どうするのかを言う必要はないはず

 ユニバンス王国・西部の街ブルグレン



《あれか~》


 ノイエの姿を借りて宙に浮くローロムは、ずっと人の動きを見つめていた。


 たまにノイエに体を返しては、彼女の本来の仕事を実行させる。つまりはドラゴン退治だ。

 今日のノイエはとても元気だ。元気すぎて上空からの一撃でドラゴンを地面に釘付けにする。

 大きな陥没とその中心部に染みと化すドラゴンだった物。本当に容赦がない。


《騎士っぽい人たちが集結しているから、あれが領主屋敷かな?》


 ブルグレンの西方に存在する大きな屋敷には、街中の騎士たちが集結しているように見える。

 何度となく訪れる揺れに混乱する住人たちを無視して集まっているのだから、その理由は問うまでもない。


《ミジュリが馬鹿では無いが馬鹿っと言ってた理由があれね》


 たぶん戦いに慣れていないのだろう。ユニバンスが戦争をしてからもう10年以上が経過している。古参の騎士でもない限りは戦争経験など無い者たちばかりだ。

 だからこそ『主人を守る』と言う理由を自分に言い聞かせ、最も安心であろう場所に集結してしまうのだ。


《まっ私には関係のない話か》


 何より今回はそれほど乗り気では無い。

 手伝っているがそれはあくまでノイエに対しての手伝いだ。


 だからさっさと要件を済ませて眠りたい。

 何よりこの辺りは昔よく飛んだ場所なので見新しい物は何もない。本当につまらない。


《何よりノイエの髪の色とか維持するのって面倒だし》


 可愛い妹分と変わる度に髪の色に気を配らないといけないのは、ローロムからすれば面倒でしかない。

 でも今回はあくまでノイエの仕事だ。彼女の仕事の一環としてここに来ているのだから。


 宙を移動し、ローロムは目標とした屋敷の庭へと降り立った。


《さあノイエ。頑張りなさい》


 意識を体の持ち主であるノイエに引き渡した。




 突如として庭に降り立った白い存在に、騎士たちが慌てて武器を構える。

 誰もが若く、どう対処すれば良いのか分からないといった表情を浮かべていた。


 もし相手が何か動きでも見せたら……と、多くの武器を向けられている人物が辺りを見渡し歩き出した。


「とっ止まれ!」


 誰かの声に騎士たちの間に言いようの無い緊張感が走る。

 やられる前に……そう考え、別に呼吸を合わせたわけでもないのに一斉に騎士たちは腰を落とし飛び掛かる姿勢を、


「皆の者! 武器を降ろせ!」


 ひと際大きな声が響き渡った。

 地を震わせるような腹の底から発せられた野太い声に、怯えていた騎士たちは正気に戻り命令に従う。


「そして止まるが良い。ドラゴンスレイヤー殿」

「……」


 大きすぎて耳が痛くなる声にノイエは足を止めた。

 彼女はゆっくりと顔を動かし自分を呼び止めた者を見る。


 鎧姿の老人だ。知らない人だ。


「誰?」

「自分はこのブルグレンの守備隊長リンズレン。騎士隊長も兼任している」

「そう」


 気にせずノイエは歩き出す。

 ただ数歩ほど足を進め、そして止まった。


「なに?」

「それはこちらが聞きたいのだが?」

「……仕事」


 頑張ってノイエは思い出す。

 思い出したついでに鎧の間に手を入れて紙を引っ張り出した。


「今日は仕事。ドラゴン退治」

「我々は貴殿にドラゴン退治など依頼はして、」

「私の仕事はドラゴン退治」


 相手の言葉を遮りノイエは話を続ける。

 と言うより今朝渡された紙の内容を読み上げるだけだ。


「それを邪魔する者は特例を用いて排除する」

「「……」」


 誰もが知るドラゴンスレイヤーと言うよりも、『ノイエ』の特例にその身を震わせた。


 彼女の仕事を邪魔する行為は決して許されない。それは王家の者であっても適用され、そして排除する過程で命を奪ったとしてもノイエには一切の罪が課せられない。


「私の仕事の邪魔をする者を決して許さない。だから排除する」


 紙を凝視しながらノイエは足を踏み出した。だってそう書かれているからだ。


「お待ちください。ドラゴンスレイヤー殿」

「……なに?」


 守備隊長は慌てて彼女の前に出て跪いた。


「我々は決して貴女様の邪魔など」

「邪魔をしている」


『文章が長い』と思いながらもノイエは箇条書きされた文字を目で追う。


「私の家族に暗殺者を仕向けた。落ち着いて仕事が出来ない。だから許さない。全て排除する」

「……全てとは?」


 恐る恐る声をかける守備隊長に、ノイエは急いで紙を確認する。


 この場合はどの文章が正解なのだろう?


「皆殺し」

「「っ!」」

「違う。今のは間違い」

「「っ!」」

「……やっぱり正解?」

「「っ!」」

「たぶんこっち。ブルーグ家に関係する者を全て排除する。それか皆殺し」

「「っ!」」


 ノイエはクルっとアホ毛を回した。

 ちょっと読む文章を間違えたけど問題は無いはずだ。間違えたことは相手に伝えた。


「暗殺者を仕向けたのだから自分たちも同じ目に遭うと知れば良い」


 ゆっくりとノイエは文字を目で追う。


「容赦などしない。必要ならこの街が消え去ることになっても私は構わない。何より」


 スッとノイエは顔を上げ視線を巡らせる。

 自分に向けられている多くの視線を無視してただ1人に向けた。


 その人物は屋敷の中から半身を隠し、薄く開いた窓越しにノイエの様子を伺う老人であった。


「家族を狙ったことを許さない。アルグ様を狙ったことを許さない」


 淡々と語られる言葉は冷たく響く。


「そして彼を呼び寄せて殺そうとすることも許さない」


 普段から無表情であるノイエだが、今日は特にその表情が人形染みている。


「私の家族に何かあれば……西部ごと全てを消し去る」

「「……」」


 冷たい声を発する存在に圧倒され、ノイエを取り囲んでいた騎士たちはほぼ全員が戦意を喪失していた。

 決して喧嘩を売ってはいけない人物に喧嘩を売ったのだと理解し、そして心の底からその行為を詫びる。

 別段彼らが喧嘩を売ったわけではないのだが、彼らはそう思っていた。


 軽く辺りを見渡してノイエはクルっと翻った。


「明日も来る」


 告げて歩き出す。


「毎日来る」


 ノイエの足は止まらない。


「どうするのかを言う必要はないはず」


 地面を蹴ってノイエは宙に浮かぶと……そのまま王都へ向かい東の空へと消えて行った。




 ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室



「失礼します」

「あれ? フレアさんか……予想外」


 ぶっちゃけ馬鹿兄貴が殴り込んで来るのかと思っていた。

 だからこっちはポーラとミネルバさんと言う盾を準備しておいたのに。


 問題はポーラは良い。今日の彼女はツヤツヤとしていて元気だ。

 対するミネルバさんは世界が終わったような表情をして疲れ切っている。


 おかしい。昨夜何が起きた? ただポーラにどれほど好きか告げただけだろう?


「で、何か御用で?」

「はい」


 頭を下げてから入室して来たフレアさんは僕の前へと歩いて来る。


 一応机を挟む形ではあるが、僕の横にはポーラが、机を挟んで向こう側にはミネルバさんが配置してある。

 フレアさんが動いたとしても手の届く距離に居るミネルバさんを倒すことはほぼ無理なはずだ。


「ノイエ様はどちらに?」

「仕事をしているはずだけど?」


 嘘は言っていない。


「王都に居ませんが?」

「ドラゴンを追ってどこかに移動でもしたのかな?」


 嘘は言っていない。


「ルッテの報告では西部に向かい飛んで行き、街の傍でドラゴン退治をしていると」

「そうなの? ならそっちにたくさんドラゴンが居たんだろうね。仕事熱心だ」

「……その街はブルーグ家が支配しているブルグレンだということですが?」

「ぶるーぐ? 誰でしょうか?」


 僕の気の抜けた返事にフレアさんが目を細めて睨んできた。


「ノイエ様が王都から離れるのは禁止されています」


 知ってるよ。だから使わずにいた抜け道を今回使用しました。


「あれ~? だってノイエはドラゴン退治をするのに邪魔な“存在”は排除しても良いんでしょう? だったらさ~。その決まりだって排除の対象だよね? だってドラゴン退治を邪魔しているわけだしね? 違う?」

「……そう言うことですか」

「そう言うことです」


 だからノイエの行動は仕方ないのです。ドラゴン退治の一環ですから。


「それでノイエ様は西部で何を?」

「だからドラゴン退治ですって」

「ドラゴン退治ですか」

「ドラゴン退治です」


 それがノイエの仕事だしね。


「だから馬鹿兄貴に伝えておいてくれる」

「何と?」


 決まっています。


「ノイエの仕事を邪魔する者が頭を下げに来るまで、ノイエは毎日ドラゴン退治をし続けるって」

「……畏まりました」


 何かを察したらしいフレアさんが苦笑しながら頭を下げた。


 最近リリアンナさんのせいで全力を振るえなかったノイエには、丁度良いストレス発散になると良いね。




~あとがき~


 ノイエはこれからしばらくブルグレンの街の近くでドラゴン退治をします。

 ドラゴン退治です。それが原因で地震が起きる? 地震対策をしていなかった領主が悪いのです。

 だって王都は着々と地震対策を進め、現在ユニバンス内で最も地震に強い場所になってますから。


 ノイエの特例って解釈次第でどうにでもなるのなら、この抜け道もありなんですよね。

 まあぶっちゃけ後で議場に呼び出されて壮絶な話し合いになるでしょうが…アルグスタはそれぐらいじゃ屁とも思いませんしw




© 2022 甲斐八雲

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