に移動したイーリナがそんなことを言ってくる。


「理論的にはその通りだな」


 ぶっちゃけ祝福持ちには弱点がある。

 力を使えば使うほど空腹に苛まれて……見る見る竜巻の数が減って行き、最後の竜巻も消えた。


 ゴーレムの腕の中ではグッタリとしたコロネが白目を剥いている。

 呆気なく燃え尽きましたね。


「ポーラ」

「はい」

「お姉ちゃんとしてちゃんとあれを回収して来なさい」

「……はい」


 若干やる気を失った感じのポーラが銀色の棒を作り出してゴーレムへと向かう。

 どうやってあれを倒すのか興味を持って覗いていると……棒を伸ばして腕を切った。氷の刃を棒に纏わせ、大刀のような物を作って叩き切ったのだ。


「おきなさい。それでもめいどですかっ」


 地面に横たわる妹分に腰に手を当てたポーラが叱りつける。

 妹分に対しては、優しさと厳しさを併せ持つポーラさんでした。




~あとがき~


 何故か11日の19時で予約中~で投稿していないままになっていました。何でだ?



主人公『ポーラさん? 気絶してますよ?』

ポーラ『これぐらいできぜつすることもだめです。これからはきびしくしつけていきます』

主人公『誰かちょっとハルムント家に苦情と言う殴り込みを…こっちを見ろ部下たち! 体ごと顔を背けるな!』


 彼の実家に挨拶へと出向くために準備を進めるルッテの前に立ちはだかるのはやる気のないニートことイーリナ。

 彼女の説得には暴力も必要らしいw


 コロネは何かしらのトラウマから暴走です




© 2022 甲斐八雲

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