第一試合1人目は

 ユニバンス王国・王都内勝ち残りトーナメント会場



「……では開催を宣言する!」

「「「おおお~!」」」


 陛下の声に周りの観客たちの声が木霊した。

 流石先生が刻んだプレートだ。陛下の声が観客たちの声にも負けていない。


 チラリと隣に座る先生を見れば、彼女は興味無さそうに手元の魔法書に目を向けている。

 本のタイトルは『猿でも作れる魔〇系』だ。この本があれば魔棍棒だって作れるらしい。

『本当かよ?』とツッコミを入れたくなったが、実際に棍棒が存在して居るから文句の言いようがない。


 ちなみにカミーラの魔槍は魔力を流すと切れ味が増す物らしい。

『下手なギミックはそこの宝塚の邪魔になるからこういったシンプルな方が良いのよ』と悪魔が言っていた。つまりオプションを変更したか、魔改造したとかの類かもしれない。


 ジャルスの対となる2本の魔棍棒は、魔力を流すと硬度が増して行くらしい。

 一発目よりも二発目の方が硬くなり三発目の方が硬くなる。殴れば殴るほど硬くなる棍棒が左右から襲ってくるという……どれほど始末の悪い武器だろうか?


 舞台から陛下が降り、代わりに黒いドレスの女性か上がる。スィーク叔母様だ。


「ではこれより第一試合の抽選を始めます」


 告げてメイドさんがスススススと滑るように叔母様の元に抽選箱を運ぶ。


「この箱の中には8人の参加者の名が書かれた紙が入っています。それをわたくしが無作為に選びます」


 説明し叔母様が箱の中に手を入れる。


 一応僕と先生が知恵を出し合って第四試合までの組み合わせを決めた。

 後はちゃんとあの悪魔が仕事をしてくれる魔法を使ってくれているかだ。


「第一試合1人目はミネルバ」

「はい」


 舞台下で待機していたミネルバさんが静かに舞台に上がる。

 彼女は最近色々と残念臭を漂わせているが、元々は叔母様秘蔵の弟子らしい。

 何より見目麗しい美人メイドだ。僕が見た中でチートなノイエの姉たちを除外すれば10本の指に入る美しさだ。正しい異世界転生の主人公なら自分のハーレムに入れるべき人物である。


「もう1人は……ノイエ・フォン・ドラグナイト」

「……」


 椅子に座って居るノイエが『自分?』と言いたげにアホ毛を揺らしている。

 気の利く妹であるポーラが促し、ノイエが舞台に上がった。


「では両者、開始線に」


 抽選箱を持つメイドが舞台上から消え、審判役である叔母様とノイエとミネルバさんの3人が残った。


「始めなさい」


 たぶん誰よりも待ちきれないのであろう叔母様がさっさとスタートさせた。




《……強い。強すぎる》


 全身から滝のような汗を流し、ミネルバは鉛のように重く感じる手足を振るう。

 開始してからまだ5分と経過していない。けれどミネルバの体感では1時間は戦っている感覚に襲われていた。


 最強と呼ばれるドラゴンスレイヤーであるノイエはとにかく速い。

 速いのに急停止からの急旋回と言う、自身の体を破壊せしめる動きを見せているのに顔色一つ変えない。


 少しでも追いつこうと無理を重ねたミネルバはもう限界だ。

 足や腕の筋は悲鳴を上げ、正直動くだけで激痛が走る。


 それでも終われない。それがメイド長であったスィークの下で鍛えられた彼女の矜持だ。


 立ち止まり首を傾げるノイエに、ミネルバは正面から拳を構え襲い掛かる。

 自身が繰り出せる速度の連打からの蹴りを放つが……ノイエはそれを全て回避した。


 肺に留めていた空気を吐き出すと、ミネルバの膝がカクンと砕ける。

 自分の体を支えることが出来ずに……両膝と両手を舞台の石畳に付いた。


「ねえ?」

「……」


 目の前に来た主がひと房の髪を回す。


「取らないの?」

「……取っても勝てません」

「はい」


 何に対しての返事なのか分からなかったが、ミネルバは自分の足を叩いて立ち上がろうとした。

 無理だった。もう完全に足腰が限界を迎えている。


「先生済みません」

「もっと修練しなさい」

「はい」


 審判である人物の言葉に深く頷き返す。


「第一試合の勝者はノイエ・フォン・ドラグナイト」


 ただ回避するだけでノイエは第一試合に勝利した。




「何かノイエの動きが速すぎて見えなかったんだけど? これってあれか? 意識とか気を目に集中すれば見えるのかな?」

「そんな馬鹿な話があるか馬鹿。動体視力を鍛えろよ」

「うむ。そんな物を鍛えるくらいなら、相手の動体視力よりも早くノイエに動いてもらいます」

「本当に少しは鍛えろ」


 隣から伸びて来た手を避けた。


 僕がこしらえた特別席に何故か馬鹿兄貴がやって来た。

『何故?』と問えば『王家の席は安全が重視されているから見えにくい』とか。だからこっちに移動して来たらしい。


 まあノイエとポーラの席が空白だから問題無しい、何よりミネルバさんも居ないから傍仕えのメイドも居ない。馬鹿兄貴が来るともれなくフレアさんが一緒に来るので色々と助かる。

 早速先生なんてフレアさんにあれこれと注文してるしね。肩もみはやらせ過ぎな気もするけど。


「それにしてもあのミネルバってメイド……強いな」

「そうなの?」

「何で雇い主が知らないんだよ」

「だって叔母様と義母さんに押し付けられたんだもん」


 ミネルバさんが我が家に来た理由は、主に監視のはずだった。現在は監視をしつつポーラに仕えているのが嬉しくて仕方ないって感じた。

 その弱みを悪魔に魅入られて彼女は愛犬と化していた事実もある。魔法でその時の記憶は全て『夢』にしたと、あの悪魔は言ってたけどね。


 馬鹿兄貴は冷えた紅茶を飲みながら呆れた感じで口を開く。


「ノイエのあの速度を追いかけられる者なんてこの国に5人と居ない。それが出来るミネルバを欲しがる貴族はたくさん居るだろうな」

「ですか~」

「金を積んで勧誘しに来るぞ?」

「どうぞとうぞ」


 別にそれはミネルバさんが決めることだ。僕は止める気は無い。

 厳密に言えば止める必要もない。だってあの人はポーララブだから、絶対にポーラから離れない。下手をしたら給金無しでも『ポーラ様に仕えられるなら』とか言って屋敷に留まりそうだ。


 ただブラックな雇い主は僕の趣旨に反する。よってミネルバさんは来月からの給金は1割増しだな。何より有能だから出て行かれるとぶっちゃけ困るしね。


「優秀だからお前の屋敷に派遣されているんだろうけどな」

「義母さんは僕らの私生活を聞きたがっているっぽいけど?」

「お袋は……娯楽に飢えているからな」


 ため息を吐きながら馬鹿兄貴が王家専用の観客席に目を向けた。まさか?


「来てるの?」

「来ない理由がないだろう? フレアからエクレアを取り上げてあっちに居るよ」

「左様で」


 そうなるとパパンも来ているっぽいな。

 来賓としてアナウンスしなかったのはお忍びか? 母さんの正体を隠すために念のためって一面も強そうだけどね。


「だから何だかんだ言い訳してこっちに来たの?」

「見えにくいのは本当だがな」


 馬鹿兄貴は紅茶のお代わりをフレアさんに求める。

 先生と主人の間でどちらを優先すべきか葛藤しているフレアさんも大変そうだ。


「あっちに王家の者たちが勢ぞろいしていると、馬鹿なことを考える阿呆が出て来るかもしれないだろう?」

「……ならこっちにも来るな。何か起きたら僕まで巻き込まれる」

「諦めろ。術式の魔女が傍に居るこの場所が俺の見立てでは最も安心安全な気がするんだよ」

「否定はしない」


 僕の護衛も務めてくれる先生が傍に居るから、こうして馬鹿をしていられるわけだしね。


 担架でミネルバさんが運ばれ、ノイエはポーラが回収し舞台上が空いた。

 今回は僕がナーファに金を握らせ、リングドクターとしてキルイーツのオッサンを舞台下に配置しており、今も運ばれてきたミネルバさんの診察をしている。


 主催者の1人として安心安全な試合運営を心がけています。


「それでは第2試合を始めます」


 叔母様が『早く続きを』と言いたげにそう宣言した。




~あとがき~


 スタートからノイエ対ミネルバ戦です。

 規格外なノイエは相手の攻撃を回避し続けるというだけで勝ってしまいました。


 実はこのトーナメントは作者がクジを作って無作為に選びました。マジです。

 ですが1つだけクジ引きをしていて思い出したことが…作者さん。クジ運がチートレベルで良いんです。ソシャゲのガチャとか鬼引きを見せます。

 某ウマ〇は無料10連でSSRを荒稼ぎしました。多摩ちゃんも無料ですが何か?


 結果として…『仕組んだ?』と思わせる組み合わせになりましたw




© 2022 甲斐八雲

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