記憶が無いから怖い?
ユニバンス王国・王都内下町
ノイエと別れ一路下町の先生の所へと向かう。
お城にはミネルバさんを走らせて使いとし、『ちょっと遅れるから~』と適当に書いたクレア宛の手紙を託した。
それで十分です。ウチの部下はそれで納得する者揃いですから。
ゴトゴトと馬車を揺らしながら進んで行くと、見慣れた景色が視界に入って来た。
相変わらずの安普請な建物だ。そろそろ我が家の財力を発揮してフルリフォームしてやろうか? それとも建て直してくれようか?
ただ現在王都の工事関係者は大量の仕事にてんてこ舞いらしい。職人さんたちにオーバーワークを強いる悪い人もいるものだな。
色々と考えごとをしていると突然リグがソワソワし始めた。
体を左右に揺らして……その動きにボインボインと胸の存在が激しく自己主張をする。
絶対に人体の構造を無視した動きだ。どうしたらこんなに弾むのだ?
ポーラはこれ以上絶望を知りたくないのか、お城へ向かったミネルバさんに代わり御者席に向かった。今頃はリスのニクと一緒に居るはずだ。
揺れていたリグが動きを止め、今度は顔色を悪くし始める。
見てて面白いのだけどリグが緊張で壊れてしまいそうだ。
「リグ」
「なに? んっ」
抱きしめてあげる。
軽く相手を抱きしめているとフルフルとリグが震えだした。
「緊張する必要とか無いでしょ?」
「でも」
「記憶が無いから怖い?」
「……」
記憶に残っていない従姉に会うことへの緊張からリグはずっと震えている。
「僕も一緒に行くし何よりリリアンナさんは悪い人じゃないから」
「……でも」
「それに彼女は謝りたいだけだしね」
自分の責務を投げ出し言い訳をしてリグを見捨てたことへの贖罪。
リグとしては全く気にもしていないことに対しての贖罪は、やはり色々とストレスに感じるのだろう。
「僕がリグの代わりに仕返ししておいたから大丈夫だって」
「……そうだね」
リグが甘えるように自分の顔を僕に押し付けて来る。
もしかしたら涙を拭っているのかもしれない。ハンカチぐらい常に持っているんですけどね。
「でも王女の地位を押し付けるのはやり過ぎだと思う」
「ならリグが王女様に戻る?」
「……」
「どうしますか? リリアンナ王女様」
「……それは嫌だ」
「我が儘はいけません。王女様」
「止めて」
僕から離れてリグが両手で耳を塞ぐ。
その様子にひと通り笑い、僕からまず馬車を降りる。そっと扉の傍に立ち、王女様に手を差し伸べた。
「ご到着にございますよ。リグ様」
「……君は本当に意地が悪い」
怒りながらも僕の手を掴んでリグは馬車からゆっくりと降りた。
「寝てるね。ぐっすりと」
「……」
アポイントも取らないで押しかければこんなこともある。
亡国の王女様であるリリアンナ氏(偽)はベッドの上で爆睡していた。
本来なら死んでいてもおかしくないほど弱っていたのだから、まだ体がたっぷりと休みを欲しているのだろう。それは分かるがこれは本当にリグの従姉か?
現在は乾期なので気温は高い。よって薄着のリリアンナ氏(偽)はベッドの上であられもない姿を晒していた。
リグに似ずとてもうっすい胸をしていらっしゃる。薄すぎる。仰向けの状況下では山が消えるとは……最近これに似た人が傍に居たが、あっちは優れた美脚を持っていた。こっちは肉付きの悪い残念パーツだ。もう少し肥えて欲しい。
「どうする?」
「どうしよう」
お互いノープランで困りながらも寝ているリリアンナさんにシーツを掛け、残念なサービスを強制終了させる。
「先生に挨拶しておく?」
「そうだね」
だったらこの残念さんを引き取って貰っている人に挨拶をしよう。
病室を出て診察室へ向かおうとしたら、診察室から見慣れた少女が慌てた様子で出て来た。
こっちを見るなり予定外の来客者に驚いたのかビクッと震え、ただ見知った顔だと理解したのか表情が……大変険しくなって睨んできたよ?
「何で貴女がここに居るのよ!」
腰に手を当ててキルイーツ先生の姪でありながらも娘でもあるナーファが、きつめの声を発して来た。
ツンデレキャラを想像させる反応に軽く興奮を覚える。
「娘が家に帰って来るのは普通。義父さんは?」
「居ないわよ! 今往診に出てて」
リグの塩対応にも驚くが、何処か安堵しているナーファの様子も気にはなる。
「それで診察室に居るのは?」
「……」
ナーファが露骨に顔色を悪くする。
何かを察したのかリグは彼女を押しのけて診察室へと入った。
好奇心丸出しで診察室を覗き込むと、ベッドの上にお腹を押さえた女の人が。
中年の女性だ。美人では無いが普通な感じだ。そんな人がお腹を抱えて苦しんでいた。
「妊娠は」
迷うことなく診察室に入ったリグは、桶の水で自分の手を洗い出す。
「していないと」
「それは診察した結果?」
「ちが」
「患者の言葉を真に受けない。必ず診察する」
「……はい」
凛とした声でナーファを叱り、リグはベッドへと駆け寄る。
と、何故か覗き見している僕に顔を向けて来た。
「部外者は出て行く」
「えっと」
「出る」
「はい」
相手の剣幕に押されて僕は診察室を出た。
あんなに強く言わなくても良いじゃんか……廊下の隅で膝を抱えて拗ねていたら、馬車を停めてナガトを繋いで来たのであろうポーラが横に来て膝を抱く。
「おおきいのはきらいです」
「大きいのは悪くないよ」
「……きらいです」
2人で拗ねながらリグの治療が終わるのを待つ。
何故か診察室からはリグの後輩医師を叱りつける声ばかりが響いて来た。
それを聞いていると『リグって意外と……』と恐怖する。大人しい人ほど怖いと言うしね。
「やさしくさとしてます」
「叱りつけているようにしか聞こえないけど?」
「めいどちょうさまとおなじです。きびしいけどやさしいです」
「そっか」
何だかんだでリグも先輩として、それでいてお姉ちゃんとして立派にしているんだな。
その後2人ほど急患が来た。こっちは分かりやすい骨折と刺し傷だ。
骨折は建設現場の事故だ。何処の現場か知らんが安全面に配慮の無い職場だな。
ん? 北の門? あれは僕の管轄じゃないからセーフ!
刺された方は不倫が原因の刃傷話らしい。
それを聞いていてお尻の穴がキュッとしたのは秘密だ。僕は不倫はしていない。オープンにお嫁さん同伴だ。オープン過ぎて色々と大変だけどね。
そして3人目の急患はキルイーツのオッサンが背負って運んで来た。
僕らに気づいたがスルーして診察室へと入って行く。
すると『患者ばかり拾ってくるな!』とリグが怒鳴り、『知るか! 落ちてるんだから仕方ない!』と先生が怒鳴って……3人目の人は盲腸だったらしくそのまま手術をして終わった。
「あれはいつも寝ているから叩き起こせばいい」
「患者に対してそれはどうよ?」
「仕方あるまい。寝ているのだから」
そうだけどさ。
急患をやっつけたのはリグだけど、その治療を確認した先生が僕の前に来た。
リグはまだ見習の尻を蹴飛ばしてカルテっぽい物を書かせている。普段の彼女からは想像できないほどの機敏な身のこなしだ
「あれに何の用だ」
「聞く意味あります?」
「念の為に聞いただけだ」
先生も理解しているのか、苦笑すると机の上を漁りだして1枚の紙を投げて寄こす。
受け取り確認すれば……リリアンナさんの現状報告だった。
「酷い物だな。奴隷でももう少しまともな扱いだろうに」
「彼女の場合は殺すことが前提でしたから」
「……そうか」
苦々しい感じで頷いた先生は、僕の背後に立つポーラに目を向ける。
「丁度良い。こっちに」
「はい」
招かれたポーラが先生の前へと移動する。
「この子の骨の曲がりを治すのを忘れていたな」
「あ~ありましたね。確か骨折した骨が」
先生がポーラの腕を掴んで軽く引っ張る。
突然のことでビクッと全身を震わせたポーラが泣き出しそうな顔になった。
「リグ。そこのハンマーでここを殴れ」
「はい?」
思わず僕がツッコんでいた。
「乱暴だね」
「一番手っ取り早い」
「そうだけど」
ズルズルとハンマーと言う名の大金槌を引きずって来たリグが、勢いをつけて振るった。
どうして診察室に大金槌があったのかとか、もう少しスマートに治せないのかとか、何より麻酔は無いのかとか……ツッコミどころは満載だったが、ポーラの骨が砕けてそれをキルイーツさんが組み直して強化魔法をかける。
無茶苦茶な治療だけどポーラの骨の歪みは解消したらしい。
違った歪みを得たポーラは、リグの巨乳を親の仇のように睨みつけるようになったけれど。
~あとがき~
ポーラの骨って直してなかったはずなんだけど…記憶が曖昧だ~。
ナーファの前と言うか妹弟子の前だとリグは先輩としてちゃんと指導します。その昔魔法学院に居たアイルローゼをモデルに立派な先輩として…わんわんとは鳴きませんw
ポーラがどんどん巨乳嫌いに
© 2022 甲斐八雲
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