一方的な恨みな気がするのだが?

 ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸



「アルグ様。お姉ちゃん」

「「……」」


 怒れるノイエが仁王立ちしている。

 その前で……ベッドの上で僕とエウリンカは正座だ。

 叱られる理由は僕的には無い。そのはずだがノイエはお怒りである。


 ノイエの主張としては、自分を放置して僕とエウリンカが仲良く遊んでいたからだ。

 遊ぶなら自分も一緒というのがノイエの主張だ。


 ただ僕はエウリンカに一方的に袋叩きに遭っていた。

 まさかエウリンカが枕二刀流を完璧にマスターしていたとは思いもしなかった。

 はい嘘です。ファーストアタックで事故が発生し、枕が僕の股間をクリティカル。蹲っているところをエウリンカにタコ殴りにされた。


 その様子を止めることなく眺めていたノイエは気づいた。自分が仲間外れだと。で、お怒りだ。何て我が儘で自分勝手な思考だとも思う。

 ただ愛しい人の我が儘だから黙って受け入れるのが夫の務めだと僕は思うのです。


「ならノイエも一緒に遊ぼう」

「……はい」


 僕の申し出にノイエはあっさりと頷いた。

 チョロインと言うなかれ。ノイエの扱い方を熟知している僕だからこその対応だ。


「まずノイエも座って」

「はい」


 ちょこんとノイエが正座する。

 次に僕が立ち上がり彼女の背後へ。ジェスチャーでエウリンカも立たせた。

 理解が追い付いていないエウリンカの動きが悪いが立ち上がると、僕を見習いノイエの背後に回った。


「で、エウリンカ」

「ひゃん」


 背後からノイエのアホ毛を掴む。

 甘い悲鳴を上げてノイエが全身を震わせた。


「ノイエのアホ毛が最近別の生き物のように動くのだが?」

「……そうらしいね」


 僕の行動に呆れた様子を見せるエウリンカが軽く肩を竦めると、手を伸ばしノイエのアホ毛を掴む。


「みゃん」


 またノイエが甘い声を上げた。


「これは……完全に魔剣だ」

「おい製作者。それはお前が作った魔剣だろう?」

「そうだが……何と言えば良いのか」


 アホ毛を弄びながらエウリンカが首を傾げる。

 全身を震わせながら、ノイエも足の痺れを我慢しているかのように体を前後左右に動かす。


「自分はこの封印の魔剣と言えば良いのかな? これを作った時に魔剣としての価値をそれほど見出さなかった。ただの封印としてノイエの体の一部を変化させた感じだ」

「それで?」


 ぐにぐにとエウリンカがアホ毛を捏ねる。


「前回出た時は多少なりに魔剣に寄せてしまったのだろう。もう立派な魔剣になっている」

「ほほう」

「つまりノイエのこの髪は魔剣なのだ」

「……だから?」


 何かこの変人の説明って難しいんだよな。

 もう少しアイルローゼのように優しく噛み砕いて欲しい。

 これが先生をしていた者との差か。エウリンカももう少し学んで欲しい。


「だからこれは魔剣だ。ノイエが魔力を流して扱っている」

「そっか」


 結論としては前と変わらないような?

 というか完全に魔剣化してノイエが好き勝手に使っているというのか。納得だ。


「ノイエ」

「ふにゃん」


 甘い声を吐き出すノイエにエウリンカがアホ毛から手を放す。

 解放されたアホ毛は……まだ手に届く距離に置かれたエウリンカの手の甲を叩いて不満を表した。


「君はそれをどう扱っている?」

「……楽」


 おいエウリンカ。こっちに救いを求めるような目を向けるな。ある意味でノイエは通常運転だ。


「楽だからノイエはそれを使っているの?」

「はい」


 アホ毛が頷いて返事を寄こした。


「ふむ。つまりノイエの髪の魔剣は……義手と言うか義碗と言うべきか、そのような効果があるのだろうな」

「おい製作者?」


 本当にいい加減だな。この変人。


「こればかりは仕方ない。ノイエの魔剣は漠然とした感じで作った物だからね」

「そうか」


 それならば仕方ない。


「で、ノイエ」

「なに?」


 エウリンカが呆れたように口を開いた。


「どうして自分に抱き着いている?」


 そう。アホ毛を解放されたノイエはエウリンカに抱き着いているのだ。

 スリスリとまた胸に顔を押し付けて甘えている。良く弾む胸だな。


「お姉ちゃんが悪い」

「なに?」

「ずっと邪魔する」

「だから何を?」


 僕は何となく納得したが、エウリンカは理解していない。

 ノイエのスイッチが入っています。もうやる気です。だってアホ毛が綺麗なハートマークを作っている。義手の類で片付けて良い気がしないのだが?


 はっきり言おう。ノイエとエウリンカではノイエの方が強い。


 あっという間にノイエがマウントポジションを取って相手を制圧している。

 手慣れたものだ。自分がされていると気付かないがノイエって実は寝技もいけるのか? 誰だよ……ノイエに格闘技を仕込んだ奴は?



『寝技は私じゃないわ』



 久しぶりのツッコミをどうも!

 相変わらずの一方的な発言だったが、本人談を信じるなら犯人はカミューでは無いらしい。なら誰だ?

 それっぽい容疑者は……ノイエの姉候補に居たな。つまりあれも居るのか? マジか?


「ノイエ! 何をする!」


 ようやく制圧されたエウリンカが自分の危機に気づいた。

 ただノイエは優しいから怒鳴れば無理を……気のせいか動く気配が無いな。


「約束した、はず」


 はて? 何故かノイエが若干片言に?


 たどたどしい語りに気づいた。

 ゆっくりとノイエの髪の色が綺麗な栗色へと変化する。


「出る時は、話し合って、順番を、決めるって」

「あ~。待って欲しい。ファシー」


 エウリンカも自分を制圧している存在に気づいたらしい。

 今のノイエはファシーだ。そしてファシーはお怒りだ。


「君が中枢に居なかったから話し合いが出来なかったのだ」

「だからって、抜け駆けは、卑怯」

「……」


 ファシーの正論にエウリンカが答えに困る。

 だからこっちに救いの目を向けるな。そもそもどうして僕がお前を救わないといけない?


「それに、前から、思っていた」

「何だ?」


 むんずとファシーがエウリンカの胸を掴んだ。


「その背が、欲しい。長い髪が、羨ましい。何より、この胸は、ズルい」

「私怨か? 全部が一方的な恨みな気がするのだが?」

「ズル、い」

「……」


 僕にはファシーの背中しか見えないが、エウリンカが凍った感じからお怒りなのだろう。


「ファシー」

「な、に?」


 ゆっくりと彼女が振り返った。

 表情はいつも通りのノイエだ。無である。

 ただファシーも甘えて来ないと無表情だから仕方ないが。


「ファシーは小さくても可愛いから問題無し」

「……にゃん」


 可愛く鳴いてファシーはエウリンカの制圧を止める。

 立ち上がって僕にすり寄って来た。


 本当にファシーは愛らしい猫だ。

 猫は気まぐれだと言うけれど、こう甘えて来る時こそが猫の愛らしさの本骨頂だと僕は思う。


「ほらファシー。ゴロゴロゴロ……」

「ゴロゴロゴロ……」


 顎の下をくすぐってやると増々ファシーが……おかしいな? ファシーも寝技が上手なんです。

 気づいたらベッドの上に押し倒されてマウントポジションなのです。どうしてですか?


「ファシー?」

「平気」

「何が?」


 服を脱ぎながらファシーが妖艶な笑みを浮かべる。


「アルグ、スタ、様が、寝ている、間に、終わらせる、から」

「何をっ!」


 寝ている間っておかしくないか? 僕が気絶するのが大前提なことが今から起こるのか?


「ちょっとファシー! 待っもがっ」


 唇で口を塞がれて一方的に襲われる。

 やはり猫は気まぐれだ。気まぐれで……獲物を弄ぶ。




「あ~」


 全身が重い。スヤスヤと寝ているノイエが羨ましい。

 というかファシーが恐ろしい。出会った頃の大人しいファシーが懐かしい。気づけば僕の周りは肉食獣ばかりだ。


 今度ファシーにお願いして大人しく振る舞って貰おうか?


「で、エウリンカ?」

「……」


 そっと声をかけてみるが、全裸状態のエウリンカは床の上で膝を抱えて座って居る。

 丸まっている背中が何となく彼女の心情を物語っていた。


 喧嘩は……買った時点で負けの時がある。


 昨夜ファシーと僕の行為を見たエウリンカは激怒した。

 淑女の何たるかを語る彼女にファシーは喧嘩を売ったのだ。『何も知らない人間ほど無責任に良く吠える』と。


 ファシーに鼻で笑われたエウリンカは増々怒り、それから2人の口喧嘩がエスカレートした。

 殴り合いにはならず、エウリンカは『それぐらいのこと自分でも出来る!』と言ってしまったのだ。


 で、後に引けなくなった彼女は……皆まで語るまい。

 意志の弱さで言うと僕も同罪だ。


「復活したら一緒にお城に行って欲しいんだけど?」

「……ぐすん」


 変人の復活はまだ時間が掛かりそうだ。




~あとがき~


 エウリンカは意外と真面目なんですよね。本人は怠け者ですけど。


 で、ファシーは卑怯な手を使ったエウリンカを許しません。

 この猫はとても知能が高いので…あっさりとエウリンカは敗北しましたw




© 2022 甲斐八雲

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