わたくしが審判をします
ユニバンス王国・王都郊外ドラグナイト邸
「……何よ」
「出来たら今日は一緒にお城へですね」
「嫌よ」
自室と称して空き部屋の1つを占拠したアイルローゼが、これまた勝手に買って来たベッドの上に座って膝を抱いている。
頭の上からシーツを被って完全に拗ねているモードだ。
「色々と仕事が溜まっているので」
「持って来て。ここでするから」
「せんせ~い」
「……」
シーツを被り直してコロンとベッドの上に横になる。
もうダメだ。拗ねた子供だ。手に負えない。
「ノイエ~」
「はい」
「もうその駄々っ子を抱えて運んで」
「はい」
僕の命令にノイエが従う。
シーツごと寝間着姿の先生をノイエが担ぎ上げると、アイルローゼが必死の抵抗を見せる。
「そのまま運ばれたくないのなら、着替えてお城に来なさい」
「……分かったわよ」
どうにか説得したがノイエの命令を解除していないので、そのまま彼女が運んで行こうとする。
それを必死に制して……とりあえず先生に着替えて貰った。
ユニバンス王国・王都郊外北側街道
アイルローゼの我が儘のおかげで本日の出勤が若干遅くなった。
2人で馬車に乗りお城へと向かう。ノイエは屋敷から職場に直行だ。試合の日に向けて王都近郊のドラゴンを根こそぎ狩っている。
1日仕事をしないで済むように草の根を分けてドラゴンを狩るノイエの姿を目撃した人たちから『あの姿は余りにも恐ろしいので止めさせてください』と苦情が多く寄せられているそうだ。
全身ドラゴンの血肉で汚れたノイエが本当に草の根を分けて狩るべき相手を探しているという。確かにホラーっぽく見えるがそれがノイエのお仕事です。
「先生」
「何よ」
何故か拗ね拗ねだ。
声をかけても棘のある返事しか返ってこない。おかげで最近は寝る時も別だ。
門があった場所から帰って来てから拗ね続けていてその姿が可愛らしいんだけど、こうも無視されると胸が痛い。
「何か僕って先生の機嫌を損ねることってしましたか?」
「……知らない」
先生の機嫌が悪すぎます。
また顔を背けて……本当に美人って横顔だけでもいつまでも見ていられるな。
「……何よ」
「綺麗な横顔を見てます」
「どうせノイエの方が綺麗なんでしょう?」
「それは仕方ないですって。ノイエは僕の愛しいお嫁さんですもん」
ドーンと大きな音が響き。馬車がガクッと一瞬宙を浮いた。
もうノイエったら本当に可愛いんだから。
「良かったわね。愛しいお嫁さんが喜んでるわよ」
「先生?」
「ふんっ」
あ~何か色々と面倒臭いな。
僕が何かしたのならはっきりとそう言って欲しい。何気に先生って構ってちゃんなのか?
「先生」
「……」
無視ですか。だったら無視できなくさせてやる。
「がおぉ~」
「ちょっとっ!」
野生を思い出して先生に飛びついて組み敷く。
ジタバタと抵抗するアイルローゼにの唇を塞いだら、彼女の抵抗が止まった。
「……馬鹿。大っ嫌い」
「うむ。なら大好きって言うまで」
「ちょっと待ちなさいよ!」
「大きな声を出すと周りに気づかれますよ?」
「むぐっ!」
唇を噛んで声を押さえる先生の様子が愛らしい。
うむ。つまりこれは……いただきます。
ユニバンス王国・王都王城内アルグスタ執務室
「アルグスタ様。今朝、正面門で何かしたんですか?」
「いつも通りでしたが何か?」
ウチの残念お漏らし娘ことクレアが、お花摘みから戻って来るとそんな質問をして来た。
漏らさないための事前準備は大切です。
「馬車の中から魔女様の悲鳴と罵倒する声が木霊して、騎士が馬車の戸を開けようとしたらおどろおどろしい魔法が飛び出したとか」
「あ~。今朝は先生が寝ぼけていただけです」
「そうですか」
納得してクレアが自分の机に戻る。
真実は違いますけどね。ちょっと先生と行為に没頭していたら馬車がお城についてしまっただけです。で、なかなか馬車から出て来ない僕らに警備の為に立っている騎士が馬車の戸をノックしたら先生がスパークしました。
ああいう時のアイルローゼって本当にズルい。可愛らしいんだもん。
急いで服を着て朝からお城のお風呂に直行した先生は、そのまま隣の部屋に勝手に作った作業場に籠ってしまった。
一応陛下からの依頼は手渡しているので問題無い。『こんな児戯直ぐよ!』とメイドさんに八つ当たっていたから本当に直ぐに出来るだろう。
明日から行われる試合の運営に必要な声を拡大する魔道具だ。一応マイクの形で作り、それを複数のスピーカーで拡大拡張するスタイルである。
プレートがあれば本当に児戯らしい。先ほど隣室からメイドさんが走って行った様子からプレート自体は完成したのかもしれない。本当に仕事が速い。
「クレア~」
「はい?」
ただ今朝の一件で先生のご機嫌は結局斜めのままだ。ここはちゃんとフォローしておこう。
「後で先生が好きなケーキを差し入れしておいて」
「……」
「ご返事は?」
「良いんですけど」
「何その歯切れの悪さは?」
書類を見る手を止めてクレアに目を向ける。
彼女は僕が運営しているケーキ屋さんのメニューを手に首を捻っていた。
「魔女様って小さくて高級な物が好きなんですよね~」
「ならそれを頼めば良かろう」
「だってそうするとご相伴に預かれないじゃないですか」
「天誅」
掴んだゴミを纏めて馬鹿に投げつけておく。
「だって高級な物を複数頼むと怒るじゃないですか」
「自分で頼め」
「自分の分なら頼みます。アルグスタ様のお金で」
「天誅」
2度目のゴミがクレアにヒットした。
「酷いっ!」
「自分の言葉を思い出せ」
「ちょっとした可愛いおねだりじゃないですか!」
「あん?」
3度目のゴミを積んだら馬鹿な子が木製バインダーを盾代わりに構えた。
「だって聞きましたよ。今回のお祭りでアルグスタ様が荒稼ぎしているって!」
「失礼な! ただ僕は実力で分捕った出店の場所を他に売りつけただけです」
「一等地は残してるって聞いてますが?」
「当然であろう? それが商売と言うものだよ」
開催当日を前にして出店が稼ぎを叩きだしているのが謎である。
やはり売り子の生メイドは客を呼ぶのか?
「奢ってください。具体的にはこの辺のケーキを」
「……まあ良いか」
別にケーキぐらいで傾く我が一族では無い。
「先生のケーキと一緒に適当に頼んでおけ」
「わ~い」
僕の返答に喜ぶ馬鹿にゴミを投げておく。
「それで朝からポーラを見かけないんだけど何か知ってる?」
「はい。何でもあの怖いオバサンの……ひぃ」
一瞬で顔を青くしたクレアが机の下に避難する。
執務室の入口に怖いオバサンことスィーク叔母様が立っていた。
「おや叔母様。ウチのポーラにどんな洗脳を?」
「何を言います。あの子は常に高みを望む良き弟子です。実に勿体ない」
「何度言われても譲りません。ポーラはウチの可愛い妹ですから」
「本当に勿体ない」
勝手に室内に侵入して来た叔母様は、メイドさんが準備した椅子に腰かけた。
もう1つ対面の場に椅子が置かれたので、僕はそっちへと移動する。
「それでポーラは?」
「わたくしの屋敷で仕上げをしています」
「左様ですか」
僕が門の破壊に出向いている間にポーラが最後の出場者となっていた。
と言うか、ポーラのキャッチフレーズの『天才少女』って何よ? もう少し捻ろうよ。
「で、賭けの元締めとなった叔母様が僕の何の御用で?」
「これは不思議なことを言います。賭けの元締めはアルグスタ、貴方です」
「おひ」
「もちろん名ばかりだけですが」
「言い切ったね?」
まあ叔母様だから仕方ない。
「で、叔母様は何を企んでいるのですか?」
「決まっています」
胸を張り叔母様が毅然とした態度を見せる。
「特等席で観覧することです」
「……つまり?」
「わたくしが審判をします」
「足は?」
「大丈夫でしたらわたくしが選手として参加しています」
ですよね~。
「だから審判で我慢することとしました」
「了解です」
まあ叔母様なら審判として十分な戦闘力があるだろう。
戦闘力が必要な審判って一体とも思うけれど。
~あとがき~
賭けの元締めはアルグスタです。
だってスィーク叔母様が元締めになったら審判できないですからw
それぞれが仕上げをしつつ、勝ち抜きトーナメント開催です。
始まるよね…?
© 2022 甲斐八雲
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