地を這う虫にも意地があります

 ユニバンス王国・王都北側 演芸区画(仮)



「面白い祝福ですね」


 カタナを振るいモミジは相手を睨みつけた。

 こちらの攻撃は相手の拳で弾かれる。ただ相手の攻撃は届かないから現状問題は無い。


「ひぃふぅ……。その手数の多い攻撃がただの技とかこっちとしては泣きそうなのですが?」

「それを封じているのですから立派かと」

「あはは。素直に褒められておきましょう」


 だが男としてはじり貧だ。

 相手は飛び道具の使い手だ。挙句に鉄壁の祝福を持つという。


「私はどうやったら貴女に勝てるのでしょうか?」

「ご心配なく。私はドラゴンスレイヤーの中では最弱で、最近はもう負けっぱなしで……それを故郷の姉に知られたらきっと酷いお仕置きを……ハァハァ……お仕置きをされてしまうのです!」

「何故感極まって叫ぶのですか?」

「気のせいです。でも今夜は彼と一緒に過ごしたいなって思います!」

「そうですか」


 爛々とその目を輝かせる相手に男は引いた。心の奥底から引いた。

 何をどうしたら戦っている最中にあんなに興奮して発情できるのだろうか?


「でも私はたまには激しく彼に罵られて傷つけられたいんです!」

「話しが脱線していますが?」

「気のせいです。ちょっとした気合です」


 そんな気合など聞いたことも無い。

 間違いなく相対している人物は変態なのだろう。それか頭の中を病んでいるのか……もしかしたらその両方なのかもしれない。


 また飛んで来た刃を拳で弾き男は一度相手との間合いを取った。


「本当に恐ろしい攻撃ですね」

「……まだまだです。断空しか扱えませんし。それ以上の奥義を扱えればこの勝負も一撃でした」

「それはそれは。私はまだ運が残っているようですね」


 今の攻撃ですらギリギリなのにこの上があるとは……本当にブルーグ家は相手の戦力を調査し攻撃を仕掛けたのだろうか?

 どうも安易に攻撃を仕掛けたような節を感じてしまう。


「ですが私に貴女のような強者が当てられたのでしたら、他の者が仕事をしてくれそうですね」


 ノイエ小隊と呼ばれドラゴンスレイヤー部隊には、隊長のノイエの他に強者と呼べるのはこの異国の剣士だと言うのは有名な話だ。

 隊長ばかりが目立っているが彼女もまたドラゴンスレイヤーなのだ。弱いわけがない。


「それはどうでしょうか?」

「……」


 モミジはカタナを鞘に戻し軽く首と肩を回した。


「正直に言ってあの小隊の人たちは卑怯なぐらい強いですよ」

「……ご冗談で?」

「いいえ。本当の話です」


 フッと息を吐いて今度は手首を振るう。

 脱力してみせる相手に男は警戒を強めた。


「ルッテさんの弓は卑怯ですし、いつも寝ているイーリナさんの魔法は卑怯ですし……」


 何故かモミジは視線を遠くへ向けた。


「男性隊員なんて知力と体力の塊みたいな人たちで、国軍も近衛も小隊に預けて鍛える予定が、全員が原隊復帰を拒否する事態になって……まあ誰もが部隊長として十分に働けるそうなので、軍の上の人たちは焦りに焦っているそうです」

「……」


 クスクスと笑いモミジは肩幅に足を広げて体の中心に線を通した。

 背筋を伸ばして真っ直ぐに立ったのだ。


「私の故郷にはこのような言葉があります。『木を隠すなら森の中』というものです」

「どのような意味かお尋ねしても?」

「はい。と言ってもそのままですね。木を隠すなら多くの木の中に隠せば良いのです。

 そして我々の小隊の場合はノイエ様という巨木が存在し、その周りに木を植えても誰もが巨木ばかりに視線を向けます。ですからその巨木の周りに大木が存在していても誰も見向きもしません。誰が考えたのか知りませんが本当に恐ろしくしたたかな方法かと思います」


 静かに告げてモミジはカタナに手を乗せる。

 男は相手の様子から雰囲気が変わったのを察して警戒を強めた。


「なら貴女も大木の1つと?」

「はい。ですが私以外の大木も凄いですよ」


 スッと目を細めてモミジは気を練る。


「貴方たちの“敗因”を伝えておきます。貴方たちはアルグスタ様を成り上がりと判断し、奥様であるノイエ様ばかり警戒しました。だからこの場で狩られるのです」

「そうですか」


 男は覚悟を決めて軽く膝を折って腰を落とした。

 間違いなく相手の攻撃が苛烈になると察しての対応だ。


「ならば私ももう少しだけ足掻いて見せることとしましょう」


 この場で死ぬこととなっても自分たちは西部で最も優れた暗殺者としてブルーグ家から依頼を受けた者なのだ。それ故に矜持もある。暗殺者としてのモノだが。


「私たち……地を這う虫にも意地があります」

「そうですか」


 笑いながらモミジは軽く相手を見下げた。

 頬を上気させながら本当に楽し気に、だ。


「ならば踏み殺してあげましょう。所詮虫などそんな終わり方をする存在ですから」




「お~。厄介だね~」


 コロコロと地面を転がりイーリナは相手の攻撃から逃れていた。

 地面を刃が抉って行く。それをただ転がって回避しているイーリナも大概ではあるが。


「あたれ! あたってしんじゃえ!」


 自身の周りに小さな風の渦を生じさせ、少女は腕を振るって渦の中から風の刃を飛ばす。

 小さな刃だが威力は十分だ。回避したイーリナが居た場所の地面を簡単に抉り取った。


 当たれば死ぬであろう攻撃をイーリナは苦も無く転がり回避する。何故転がっているのかは本人でなければ分からないが、この上ないほどにイラつく回避の仕方とも言える。


 馬鹿にされていると感じた少女が、怒りながら攻撃し続けているのが良い証拠だ。


「あたれ! あたれ!」


 少女も必死だ。若干涙目だ。それでも攻撃を続ける。

 少女の祝福『鎌鼬』は攻撃力と連射性に優れた武器だ。それなのに地面を転がる相手は馬鹿にしたように回避を続ける。

 もう少しで当たる。当たるはずだ。当たらなければ……ポロポロと涙を溢れさせて攻撃を続ける。


「しんじゃえ!」


 泣き声が響く。


《あ~。心が痛む》


 攻撃を転がり回避しているイーリナは相手を見て素直にそう思った。


 子供……少女を泣き叫ばせながら揶揄っているような状況だ。どうしてこうなった?


 ただ相手の攻撃は風を刃に飛ばして来るものだ。


 なら回避は簡単だ。別に転がって避ける必要もない。必要なのは土煙だ。

 巻き起こした土煙に魔法を使い、相手が放って来た刃の進行方向を強制的に変える。結果として自分が逃げる方向とは逆に受け流して逃れているのだ。


《ネルネが言うには見ててあれほどイラつく回避法は無いと言ってたけど……》


 どうやら幼馴染の言葉は真実だったらしい。


 攻撃してくる少女は平常心を失いムキになって攻撃し続けて来る。

 普段なら自分の攻撃が目的の場所に飛んでいないということに気づくだろうに。


「しんじゃえ!」


《……痛いのは嫌なんだけど》


 でもこれが仕事だ。面倒だけど仕事だ。それにあの上司に何かあったら魔女に会えなくなるかもしれない。それは嫌だ。あの魔女にはまだ色々と学ぶ時間を作って欲しい。


《あれ?》


 転がりイーリナは気づいた。

 最初気にしていなかったが……と言うか形状が違うから気づかなかったが、あの少女が右手首に巻いているのは魔道具の類ではないだろうか?


 自分の知らない形状の魔道具。


 動きを止めてイーリナは立ち上がった。


「済まんがちょっとやる気が湧いた」

「なによ!」

「だからやる気が湧いたんだ」


 だって自分の目の前に知らない魔道具が。


「ちょっとお姉さんのお願いを聞いてもらえるかな?」

「ひぃっ」


 フードの底から覗かせるイーリナの瞳に少女は恐怖した。

 けれど相手は止まらない。幽鬼のように近づいて来るのだ。


「いや~! くるな~!」


 少女はボロボロと涙を落とし、今まで以上に必死に攻撃を繰り出した。




~あとがき~


 シリアスさんが凄く頑張っているのにノイエ小隊って変態と変態の巣窟なのか? 能力が高ければどうでも良いのか? 本当にコイツ等は…狂ってやがるw


 ノイエ小隊は元々優秀な人材を最前線で鍛えるというコンセプトの元に人が集まっているので、弱い人って居ないんですよね。

 一般の野郎共ですら屈強な戦士なので…意外と敵に回すと厄介です。


 ルッテはどうした? 姿が見えないぞ?




© 2022 甲斐八雲

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