嫌がらせの天才
ユニバンス王国・王都郊外ノイエ小隊待機所
「はぁ?」
それを見たルッテは思わず素っ頓狂な声を上げた。
最近そんなことが続いている気がした。原因は2人の上司だ。あの夫婦が悪い。
彼女が手にしているのは朝一で届けられていた手紙だ。その内容が衝撃的なのだ。
「だからってこれは……ああ。もうっ!」
文句は後だ。今は仕事が、命令が先だ。
個室を出てルッテは外で鍛錬している部下たちに向かい口を開いた。
「皆さ~ん! アルグスタ様からのまた無茶な命令で~す!」
本当にこの手の無茶は止めて欲しいと、ルッテは心の底から思った。
ユニバンス王国・王都内カフェ
「どう思う?」
「たぶんですが誘いでしょう」
「そうよね」
ドレス姿の女性は腕を組んで空を見上げた。
最近太陽が一番高い場所に来ると、王都上空を移動していたドラゴンスレイヤーが姿を消すのだ。
噂話に耳を傾ければ、どうやら別の場所に居るドラゴンを退治しに行っているようだと言う。
「私たちを誘い出そうとしている?」
「そう考えるのが妥当かと」
紅茶を啜り『お嬢様』と呼ばれている女性は思案した。
もういい加減何かしらの行動を起こさないといけない時期が近付いている。はっきり言えば事前に手渡された活動資金が底を尽きそうなのだ。
何ら成果も出していない状況でブルーグ家に再度の支援要請は出来ない。何より自分たちは放たれた矢である。その矢が弓の元に戻るなど決してできない。
「私たちを誘き出して一網打尽かしら?」
「そう考えているのでしょうね」
「……」
老メイドの意見は正しい。
相手は最近守りを固め、目標としていた人物たちが集まって行動している。
おかげで手出しが出来ずに居たのだが……王都上空にあの天敵が居ないのであれば話は変わる。
「なら討ち取れば最も評価される人物の首を狙うしかないわね」
「罠と分かっていてもですか?」
「ええ」
女性は頷き立ち上がった。
「罠である以上餌はある。ならせめてその餌を食いちぎって丸のみにすれば……後はどうなろうが関係ないわ」
「そうですか」
相手の言葉を受けて老メイドも覚悟を決めた。
「狙うはアルグスタの首で良いのですね?」
「そうよ」
確認して来るメイドに女性は頷く。
「この数日で確実に首を取るわ」
ユニバンス王国・西部の街ブルグレン
「お~揺れた~」
ベッドの上で寝ていた小柄な女性は、本日もグラグラと揺れ出した建物の天井を見上げていた。
今日も元気に元上司の隊長が殴っているのだろう。地面を。
《話だとバッセンは馬鹿な貴族たちの粛清を終えたという。たぶん今日明日にでも王都に向けて出発するから……》
思考して女性……ミシュは体を起こした。
今回の指示は至極簡単だ。ただの暗殺だ。
《問題は各々が色々と画策していて複雑に面倒なことになってる気がするんだけど……まあそれをどうにかするのは私の仕事じゃないしね》
厄介ごとなど引き受けたくないミシュとしては、やはり簡単な仕事の方が良い。
「サクッと暗殺して帰ろう。うん。それが良い」
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「にいさま」
「ん~?」
書類とにらめっこをしていると、ポーラがスススと足音も立てずに近づいて来た。
「メイドちょうさまからです」
「フレアさんか。相変わらず仕事が早いね」
手渡された紙を確認すると完璧な返答の後に『ご自由に』と書き殴られていた。
最後に嫌気がさしたか?
一応馬鹿兄貴にお伺いを立てたのに何故かフレアさんから返事が来る不思議。もしかしてあの馬鹿は今回の件をフレアさんに丸投げでもしたのか?
パパンが急に体調を崩してあの馬鹿が国王代理となったから身動きが取れないんだろうけどね。
それにしてもあのエロ親父は本当に……普通どこの前王が息子の代わりに仕事をしながらメイドの尻を撫でまくって嫁さんに折檻されてベッドの上の住人と化す?
と言うか義母さんの折檻の内容が良くなかったのか?
僕もノイエを怒らせないようにしないとな。
問題はノイエは優しいけどその姉たちが修羅だと言うことだ。
最近は夜な夜なファナッテが出て来ては僕の何かを狙っているし、帰ったと思えばファシーが出て来て確りと頂いていく。で、その後ノイエが自身の状況に気づいて頂きますをする。
僕の体力も限界に近いんですけど?
「にいさま。めいどちょうさまはなんと?」
「ん」
読み終えた紙に興味を持ったらしいポーラに手渡す。
彼女はそれを一読して……紙を畳んで燃やして見せた。
「いつの間に炎の魔法をっ!」
僕もまだ使えない高度な魔法を!
嘘です。初歩です。ただ僕にはそっちの方の適性が無いのか燃えてくれないのです。
「にいさま」
怒った様子でポーラが睨みつけて来る。
「あぶないことはゆるせません」
「ですが決定事項です」
「だからといって」
心配性な妹様が煩いので視線でミネルバさんに指示を出す。
彼女は何かを察したのか、ポーラの背後から近づいてその手で口を覆う。
「むふっ」
「お許しくださいポーラ様。全てアルグスタ様のご指示です。命令なのです」
「む~!」
指示として命じた記憶は無いが、口を塞ぎながらミネルバさんは空いている腕でポーラの体も抱える。
「本当にお許しください」
「ん~!」
猿ぐつわを噛まされ綺麗に拘束されポーラが、ソファーの上で水揚げされたマグロのように。
ジタバタと抵抗を見せるがあそこまで完璧に拘束されていると脱出は不可能だろうな。
「国王代理の許可は得ているので、ポーラとミネルバさんは今日は大人しくお城の離れに居てね」
「畏まりました」
事前にミネルバさんには伝えてあったことなので迷うことなく頷き返してくる。
もちろん離れとはその昔ノイエが生活していた場所だ。あの場所を借りてポーラを押し込んでおく。この子は何かあるとちょこちょこ出歩く癖があるので今日は監禁します。
「さてと。なら僕はちょっと出かけてきます」
「むがぁ~!」
ビチビチと跳ねるポーラには済まないが、今回の餌は上等な方が良い。
つまりこの国で最も高額な懸賞金が掛けられている存在……僕である。
「心配するなって」
ソファーに歩み寄ってポーラの頭を優しく撫でる。
「僕がただの暗殺者に屈するとか無いから」
と言うかブルーグ家が頭を下げに来る前に、暗殺者たちを返り討ちにしてくれよう。
「……でも、ねえさまは!」
猿ぐつわを外したポーラが叫んで来る。
確かに本日もノイエは西部に嫌がらせ……お仕事に出ています。
「大丈夫。こう見えても僕は嫌がらせの天才だからね」
相談を持ち掛けた時にフレアさんからも『本当に嫌なことを天才的に考えつく人ですね』との評価を頂いた。
つまり僕は天才なのだ。自慢できない事柄だけどさ。
「安心しなさい」
「にいさ、もがっ」
ミネルバさんが泣きながらポーラの口にまた猿ぐつわを。
泣いているはずなのに若干その顔が嬉しそうなのはどうしてなのでしょうか?
もうミネルバさんの思考が僕には分かりません。
ユニバンス王国・王都内北側
前回鎮魂祭が執り行われ整備された場所は閑散としていた。
今日は特に出し物も無く、何かが行われるのであれば乾期の今は夕方からが多い。
故に今日のこの場所は巡回の見張りが居る程度で無人にも等しい。
ただ前日からある話が流れていた。『あのドラグナイト卿がまた舞台で何かを行うらしく、数日以内に工事の為の視察を行う』と。
だから彼がこの場所に来るのはおかしなことではない。
その全てが自身を狙う暗殺者たちを集めるための罠だとしても……必ずこの場所に来るのだ。
石造りの舞台上に上がり、彼は石畳に腰を下ろして座った。
「さとて……誰がここまでやって来るのかな?」
罠であることは誰の目から見ても明らかだった。
けれど『オジ』と『姪』はその罠に飛び込まざるを得なかった。
理由は活動資金の枯渇だ。
オジは毎日ガッツリと食事を摂り、姪は王都で有名なケーキ店にドはまりしてしまった。
宿泊費を限界まで抑えて頑張って来たがもう限界だ。
今日の食事を最後だと思い有り金全てを使ってしまった。もう後戻りはできない。
2人は途中まで一緒に行動していたが途中で分かれた。
元々王都内での行動を制限されないようにと親戚同士の振りをしていただけだ。
戦い方も何もかもが違う2人が一緒に居ることは、別段襲撃の成功率を上げたりはしない。
むしろ別々に行動してどちらかの刃が相手の喉元に届けばと……そう思いオジこと『男』は考えていた。
そして今回は相手が仕掛けた罠である。
「貴方がアルグスタ様を付け狙う暗殺者のお1人でしょうか?
失礼ですが言い訳は無用です。この場は私たちの小隊の手により人払いを完了しております。この場に居る時点で貴方には『暗殺容疑』が掛かるようになっているのです」
「……そうですか」
用意周到とはこのことだ。
だからこそ男はその良く肥えた腹をポンと一回叩いた。
「失礼ですが貴女はノイエ小隊所属の?」
「はい」
相対する人物はゆっくりと頷き返した。
「モミジ・サツキと申します」
異国の剣士がその場に居た。
~あとがき~
嫌がらせの天才ことアルグスタは同時進行で動いてました。
西部への嫌がらせと一緒に王都に居る暗殺者を狩り取ることです。
もしブルーグ家が頭を下げに来た時に暗殺者が存命だと嫌疑にしかなりませんしね。
確実に襲われて返り討ちにした実績が欲しいので…だから迎え撃つこととしました。
ノイエ小隊の面々が久しぶりの対人戦闘です
© 2022 甲斐八雲
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